第78話 死んでくれ
「あと一人…」
ダンの小さな声で目が覚めた。
何となく横になったまま気付かれないようにダンを見ると暗い顔をしている。何かあったのか。
それから時間を置いて起きると、ダンは先程の暗い顔はすっかり消え、いつもの陽気なダンに戻っていたが。
「んじゃ、行ってくる!」
「行ってらっしゃい」
連れていかれるときもいつも通りなのだが、先程の言葉と表情が気になって仕方がない。
寝転がりながら考えていると檻が開く音がしてそっちを向くと、いつも闘技場に連れていく男がいた。
「おい、出ろ」
「え?さっきダンさん行ったんじゃないんですか?」
「いいから出ろ」
「はい」
ダンの檻を見ても、ダンは帰ってきていない。
もうひとつ闘技場があるという事か?
よく分からないが、こちらから質問してもこの連れていく係りの男は何も話してはくれない。
慣れてきた手枷の交換を済ませ、短剣を受け取って闘技場へと出ると、ダンが闘技場の真ん中に立っていた。なんで?
「ダンさん」
「え…!?」
ダンが驚愕の表情を浮かべる。
対してオレは戸惑っていた。どういう事だ?共闘しろという事か?
ギリッ、歯軋りの音が聞こえた。ダンはオレを見て「クソが!」と悪態をつく。状況が理解できない。
「あと…一人だったのに…っ」
「ひとり?」
その時、観覧席から戦えと声を投げられた。その声は徐々に広がり、手拍子と共に戦えコールが闘技場に響き渡る。
「ライハくん…」
ダンが、苦しげにオレの名前を呼んだ。
「すまない…、死んでくれ」
え、と思ったときにはもうダンの短剣が左胸に深く突き刺さっていた。
「っ…!?」
一瞬意識が飛び、倒れる瞬間咄嗟に足を突き出し倒れるのを阻止して胸の短剣を引き抜き投げ捨てた。ズキンズキンと刺さっていた箇所が脈動に合わせて激しく痛む。
ダンが驚いた顔をしながらもこちらに向かってきていた。
拳を避けつつ、確信した。
ダンは本気でオレを殺そうとしている。
「ぜっ、はっ!」
胸が痛い。刺された所が良くない、肺は貫通しているし、恐らく心臓にもちょっと刺さったかもしれない。咳と共に気道をせり上がってくる液体を吐き出せば血の固まりだった。
とりあえず今は逃げて回復するまでの時間を稼がないと。
後ろを振り返るとダンが短剣を拾い上げていて、今まで見たことのない顔で追いかけてきている。足の早さはオレの方が上だったが、また短剣を投げられる可能性もある。
「っ!」
嫌な予感がして進路を変えた瞬間、今までオレがいたところを短剣が飛んできた。
「ダンさん!止めてください!」
オレの必死な訴えにダンは答えない。
「ダンさん!」
「逃げても無駄だ!!」
「!」
ダンから距離を取りつつ様子を窺う。
短剣を拾い上げこちらを見ているダンは泣きそうな顔をしていた。
「ここからはどちらか死ぬまでは出られない。二人とも戦意喪失すれば両方死ぬ。なんでここに来るときに必ず手枷を変えられるか分かるか?」
首を横に振る。
知らない。
「この手錠にはスイッチ1つで毒針が飛び出すようになっている。猛毒だ。この毒を打たれればまず助からない。のたうち回りながら死んでいく。血液が一気に汚染されるからな、回復魔法でも治らない」
手錠を見る。何故毎回替えられるのかと思ったが、そういう事だったのか。
「俺は、ここで頑張って生き延びた。訳分かんないところで野垂れ死にして堪るかってな。死に物狂いだ。そんな俺に、生きれる方法があると言われた。ここで15人全て戦って勝てたら出してやるって、そう言われたんだ」
「15人…」
クスクスと観覧席から笑い声が聞こえる。
