第81話 青鬼と赤鬼・前編

急いでギルドへ戻り、ショーンから報復許可書と、壁の通行許可書を受け取った。


通行許可書といっても懐中時計型で人の目が縦になったような装飾がなされ、瞳には鏡と黒い円形の光を反射する石が嵌め込まれている。中は普通の時計とマテラ総ギルド長の印、そして許可した者、カリアの名前が彫られている。


「それではいってらっしゃいませ、ティランとコルナの加護がありますように」


ショーンに見送られ、急いで宿に戻り、駿馬を四頭と荷物を回収。宿屋に事情を説明すると、宿屋の女将さんから『早く助けておやりなさい!』と泊まった分以外のお金を返された。断ったのだが、そのお金を助けることに使いなさいと怒られ、お礼を言いながら受け取った。



ライハとアウソの駿馬に荷物を括り付けそれぞれ手綱を繋いで門へ急ぐ。もちろん夜だからサグラマの門も、スォーレンの門も扉が閉まっているが、近くの警備兵へ通行許可書の時計を提示し、横の小さい扉から出してもらった。


「相手は朱麗馬(スレイバ)四頭だ!駿馬(シュンバ)には申し訳ないけど乗り潰す覚悟でかっ飛ばすよ!!」


思いきり駿馬の横腹を蹴り走らせる。


駿馬をかっ飛ばす。スォーレンの壁を回り込んでそのまま東(アガリ)へ。


「ニャーウー!!ニャーウー!!」


しかし、途中猫が東ではなく北を向いて鳴き始めた。馬車が進路を変えたのか?こんなに早く?


猫が向く方向は道ではなく、スォーレンを取り囲むようにある森だった。あそこは魔力溜まりがあって、魔獣が発生しやすく人は立ち入らない場所だった。


「師匠どうする?」


「……もしかしたら何かあるのかもしれんね。行くよ」


進路を変え、猫が鳴くところへ向かえば地面に髪の毛が落ちていた。黒髪だ。

猫が髪に向かってゴロゴロ喉を鳴らしているのを見るにライハのかもしれない。


「……でもなんでこんなところに?」


「車輪の跡がある」


カリアが地面から顔を上げる。草影に剥き出しの地面が一直線にあった。何度も踏まれた地面は草が生えにくくなる。何度もここに来ている証拠だ。


「どっかに抜け道があるのかもしれんね。これも後で報告しよう」


「うん」


猫を抱き上げ、ついでに髪も回収しようとしたが無くなっていた。無くなったものは仕方がない。


サグラマ出発から約5日。


雨の中、しばらくは猫が駿馬の前側に乗って顔を向けている方向へと向かい、道を少しでも逸れると怒ったように鳴いて攻撃してくる。結構狂暴だ。


初日からときどき体を舐めているのが気になり、見てみると切り傷があった。ずっと駿馬の上で傷付くような事なかったのに。


出発から8日目、いきなり猫が悲鳴のような声を上げ、昏睡状態になった。ぐったりとしている猫を抱え焦るキリコを宥(なだ)めるカリアだが、カリアも顔には出さぬが焦っていた。何せ、猫がこの状態ではライハ達の居場所が分からない。


「師匠!どうしよう!」


「とりあえず近くの街によって獣の医者に診せよう」


アルタレ街に着き、医者に診せようとした翌日の早朝、猫が何事もなく起き上がる。しきりにお腹を舐めているが確認しても何もない。しかし、それでも回復してくれて良かった。


訳がわからないが、念のため医者に診せても猫は至(いた)って健康であると言われた。近くの店に入り久し振りに携帯食ではない食事を取ったが、状況が状況なだけに味がしなかった。


「…ずっと駿馬を飛ばしていたから疲れが出たのかしら…」


猫を見る。昨日と打って変わって元気そうに見える。

疲れにしては大型の獣に襲われたような悲鳴をあげたのが気にはなっているが、今はそんなこと無かったかのように黙々と大量の餌を摂り始めていた。いち早く食事を済ませたカリアが立ち上がる。


「キリコ、ネコ見てて。そろそろ駿馬が持たなくなっているから買い替えてくる」


「分かったわ」


そう言うとカリアは行ってしまった。


カリアとキリコの駿馬は連日飛ばしていたため痩せてしまっていた。そろそろ休息させなければ死んでしまうが、今はその時間さえ惜しい。


アウソとライハの駿馬に乗り、新しい駿馬にはしばらく荷物持ちで慣れさせなくては。


「ちっ、もどかしい…」


過去の記憶が甦ります思わず舌打ちをする。

殺し合いの舞台で分からない言葉を投げられながら戦う日々の光景は今でも鮮明に思い出せる。


(間違っても剣闘士(けんとうし)にされてない事を祈らないと)


あれは、人として色々狂ってくる。


「ナーウ」


足りないとでも言うように猫は皿をこちらへと寄せてきた。まだ食べるのかコイツ。








「………よく狩ってきたね」


「前から強いとは思ってたけど、まさかだわ」


休息中、餌が足りないらしく気付いたら猫が勝手に出掛けて、自分よりも二周りほど大きな鳥を狩って食べていた。食欲が旺盛なのは良いことだが、これは食べ過ぎではないのか?



