第178話 お人形遊びの極めて高度なヤツ

「あれで良かったのか?」


 学食を出たところでオレはクッキーに言う。


「ええんや」


「別にだれとでも仲良くしろとは言わないけど、挑戦状とか言ってたし、戦うなら話ぐらい聞くのがヒーローらしさなんじゃないか?」


「わかりきってんねん」


 うんざりした風で息を吐いて、クッキーは背後を振り返る。気配としても追っては来ていない。そこまでのしつこさがあればオレもこんなことは言わないのだが、子供を放置するのはどうしたって良心の呵責がある。


「新しい実験体を手に入れたんやろ。そんで、マタ、今回は兄さんやろうけど、ともかくウチと戦って勝ちたい。そんだけや」


「……負けないんだろ?」


 オレは言った。


「いっぺんも負けたことないわ」


 そう言って、天才少女はオレを引っ張る。


「なら、切磋琢磨するライバルじゃん。そこまで邪険にすることもなくないか? ま、ロリコン呼ばわりは腹立つが、外形的には事実だし」


「なにが言いたいん?」


 クッキーはオレを睨んだ。


「珍しく感情的になってると思って」


 正直に答えた。


 そういうリアクションは新鮮だ。


「兄さん、ウチを子供扱いしてへん?」


 オレの顔が笑っているのだろう、クッキーはムッとした表情で唇を尖らせる。可愛い。なんだかんだいつも大人っぽいのでギャップがある。


「ロリも悪くないなって」


「アホ。ヘンタイ」


 赤面した。


「……自覚はあるわ。宇宙一可憐ではないにしても、アイムが天才なんはウチも認めとる。そんで、似てんのも事実やろ。幼くして逮捕歴持ちなんも、そこで機関にスカウトされたんも、親と引き離されてんのも同じやからな」


「なんだ、そこまで知ってるなら友達か」


 オレは少しホッとした。


 ケンカしているとかでさっきの態度なら別に心配するほどのこともない。年齢相応だ。仲直りできるかは時間とタイミングだろう。


「最初はな」


「天才同士ってどういう会話するんだ?」


 歩きながらオレは話を振る。


「同い年やし、境遇も似てる。そら、いい刺激はあったよ。お互いの研究の方向は違っても、協力できることもあったしな」


 クッキーは少し恥ずかしそうに言う。


「へぇ、どんな?」


「アイムは動物を改造して戦わせる実験をしてたんや。逮捕されたんは動物園の猛獣に手を出したからなんやけど、アホやろ? ケチやねん」


「……え?」


 微笑ましくない導入にオレは戸惑った。


「そんでまぁ、動物の改造はともかく制御が難しい言うてな? 脳にチップを埋め込んで機械的にどうにかならんかっちゅうて、ラット使うて、色々一緒にやったんや。ここの神経と回路繋ぐと前に進めなくなるとか言って笑ったりな」


「うん……面白いね」


 どんよりと言うしかなかった。


「……あ、ごめんな。兄さんにはデリケートな話題やった。改造人間やもんな。あ、でもな。ウチらの実験はあんまり成功しなかったんや。複雑な命令を制御しようとすると、だいたい自然で出来てることができなくなるっちゅうんで」


「そこじゃないよ」


 オレは言う。


「え?」


「いや、改造された人間として動物実験に複雑な感情があるとかじゃない。イメージしてたのと違っただけだ。気にしないでいい」


 女の子のお人形遊びの極めて高度なヤツ。


 そう思っても、ちょっとエグい。


「……」


 クッキーはオレの言葉に首を傾げる。


「ともかく、あの子は天才や。バイオ分野やったら地球上でも一、二を争うやろ。そやけど、ウチとは方向性がちゃう。いくら強化しても生き物がベースである時点でヒーローを作っとるだけや。人体実験に手を出すっちゅうから、そこでお別れやね。マタの人工知能の役には立ったけど」


 ヒーローが必要のない世の中。


 それがクッキーの望みだった訳だが。


「そんなこと言って、本当は犬だよねー」


「!」


 ふわりと合流してきた声にクッキーが驚く。


「すみ」


 オレは気配で察していた。


「なんで学園に?」


「午後から秘密兵器のテストでしょー?」


「すみも呼んだのか」


 オレは天才少女を見る。


「クッキー?」


「……」


 だが、固まっている。


「うーん、ダメみたいだねー」


 すみは犬を抱っこしていた。詳しくはないがたぶんパグだと思う。愛嬌のある顔で大人しくしている。サマーニットに包まれた胸を背もたれのようにしてなかなかの好待遇じゃないか。犬じゃなかったらそこを代われと言いたいところだ。