「戦う気がない奴はすぐに仕留めてやった。俺は死にたくないからな。だから、頼むよ。俺は…生きたいんだよ!!」
「……」
愕然とした。まさか、あのダンがこんな状況で、それでもなお笑顔で接してくれていたのだと思うと、悔しくて仕方がなかった。
こんな奴らに捕まらなければ、ダンはこんな思い悩むことは無かったはずだ。こんなくず野郎達の前で人を殺すこともしなかっただろうし、違った人生を歩むことができたはずなのに。
自分の短剣を握り直す。
そして、ダンを見た。
「ダンさん、すみませんが無抵抗に殺されてやることはオレにはできません。オレは弱い人間ですから」
「……」
「オレも死にたくはありません。こんなあちこち刺されても生きていられるほど回復能力は高いですが、正直首を飛ばされて生きていられるのかは不明です。腕も生えてこないと思います」
多分欠損状態で血が止まるくらいだろう。
首は不明だ。流石に死ぬかもしれない。
そんなオレの話を聞いているダンが不思議そうな顔をしていた。何故自ら弱点を明かすのかと。
「なんでそんな話をするんだ。弱点を教えたら、そこを狙ってくるってのは考えないのか?」
「考えます。けど、公平にしたいので」
「公平に」
ダンがハッとした顔をする。
「これからは本気で戦います。逃げません。どっちが勝っても恨みっこ無しです!」
ダンが泣きそうな顔をしながらも笑った。
「…分かった。グルァシアスな」
先に仕掛けたのはオレだ。
振るった短剣をダンが短剣を用いて受け流し意識が片寄った時、時間差で放った拳がダンの脇腹に当たる。痛みに呻くダンが蹴りを放ってきた。
咄嗟に後ろへと跳ぶと、ダンの蹴りが目の前を通過。すぐさま殴り掛かるがダンは軽く避けて短剣で斬りかかってくる。
オレもなんとかダンの攻撃を回避しつつ反撃しているが、流石は長いこと此処でキメラを倒し続けているわけじゃない。実力で生き残っていた事実がリアルに感じられた。
「避けるの上手いですねっ」
「じゃなかったら死んでるだろ?お互い」
「たしかに」
回復能力が高いとはいえ、傷つけられたら普通に痛い。必然的に避けるのに全力を出していた。
「!」
蹴りをフェイントで死角から放った短剣にすんでで気付き綺麗に受け流せた。このまま反撃(カウンター)に移れれば良かったのたがうまくいかない。技術不足のせいもあるが、戦いながら別の事を考えていたせいでもあった。
(どうにかして、ダンの手錠を解除して、……いや、あれは鍵だったから解除できない。ならせめて毒針が飛び出る仕組みが魔方陣ならなんとか…!)
攻撃をうまく流されダンから
こちらの攻撃は当たらない。場数の違いを痛感する。
(くそっ!押さえ込めない!)
ダンの剣が肩を切り裂く。
「いっ」
首を狙っているのが分かるから何とかして刃が当たる瞬間に体制を変えて首を斬られるのを避けてはいるが、一瞬でも気を抜けば終わりだ。
(ダメだ、やっぱり強い。けど!)
こちらもやられてばかりではない。
「どうりゃああああ!!!」
「!!」
キリコさん直伝、隙をみて足掛けでダンの体制を崩し全力で押さえ着けて左腕を捻り背中側で固定した。右腕も手錠の鎖がピンと張って胸側に引っ張られて動かせない、短剣は右手にあるし、綺麗に関節が決まったので、しばらく持つはずだ。
逃れようと暴れるダンを全力で押さえながら急いで手錠を確認する。
すると、親指側の鎖が繋がっている所に魔方陣のようなものがある。これをどうにかして解除できれば。
だが、見たことのない形、模様だった。
(力業でいけるか?)
