第162話 水をさす
戦いは拮抗していた。
勇者に向かう二名、マタとルビア。
(思っていた以上に、戦えてる)
高速戦闘も余さず録画するカメラで戦いの様子を追いながら、マリナはぶっつけ本番で連携を取っているとは思えない動きに感嘆する。
家政婦オートマタ・マタ。
重力制御装置の超小型化。現在までに実現されたクッキー最大の功績によって、身体の各部の重量を自在に操り、少ない推進力でも地球上から宇宙まで自在の活動を可能にしたそのロボは、さらに戦闘に特化した改造が施されたと聞いている。
(熟女になった結果は意味不明だが)
しかし魔法で飛んでいるであろう勇者に対して、科学技術で完全についていっているのが、異常な進歩であることは明らかだった。
四次元通路を開く機能に付随して三次元的に極めて破壊されにくいベラ棒の素材を織り込んだベラ紡スーツの防御力を生かして、相手に距離を取らせず、さらに次から次に武器を取りだして攻撃の手も緩めない。
「超重力キック」
マタが勇者にかかと落とし。
「こんなもんで、え!?」
柄で受け止めようとした勇者は弾かれるように地面へと落下する。受け止めてしまっては、重力制御の影響から逃れられない。
(けれど、勇者の誤算は)
「ドー・ラティオンっ」
落下したところに、ルビアが魔法のステッキを振るった。キラリと輝いたかと思うと、落下した地面が爆発する。魔法少女史上最悪の呼び声高き、爆殺少女プロノラ。逮捕されて後継者がいなかったその魔法をコピーしているルビアだ。
「ありえないっしょ?」
爆煙から勇者が飛び出す。
「ドドドドー・ラティオンっ!」
だが、ルビアもまったく容赦がない。
飛んでいく方向が次々に爆破される。ウサギの耳で飛行するその速度は速くないが、マタが前面で勇者を受け止めるので、打ち込まれる魔法を止める術がない。
「超重力パンチ」
逃げようとしたところにはもう回り込まれている。勇者ピンポン球のように弾かれ、上へ下へと避けるので精一杯の様子だ。少なくとも、有効な対処はできていない。
(本気、という訳でもないのだろうが)
少なくとも攻撃は仕掛けていなかった。
(撮影を嫌ってる可能性はあるか)
撮影ポジションを移動するマリナに対して勇者が警戒心を持っているのは感じられていた。すでに一度戦っているから、遠距離攻撃もあることは予想されているだろう。だが、それ以上に、能力を知られたくない可能性は高い。
(飛行魔法も、使っている剣も、いくつかの資料が残っている。魔法の師さえいれば手に入る力、それだけで勇者とまでは呼ばれまい)
カクリの任務。
目的を達成するには真の力を出させなければ。
(その意味で鍵を握るのはベアレディ)
だが、それが難題だった。
(あの龍、まだ健在なの?)
カメラを移しながら、拮抗するもう一方の戦闘へ目を向ける。勇者が乗ってきた龍の頭を伊佐美が殴って、地面に叩きつける。だが、能力で作られた生物、すぐに復活して絡みつく。
そんなことを繰り返して十数分。
パワーで圧倒しているのは常に伊佐美だが、それに耐える龍のタフネスは尋常ではない。少なくとも受けたダメージ分の夢魔は能力者が消耗しているはずで、並の力ならすぐに消えてしまっている。
(むしろ、あちらが本体?)
