第390話 戦場へ.2

リオンスシャーレ南部イリス地方は自然豊かな大地が広がる。そこに比較的大きな街、ソウフェンスキの水色と白で彩られた素晴らしい建築物が見えたはずだが、今では見る影もない。あちらこちらから黒煙が上がり、腐臭が鼻につく。色彩豊かな壁に赤黒い汚れがベッタリと付着し、酷いところではかつて肉だったモノがカラカラに干からびてこびりついている。


そこから少し離れた所に軍の基地が建てられていた。といっても簡易なものだが、雨風がしのげる分マシな方だろう。


其処につい先程遊撃隊が到着した。


「こちらです!」


隊員に灰馬を任せ、この基地で悪魔と既に睨み合い状態になっている部隊の隊員からこちらに来てくださいと言われ、オレはラビと身を隠したネコと共に着いていく。


「おお!よく来てくれました!」


「初めまして」


案内された建物の中には既にここで戦闘している部隊を仕切っている面々が集合していた。


「先に派遣された防衛軍第五守備隊隊長のトビアス・ウィリアムソンです。こちらはソウフェンスキ街を担当していた自警軍を纏めているジェライス・マッカーティ。偵察隊を勤めるハンターのエミリアナとギルド職員のエリオット・ヘリオーナ」


「遊撃隊隊長のライハ・アマツと申します。こちらが副隊長のラヴイーノ・スパニーア。よろしくお願いいたします」


「よろしく」


各自握手を交わす。


「君達の噂は聞いていますよ。この戦場で活躍してくれることを期待しています」


「その期待に応えられるよう頑張りますよ」


「では早速ですが──」


トビアスが部屋の真ん中にある机に地図を広げた。その地図に現在の状況を分かりやすく説明するために、敵を黒い丸石、仲間を形の違う駒を置いていく。

駒によると、守備隊を白い歩兵の駒、自警軍を赤い歩兵の駒、ハンター達を白い馬の駒、遊撃隊を赤いクイーンの駒で表している。


「今、ソウフェンスキ街を境界線として、一定感覚で守備隊を配置しています。自警軍には監視を、偵察隊には各自あちらの情報を探ってもらってます」


悪魔はソウフェンスキ街の南の森の中にルツァを大量に飼い慣らしているらしい。いくら倒しても次々と送り込んで来て、絶える気配がない。

こちらは支援物資で何とかしているが、何せ相手はルツァだ。じりじりと後退しながら負傷した兵を入れ換えている。


今はギリスから結界魔方陣の支援物資が届き、それによって侵入を防げているので、軽い硬直状態に陥っているらしい。その隙に回復を図っているが、あちらもバカではない。近い内に結界を破ってくるだろう。


ここの世界の結界は万能じゃない。魔力を板のようにしたりすれば使い捨ての結界のように一髪防ぐものもあるが、頑丈にするには魔力の帯を網目に編んで作るしかない。だけどあれは物凄く集中力がいる。

魔方陣だと強度は更に劣るから、防げるのは精々3~5発程。数で何とか持たせている感じだ。


「──だいたい、ルツァがこんなにも相手が所持しているのも変な話です。きっと何か種があるに違いないと思っているが、我々は現状維持で精一杯。そこで君達遊撃隊の出番というわけです」


「なるほど」


それでエドワードが此処に行ってくれと言ったのか。てっきり一番近いからだと思っていた。


偵察隊のメンバーであるエミリアナが前に出て説明を始める。リーダーを勤めているハンターが先日負傷してしまったので代替わり中なのでエミリアナが代わりに来ているらしい。


ツインテールが良く似合う可愛らしい女の子だが、腰の使い込まれた銃が、ああ、ハンターだなと納得させた。


「んと、我々偵察隊はソウフェンスキ街の地下道を通り、敵陣地に侵入しました」


エミリアナが赤い馬の駒を動かす。


ソウフェンスキ街は雨が多く、水をスムーズに排水するために地下に細い道が縦横無尽に走っている。そこをエミリアナと他四人は体の小さいハンターで、細い道もするすると通り、気配を消しながら探っていた。


「で、ここで悪魔達が何か袋を運び込んでた」


森の奥の方に小屋がある。そこから獣の臭いと鳴き声が聞こえている。そこからルツァを送り込んでいるのかと思ったのだが、ふと、疑問が浮かんだ。今まで出てきたルツァの数に比べて、小屋が小さくないかと。

だが、足跡はその小屋から始まっているのだ。

中で召喚している可能性もあったが、そんなにホイホイとルツァを送り込めるのか。


思い切って小屋に侵入しようとしたが、獣は鋭い。

危うく見付かり掛けて断念した。


「でも、地形全部覚えた」


エミリアナは見た物、新しく建っていた物全てを地図上に書き出した。

それによると、悪魔の拠点はだいぶ狭く、小さい。


「こんな感じで、ここが手薄。だからこう引き付けている間に潰せると思う。問題はルツァだけど」


頭の中で何度もシミュレーションしてみた。オレの隊ならイケるな。もし万が一の事があってもネコがいる。


「ネコ」


『ん?どうしたの?』


ネコがずるりと影から姿を表した。一瞬周りがざわつく。


「視覚同調の範囲ってどのくらい?」


『えーと、三キロくらいだったよ』


「そんなくらいか。じゃあこの建物の中に侵入して先に暴れててくれる?そうすりゃルツァは押さえられる」


はず。


「そういや結界あるよな。何系なんだ?種類によってはネコが危険じゃないか?」


そこでラビが助言。


「ああそうか」


もし神聖魔法系だとこっちがダメージ受けるな。


「結界魔方陣はどんなタイプでしたか?」


トビアス、ジェライス、エミリアナがギルド職員のエリオットを見る。


「確か……、神聖魔法系、普通の盾の結界と、返し結界とか書いてましたね」


「うげ」「うわぁ」


ギリスからえげつない結界が送られてきていた。返し結界は普通の結界ではない。何と対悪魔用に改良されたもので、網目に大量の釣り針に似た返しが付いている。混沌属性のみに引っ掛かり、蜘蛛の巣のように絡み付き、効果が切れるまで神聖魔法が持続する、言わば悪魔にとっては呪いとしか言い様のないものだ。


通常、神聖魔法での効果は一瞬だから回復出来るけど、持続されたら回復してもすぐ削られる。


だが、弱点もある。それは一度引っ掛かれば張り倒さないといけなくなる。後は魔法は通す事。その為に盾の結界もあるのだが。


「地下道は無理だな」


「だな、考えないと」


下手すればオレもヤバい。

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