しかし、猫はカリア達を驚かし続けた。


食欲が増したせいなのかはともかく、この頃から猫がグングンと大きくなり始めた。それに比例し寝る時間が増え、不思議なことにたくさん食べて寝ているのにずっと毛並みはボロボロ。病気ではないらしいが、何処かしらに必ずいくつか傷があった。


「今日もダメか」


しかし、そのせいでアウソ達へと向かう事が出来なくなった。


1日のほとんどを寝ている猫、揺すっても何をしても起きず、唯一起きるのはお腹が空いたときのみ。


「仕方がない、ここからは地道に情報を探すしかない」


「そうね」


「もしかしたらアイツらが近くにいるかもしれないから、連絡とってみるよ。キリコはギルドに依頼して」


二人で情報を集めたり昔の仲間に連絡をいれて協力を扇いだ。すると仲間が行方不明になっている話を聞き付けて人が集まり出す。


酒場を貸し切り、合流したパーティは合計8つ。

主に獣人(ガラージャ)のパーティが主だったが、その内の5つが同じように仲間が拐われていた。


「助かった、こちらも捜索していたんだが、何せ情報も人もが足りなくてな。ワシらの知っている情報は全部教える。協力してくれ」


「こちらこそ、感謝するよ。一応過去に鷲ノ爪の組織をいくつか潰した経験があるので何か役に立てれば」


「ああ、君たちの評判は聞いている。よろしく頼む」


いくつかのパーティが全力で捜索していると、グジャナという街に馬車が多く通っている情報が入った。


元々賭け事の街だからスルーしてたが、実際に行き街の周辺を捜してみると明らかに貴族や商人の物ではない(偽造しているが仲間の商人があれは違うと言った)馬車がコソコソと山の方へ向かっているのを何度か確認した。


馬は朱麗馬四頭で、荷台から微(かす)かに金属的な音がする。


「どう?」


「間違いねぇ、睡眠花(テガユワ)の臭いがする。当たりだ」


道に降りて獣人に調べてもらうと眠り香が残っていた。霧雨(きりさめ)で良かった、普通の雨なら臭いが流されていたところだ。


「ついさっき通ったのかね?」


「だろうな、じゃなけりゃこの霧雨(きりさめ)でも分からなかっただろう」


「おい、向こうに行った仲間から連絡だ。ソレらしき穴を見付けた、だと」


こっそり森に紛れて見に行くと、領主の山の麓(ふもと)にトンネルのような物がある。そこには門番らしき人が数名。車輪の跡はそのトンネルの中へと続いていた。


「もしかしてだけど、領主が絡んでいるのだったら凄くめんどくさい」


「そうすると厄介だね、グジャナは悪い輩も少なからずいるから、そういうのと結託(けったく)していたら手が出しずらい」


「証拠がなければ自警隊は動いてくれないからな。どうする?」


「奴隷商は合法なら問題ないが、仲間が違法に連れ拐われているから何とかしたい。でも証拠か…」


「どっかに鷲のマークないか?」


「どうする?」


フード越しにこちらを見る獣人達はいつでも襲撃可能だと目で語っていた。だが、今はまだ出来ない。証拠を取らなければこちらが逆に捕まってしまう。


「一度戻って作戦を練ろう。監視はそのまま続けて」


「おう」



三日ほど掛けて洞窟周辺を調べ、近くにある屋敷すべてを調べていくと、不審な程に人の出入りが活発な屋敷がある。それも何故か厳重に目隠しをされた馬車。


普通馬車には何処の貴族と知らせる印があるはずだが、その馬車は印がない。


「あの屋敷、隠してはいるが血の臭いがするぞ。もしかして殺し合いでもしているんじゃねーか?」


「屋敷近くの森にでかい建物があった。みろ、腐臭がするから調べてみたらこんなのがあった」


そう言って見せられたのは人の頭蓋骨。その側頭部には獣の歯形がくっきりと残っていた。


「これは、可能性大だね」


もしそうならそれを理由に自警隊に協力を得られるかもしれない。その為にはしっかりとした証拠が欲しい。


「なら私が中に入って調べるよ!」


「それならば俺は護衛をしてやろう」


潜入捜査をする話になり、誰が行くかと議論しはじめたところで顔の整った栗色の髪の大人しそうな女性と、鈍色(にびいろ)の髪をしたがたいの良い長身の男性が揃って手を挙げた。女性の名前をデア、男性をシェルムと言った。


シェルムはユラユで会ったノルベルトによく似ており、シラギクを知っているかと訊ねると、それは別行動している仲間でノルベルトはシェルムの兄だと言われた。なんの因果か。


というかシェルムの方がノルベルトに比べて年上に見える。


「実は、私たちも探し物があってね、ちょっと特殊なものなんだけど。もしかしたら彼処(あそこ)にあるかもしれないからさ」


「本当は兄達を待ってからにしようと思っていたんだが、せっかくの機会だ。利用させてもらう」


「ありがたい。是非とも利用してくれ」


「ところで、屋敷周辺に妙な臭いがある。魔物(マヌムン)ではない、嗅いだこともない臭いだ。出来るならばそれも調べられれば良いのだが」


「人寄りの同族(ガラージャ)がいればいいが。誰かいなかったか?」


「隣町に知り合いで人寄りの同族(ガラージャ)がいる。そいつを連れてこよう」


「本当はコッチが行ければいいんだけどね」


「あんたらはこの業界では有名だからな、『アオーニ』と『アカオニ』って。あんたらは最後の制圧で活躍をしてくれ」


「師匠、こればかりはしょうがないよ」


「わかってるよ。デア、シェルム、頼みます」


二人は顔を見合わせ、背筋を伸ばし力強く『任せてください』と言った。

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