マリナはふと思う。
(勇者に新しい組織を引っ張るような思想性はおそらくない。パーティとされるメンバーもそれは同様で、目的意識が希薄、なのに、魔法のような確実な教えを必要とする力を使う)
極東地域に魔法使いは少ない。
だが、世界的に見れば魔法使いは圧倒的にポピュラーな夢魔能力だ。確立した体系があり、きちんと修行を重ねることで向上させることができる。その安定感は多くの地域で根強く広まる理由にもなった。
だが、日本地域では修行の根本となる考え、特定宗教の影響が弱く、能力に目覚めたとしても多くの場合は魔法にたどり着かない。機関はそれを補うために読書家などのオリジナル能力で魔法も取り入れようとしているが、それも定着するにはまだ時間が必要である。
(合成能力の可能性はある。一人ではなく、何百人、何千人でならば、巨大な力も生み出せる。だがそこまでの規模の能力者を抱える組織が今まで隠れ潜んでいたとは考えられない。勇者をここまで強くした者と、ベアレディに倒されない龍、無関係とはとても思えない)
「プレエエェェェエエス!」
しびれを切らした伊佐美が島を揺らした。
頭を潰されてのたうつ龍。
膨らんだ空気熊の気圧をそのまま自分の体重に加算する大技、能力者自体の身体へも負担が大きい、と言われているが、少なくとも伊佐美にはなんともないことも知られている。
だが、龍は消えない。
「まだか!」
さらに島が揺れる。
「まだか!」
追い打ちにつぐ追い打ち。
だが、龍は頭を切り離して、胴体のみで浮かび上がり、空中で頭を復活させる。強い訳ではないが、確実に一体で伊佐美を封じ込めている。
「奥の手があるんやろな」
撮影のために移動している間に、クッキーの側まで戻ってきていた。戦っている人間が、人質の周囲の三人に近寄らないように意識しているからだろう。
「奥の手」
「人質を取り戻しにきたにしては、準備不足がすぎる。最初は自信過剰なんかと思ってたんやけど、あの龍は完全に伊佐美潰しやろ? 時間を稼いでる。せやから、秘密兵器はもうちょい待ったってな?」
「先に出すと弱いもんねー」
クッキーの言葉にすみが合わせる。
「短期決戦仕様やねん」
(時間稼ぎ、と言っても)
マリナは勇者の視界を共有してみる。
マタとルビアの二人に対して、余裕があるというほど広い視野を保っている訳ではない。きちんと相手を見て、対処しているが、奥の手を意識しているなら、なにか視線に変化があってもいいはずだった。
(たとえば飛んできた方角だとか)
「!?」
前触れもなにもなかった。
マリナが見た瞬間に、雲を突き破って帆船が落ちてくる。クッキーもすみも、あさまも、伊佐美もマタもルビアも、そして勇者さえも驚愕の目で空を見上げた。
「なんやの、あれ」
クッキーがつぶやいている間に、ぐんぐんと落ちてくる船は、徐々に大きく見えてきて、その場の全員が危機感を覚えるサイズになる。
「に、逃げた方がよくなーい?」
「ルビア!」
クッキーが叫ぶ。
「半端ないっしょっ!?」
勇者が飛び出したのはその瞬間だった。
島へ落ちてくる船を受け止めるべく、赤いマントをはためかせて勢いよく上昇、巨大な魔法円を上空に発生させ受け止める。
空気が振動して、島に風が吹き下ろす。
クッキーもすみも姿勢を低くして耐えるのを横目に、マリナは前に出てその様子を映像に残す。巨大な船だ。この島ぐらいは軽くある。そしてそれをバカ正直に受け止める勇者の力。
(とんでもない)
こんな人間を育てる力を持った組織は。
「あれ、間々崎咲子じゃ」
あさまのつぶやき。
「え?」
船首から姿を現したのは誘拐されたときとは全く違う服装の女性化した正生であり、勇者の魔法円が消えたのはその直後だった。
「あ」
「あー」
服の胸元を開け、おっぱいを見せている。
そして船は勇者を巻き込んで、島の手前の海に落下した。大波が押し寄せて、島の上の全員が思い切り被る。ビチャビチャのグシャグシャ、文字通りに水をさす結果だった。
「ただいまぁ」
咲子がそう言いながら、島に降りてくる。
「いやぁ、参った。魔神の操船が荒いのなんの。マジで落っこちるかと思ったよ。勇者は邪魔だったけどな。あぁ、疲れた」
「兄さん」
クッキーが頭を抱える。
「あ、勇者のパーティ説得してきたんで」
咲子は呆然とする全員に告げる。
「あとはまぁ、編入手続きとかしてやってよ。この船の連中、まともな教育とか受けてないって言うからさ。能力あるんだし、月暈島で受け入れるのが妥当なとこでしょ?」
「……」
マリナは言うべき言葉を持たなかった。
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