「名前は?」


「ハナちゃん」


「よしよしハナ……って、もしかして」


 頭を撫でて、オレはやっと気づいた。


「クッキー。犬が苦手なのか?」


「あれ、知らなかったのー?」


「いや、聞いたことな……」


「……ちゃうやん」


 見ると、クッキーが無言のまま十数歩下がっていた。声もかなり小さい。ぶるぶる震えている。顔色も心なしか青ざめている。なにが違うんだとツッコミを入れるのも申し訳ないぐらい。


「苦手やなかったんや。アイムの作った化け犬を見るまではな……制御せんとも人間の言うことを聞く良い動物や。わかっとる。別に怖ないよ。怖がってない。嘘やないで?」


「……すみ、あの」


 居たたまれない空気だった。


「うん。ハナちゃん返してくるー」


「……」


 なんで犬抱っこしてたんだろ。


 そう思いながらオレはクッキーに近寄る。


「別に気にしなくていいぞ? 弱点はだれにでもあるんだ。犬ぐらいどんな化け物でもオレが対処してやるから。あれか、あの子は弱点を容赦なく突いてくるタイプか?」


「……」


 クッキーは無言で頷いた。


 ケンカにもなる。


「挑戦なんか一蹴してやろう、な?」


 オレは励ましながら、クッキーを抱きかかえる。子供扱いはしたくないが、この場合は妻なので別に問題はないはずだ。ちゃんと女の子扱いだと思う。いや、女の子じゃダメなのか?


「そやな」


 クッキーはか細い声で言う。


「みっともないわ、ウチ」


「そんなことないって、オレに比べりゃ……」


「兄さんと比べたら、そらな」


「……そうだね。比較が良くなかった」


 オレは落ち込む。


 まったく天才は誤魔化されないぜ!


 特別科。


 戻ってきたすみと共に向かったのは学園の奥、要塞のような建物の中心とも言うべき場所だった。関係者以外立ち入り禁止らしく、入り口でオレは特に念入りに持ち物検査をされた。あやうくクッキー手作り弁当を没収されかけ、その場で食べてみせたぐらいだ。


「すみは聞いてたけど、クッキーも関係者なんだな特別科……内部に入ってもなんにもよくわからん場所だが、秘密兵器だっけ?」


 閉塞感のある廊下を見回しながら言う。


 部屋はいくつもあるようだが、それぞれが隔壁で閉ざされていて内部の様子はわからないし、人の気配もおぼろげにしか関知できない。おそらく相当に分厚いだろう。


「教授さんとわたしの先生が古い知り合いー」


 すみが言う。


「そうなんだ」


 タコ教授の知り合いとか良い予感がしないな。


「正確に言うと穴兄弟やな」


 クッキーが補足。


「ふーん、穴兄だ……クッキーさん?」


 オレは繰り返しかけた。


 ヒーローの品位を下げる発言ですよそれ!


「事実だが、初対面の相手に自己紹介をする前に伝える情報としては勘弁して欲しいところだ。クッキー・コーンフィールド」


「!」


 気配はなかった。


「ようこそ、全先正生」


「え、と、見えてるんでしょうか?」


 それは立体映像だった。


 白髪に長い白髭というどこか神様めいた老人の姿が壁に刻み込まれた模様と思っていた筋から投影された光に映し出されている。


「この建物自体がワシ自身だ」


 老人の映像はなめらかに口を動かして言った。


「建物?」


「奥田のようにコンパクトに収まらない。生前の偉大さ故だろうか……申し遅れた。ワシは巫女田英明みこたえいめい。カクリの最後の夫だ」


「……え、あな」


 オレはクッキーの顔を見た。


「ああ、あの教授は結婚してへん。若返ったら興味なくなったらしい。子供はおるけどな。子供言うても還暦近いはずやけど」


「いや……」


 そういう説明を求めていた訳ではなく。


「ワシの後にカクリと結婚できるのは奥田ぐらいだろうと思ったのだがな。熟女を維持するのはイヤだと言ったそうだ」


 老人は軽く言う。


「全先正生、どうだ?」


「どう、とは!?」


 なにを言ってるんだ。


「最近の男は結婚をちらつかせるとすぐ逃げる軟弱者ばかりだとカクリも嘆いていた。その点、一夫多妻の君ならば巫女田になるのも……」


「先生!」


 すみが立体映像に体当たり。


 老人の姿がゆらめく。


「これ以上、増やそうとしないで!」


「いかんいかん、教え子の幸せを壊すところだった。そういうつもりじゃないんだ。ワシもカクリの幸せを願っているからな」


「……」


 オレは沈黙するしかなかった。


 この島にきておよそ非常識な展開にも慣れたと思うのだが、まだまだ世の中は広くて、深い。そして知りたくなくて知らなくてもいいことがとても多いようだ。


 帰りたい。

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