第557話 進撃.2

彼らが走り去った方を見て、ザラキが疲れたように「行ったか…」と呟いた。


「ちゃんと勝ってくれますかねー?」


「勝ってもらわなきゃ、この世界は終わりだ」


「そうでしたー」


と、すぐ隣でノアが欠伸でも出るのかというほど間延びした口調で言う。余裕ぶっているが、ザラキはノアが強がっているだけなのは知っていた。

ちゃんと見なくても分かる。

恐ろしい勢いで時計に魔力を吸われていて大丈夫な筈がない。


それでもまだ耐えきれているのは、その魔力量によるものだ。


二度見するほどの魔力量。


一体どれ程の年月を掛けて魔力をかき集め、圧縮してきたのか。


しかしそれでも半日しか持たないであろうことは確信していた。下手をすれば半日も持たない。

十年二十年じゃきかない。数百年、もしかしたら千年貯め続けたのだろう。だが、そんな魔力は無情にもみるみるうちに時計へと吸い込まれていく。


全く恐ろしい神具だ。


時計という名前が付いてはいるが、これではまるで──



「…まぁ、神とつく道具だ。正常な訳無いか」


「なに?」


「いや」



ふと前を見れば、結界の点検を終えたカミーユが護衛のナリータを連れて戻ってきた。


「もぉー、点検も一苦労ね。境界線に魔物がわんさか湧いてたわ」


「軍の方も、損害は出ていたけど七割生きてたわよ。地面から這い出てきたゴーレムを竜が砕いてくれてたからって。今は結界の装置を魔物に壊されないよう護ってくれるって、それしか出来ないからって言ってたけど。あんたたち役立たずと思ってたけどそれなりに役に立ってたのね」


『……面目ない』


ギュウウウ…、と、情けない鳴き声を上げて徐々に頭が下がる竜。


でも仕方ないと言えよう。向こうも竜対策の研究をしてきたらしいのだから。

その遥か向こう側で竜の長が拗ねていた。

後半なんか殆ど八つ当たりでゴーレムを破壊していた張本人である。

そして、自分の攻撃で火の海にしてしまって一番焦っていた張本人である。


『キリコの後に付いていきたかった…』


そんな中で驚異の粘りを見せたグレイダンがキリコに置いていかれたショックで落ち込んでいた。


「重傷人は絶対安静に決まってるでしょ?何本棘刺さってたと思ってるのよ。抜くの苦労したわ」


角は折れ翼も危うく千切れ掛けていたのだ。それでも付いていこうとしてキリコに叱られていたのを目撃した。昔を思い出してザラキはグレイダンに同情をした。


「ザラキさんは付いていかなくて良かったんですかー?あんなに強いのに」


突然ノアから質問が降ってきた。

確かに疑問だろう。怪我もしてないザラキが何故ここに残ったのかと。


「あ?…あー、俺は付いていけない」


付いていけない理由がある。


「許可が出されてないんだよ。行けるのは、王が許可したこの世界のみ。あそこの城は、もうほぼこちらの世界ではないからな。ごちゃごちゃとしてて、付いていってたら即契約違反だ」


「契約違反したらどうなるの?」


カミーユが興味ありげに訊ねてくる。


「怒りを買って、消滅させられる」


「………コッワッ!!!」


腕を組んでぶるりと身を震わすカミーユ。それを同情の眼差しで見詰めるナリータとノアであった。精霊との契約では割りとよくある話なんだがな。

何せ嫉妬も激しい。



「なんせ、俺の仕事は終わった。俺の仕事は彼らの魔力の補給なんだからな」



後は彼らが何とかしてもらうしかない。



微かな地面の震えに、竜達が一斉に首を東へと向けた。

巨大なものが来る。それも、大群で。


地平線の向こうから、巨大な虫の集団がこちらへとやって来ていた。



本来の仕事以外のが残っていたか。



「さて、ちょっと掃除をしてくるか」




















走る。走る。走る。


トンネルを、ニックの照らす光を便りに駆ける。


トンネルはあちこちに亀裂が走り、今にも崩れ落ちそうな雰囲気だが、それを魔力が網目のように覆って保たせていた。

こうやって結界のトンネルを作ってもらったのは二回目か。


「走れ走れ!!ちょっと崩壊が予想以上だったから、これ以上シラギクに負担を掛けるわけにはいかねぇ!!」


「そういう誰かさんが一番辛そうだが、おぶろうか?」


「余計なお世話だ鳥頭!!」


「俺はお前を担いでも余裕があるが?」


「シェルム、本気にしちゃダメなんだぞ」


「何ならオレが──」


「それ以上言うならぶっ潰すぞ!!」


「はいすんません!」


戦闘でハイテンションになっている。

ついでに混ざったら怒られた。だが、こういうやり取りが緊張を和らげる良い空気になるのだ。


中継地点のシェルムを回収後、ひたすらトンネルを走っている。


ザラキさんから貰った魔力のお陰で疲れはなく、まだまだ頑張れそうだ。


「敵陣地に突撃中だってのに、楽しいな!やっぱり余裕って大切さ!」


「そういうお前は一定時間おきに水被るのなんなの?緊張の緩和の為?」


「…副作用!」


「副作用!?」


何の副作用だ??オレの知らない期間に何があった??


「どーでもいいけどちゃんと前見てなさい!!ほら、合流するわよ!」


前方にうすらぼんやりと光が見えてきた。

青白い、不思議な煙をまとった光だ。そのすぐ側に目的の人達が居た。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る