第366話 フリーダン ~潜る~

「それではよろしくお願いしますね」


フリーダンは必要な荷物だけ持って出発した。

グロレ達を西のリトービット達に預けて。


「任せとけ!コイツらはオラ達がしっかりと鍛えておくけ!」


白いミミをピンと立て、小さい胸を拳で打った。


冬のリューセ山脈は過酷だ。雪崩はすぐに起きるし、吹雪も気紛れで発生する。魔物は少ないが、寒さを凌ぐため洞窟に入れば飢えた魔物が襲ってくる。


此処に置くことにしたのは強くなるからだ。

空気は薄く、足場は悪く、寒さが容赦なく体力を奪っていく。この中で生きるためには野性的な勘が必要になる。雪山は運がなければ生きられない。


それに、リューセ山脈は魔力がとても濃い。

特に水と風の精霊達の楽園となっていた。


ユイの魔力は流水属性のようだから、ここで鍛練すれば確実に精度は増すはずだ。何よりも一度精霊と融合した体は周りの精霊と共鳴しやすい。

そう説明すれば誰もいないところで「よっしゃあ!」と叫んでいた。聞こえていたけど誰も聞こえてない振りをしたのは優しさだ。


グロレは寒さに弱いが、それは種族的な耐性が低いせいだ。つまり、鍛えれば耐性が上がる。


火に耐性があるアシュレイが水や氷に耐性がつけば、もはや無敵だ。


リジョラはグロレの兄役で残ると選択した。元々リジョラは寒さに強い犬種だ。グロレやユイに何かあっても助けられると判断した結果である。


「次に会ったときどうなってるか楽しみね」








レンがフリーダンの横を浮遊している。


灰色の靄は色を変え、回転する灰青の靄の隙間からコバルトブルーの結晶が見え隠れしている。

通常精霊は光の姿で動き回るが、時折同じ性質の精霊が寄り固まって見えるほどの体を作り上げる。


レンは元は名前がつくほどの精霊だったのかもしれない。


それがリューセ山脈の気候と周りの影響もあって自分に合った姿を作り出そうとしている。


まだまだ卵と同じ状態だけど、成長が楽しみである。









「ここね」


白い景色のなかにぽっかりと穴が開いていた。


そこから吹いてくる風は水分を含んでおり、周りの隙間を風が通る度に笛の音を奏でる。


神からの知らせではこの先で二人と二匹がいるはず。


「 ふわりと風をその身に受けて、あがらう事無く受け入れる。右に左に揺蕩たゆたって、いずれは大地に舞い落ちる。 《ヒーンヒュー》 」


風が渦巻き、水色の光を放ちながら洞窟の入り口に集まる。


そこへフリーダンはベッドに倒れ込むようにして落ちていく。しかし、フリーダンの体を風が優しく押し上げフワリと浮き上がる。大きく螺旋をえがく風に乗って、フリーダンはゆっくりゆっくりと落ちていった。


どのくらい落ちただろうか。すきま風による笛の音も随分遠ざかり、寒さも和らいできた。


フリーダンの爪先が下へと方向を変え、風が地面が近いことを教えるように強く吹いて体の体勢を変えさせた。


──コツン。


爪先が硬い地面に着く。

辺りは暗く、なにも見えない。


だが、すぐさま周りの精霊達が自身を強く輝かせたので見えるようになった。


スベスベの岩肌は長い年月を雪解け水によって撫でられ滑らかになっていた。今は露出しているこの縦穴も春先には山脈を巡る地下水路に姿を変える。


フリーダンは耳を澄ませる。


微かに聞こえる音を便りに、そちらに向けて一本一本、足を進ませた。


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