第653話 因縁の相手.7+Θ

第三の門から先の廊下付近。


「…なかなか追い付かないんだぞ」


もう何分走り続けているのか。

走れど走れど追い付かない。


焦りは募るが。


「アレックス、一旦止まれ」


「?」


アレックスが急ブレーキを掛ける。

相当な速度を出していた為にシラギクが吹っ飛びそうになりしがみついた。


「……あの、体に多大な負担が来るので、もう少しお優しく……」


「ニックのせいだぞ」


「お前が急すぎるんだ」


ニックがアレックスの腕から廊下に降りる。廊下や壁をしきりに叩き、何かを確かめていた。

アレックスの速度は二人に負担を掛けないためとはいえ、駿馬並みの速度は出ていた。それなのに追い付けないのはどう考えてもおかしなことであった。


「ふん。試してみるか」


ニックが可哀想なほどにボコボコにしたスイキョウの欠片を拾い上げる。見た目はガラス。それをスライドさせるように二枚にしてみせた。大きさも形も変わってない。薄切りしたみたいに全く同じものを造り出したのだ。


早速能力を使いこなしているニックを見てアレックスは軽く引いていたが、そんなの気にした様子もなく、その内の一枚を廊下に置いた。


「アレックス。もう一度走ってみろ」


「? 君が何をしようとしているのか全く分からないんだぞ」


アレックスに担がれながら、ニックは更にいくつも欠片を造り出す。


「いいから。永遠に犬のように尻尾を追い掛けて回ってたくはないだろ?」


「なんかよくわからないけど、犬扱いされるのは癪に触るんだぞ。どのくらいの速度を出せばいいんだい?」


「さっきの半分でいい」


二人の会話を聴いて、シラギクがホッとしたように息を吐いた。


アレックスが走り始める。

速度は先程の半分程ではあるが、それなりの速度である。

そんな中、ニックはスイキョウの欠片を次々に落としていく。アレックスは何をしているのかなんて訊ねない。ニックの行動が変なのはいつものことだからだ。


そんな事をアレックスが考えている間、ニックはスイキョウの欠片を落としながら新しい能力を発動していた。

視界一杯にスイキョウの欠片から送られる映像が同時進行で流れていた。

落としたばかりの欠片からはアレックスが二人を担いで走り去っていく様子が流れている。

それをカウントしながらニックは次々に欠片を落とす。

勿論落とす度に視界の映像が増えていくが、そんな頭の狂いそうな映像処理をニックは難なくこなしていく。


「ストップ!!!」


「!!??」


再びアレックスの急ブレーキ。

ニックはすぐさま下りて、まだ通過していないはずの廊下に落ちている最初の欠片を見付けて拾い上げた。


なるほど、それなりの距離を緩く曲げていれば、あとは視覚の魔法を弄ればうまくごまかせる。


「さーて、脱出するか。シラギク起きてるか?」


「はっ!あ、はい!大丈夫です起きてます!」


速度がちょうどよく、ついウトウトしていたシラギクがニックの言葉で緊急覚醒した。目を擦りながらニックを見る。


「これから俺がこの空間の繋ぎ目を見付けてそこへ導くから、シラギクは空間を抉じ開けてくれ」


「わかりました!」


ニックが視覚に集中する。落とした欠片は54枚。そのすべての視覚に向けて魔力を放つと、網目状になって空間を解析し出す。三つの線により多い尽くされた空間は寸分の狂いもなく同じように見えた。だが、その中で一ヶ所だけ線がずれた箇所をニックが見逃すはずもなかった。


「見付けた!トぶぞ!」


ニックがアレックスを掴んで能力を発動させる。すると全く同じ廊下へと転送された。だが、ニックの目には違って見えていた。壁にたったひとつ、横の線がズレている箇所を見付ける。恐らくギリギリまで此処に閉じ込めておく気だったのだろうが、残念だったな。


ニックがスイキョウの欠片を掲げると、シャリシャリと音をさせて廊下の果てから全ての欠片が飛んできて元に戻る。

それを懐にしまうと、杖で壁を示した。


「シラギク此処だ。穴を空けてくれ」


「此処ですね。わかりました」


シラギクの額に赤い印が浮かび上がる。

剣を構え、狙いを定める。今回はそこまで強力ではない。刀を二本使わなくてもいけそうである。体に負担はあるものの、このくらいならなんとかなる。


「はっ!!!!」


鋭い突きがニックの見ているズレに寸分の狂いもなく突き刺さり、びしりとヒビが入る。

風景が崩れ落ちると、みたこともない廊下が姿を表した。


黒い、壁?


「火山石かな?」


アレックスが触れて確かめる。


「!? アレックス離れろ!!」


「お!?」


アレックスがニックの言葉に異変を感じとり、後ろへと下がった瞬間、火山石がベキベキと凄い勢いで縮み、消滅した。

なんだったんだ、今のは。


「あ」


シラギクが声をあげる。

そちらを見ると、向こうにいる人物もこちらに気付いて、同じように声を上げた。

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