模様に触れて解除出来るかを試してみるが、魔方陣は何の変化もしなかった。
「ちっ」
思わず舌打ちをした瞬間、ダンの長い尻尾が鞭のようにしなりなから襲ってきたので、その場から逃げた。
ダンがイテテと言いながら立ち上がり捻り上げていた腕を痛そうに振っているのを見ながらオレはこんな事ならホールデンで魔方陣の本を読んでりゃ良かったと、少し後悔していた。
もしくはもっとニックに質問して勉強していれば。
過ぎたことだとはいえ、悔やまれる。
ダンがオレに向き直り睨み付けてくる。
「なんでさっき心臓を、もしくは肝臓を突かなかったのだ。絶好の機会だっただろう」
「……オレはーー」
ダンを殺したいわけじゃない。
できることなら手錠の毒針を解除して此処から逃げ出してほしい。
この反転の呪いにも色々と条件があるのは解っていたが、本当に必要な時ほど役に立たないのは腹立たしい。でも、そう説明しようにも此処にはオレ達以外にもたくさん人がいる。見ている。
偶然を装って壊せれば一番良いだろうが、そんな素振りを見せれば
でも、反転の呪いで壊せないとするなら、オレに思い付く方法は後一つしかない。
「ーー急所なんて分からないんで探してただけですよ。まだ人を殺したことはないので。
嘘ではない。
そういうとダンは成る程と納得した顔をした。
「そうか、ならこれも公平にしないとな。基本、急所は体の真ん中に近いところを帯状にしてある。
「そういえば即心臓狙ってましたね」
考えろ、作戦を。
どうすればダンの手を落とせるかを。
(単純に考えて、手錠の左手に魔方陣があった。なら、そこの手を落として手錠を抜けば問題はないはずだ)
「しっかり狙えよ!俺も狙っていくからな!」
次から次へと迫る刃を必死に避け、受け流す。
オレが放つ攻撃はダンには当たらない。もちろんオレも急所を狙っているが、それをダンは軽く避けていく。
「くっ」
目の前を短剣が通過する。迷いのないダンの剣がオレの目を狙っていた。容赦ない。
(といってもダンさんは避けるの上手いし力も強いし。また押さえ込みが成功する可能性は低い)
とすると、無理矢理実行するのはもうあの手しかない。
本当は奥の手だし、魔法が使えるってバレるかもしれないから使いたくなかったけど、もうこの際仕方がない。
久し振りに身体能力強化を発動した。
先程よりも体が軽く、動きも素早くなっていく。いっているはずなのに、全ての攻撃が何故かダンに当たらない。思わずそりゃねーわ、と心の中でツッコミを入れた。
「だああああ!!うまくいかない!!」
「こっちの台詞だ!避けるな!」
「そっちこそ避けないでください!」
ダンの剣が腕を斬るのも構わず攻撃を仕掛けたら、なんとかダンの頬を殴り付けることができた。
「ぐっ!」
そこそこダメージがあったのか、少しふらついたダンにチャンスだとさらに攻撃を入れるも、またしても全ていなされ、こめかみにダンの蹴りが炸裂した。ぐわんと視界が揺れる。
(やばい、足がふらついてきた)
こめかみの攻撃が結構効いた。
やばいな、これ。助ける前にオレがやられるかもしれない。
「なんで剣を使わない!」
イラついたようにダンが言う。
「剣苦手なんですよ!!」
それにオレはそう答えた。嘘ではない。
嘘ではないが、周りの目があるから本当の事が言えない。押さえ込みたくて短剣よりも拳が出ていたからそう思われたのだろう。
すると、ダンはなんとも言えない顔をした。
「…よく今まで生きてたな」
「まったくです!」
よく勝ててたよオレ。
回復能力なかったらすぐに死んでたに違いない。
「っ!!」
ダンの蹴りが顔のスレスレを通過した。
強い。本当に強い。
身体強化してんのに、キリコ並みに避けて確実に攻撃を入れてくる。しかもその攻撃が的確でダメージが、大きい。
「ぐうっ!」
迫り来る刃に避けるタイミングが遅れ、ダンの短剣が今までにないほど深く腹を切り裂いた。
その瞬間、意識がボヤけた。
まるで深い眠りに落ちる瞬間のような。だが、オレはその感覚に心の底から恐怖する。
みるみる内に痛みが消え、その代わりに沸き上がるのは怒りと破壊の衝動。身に覚えのある感覚に、シンゴを獲物として追い掛けた記憶が鮮明に甦った。
「嫌だ」
嫌な予感がした。
ダンを見ると驚きの中に恐怖の表情が入り混ざっている。
「嫌だ!ダンさん避けて!」
叫んだ声はくぐもって聞こえ、気付いたときには体が勝手に動き出していた。
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