第132話 おろかもの

 ペックの案内はどんどん道なき道へ進む。


「本当にこっちでいいのか?」


 嫌な予感しかしない。


「んだ」


 だが、ウソを言っているようには見えない表情で答えられると行くしかないという気持ちにはなる。この子をこのままだれかに利用されたままにはしておけない。


 オレにだって正義感ぐらいはあるのだ。


「わかった」


 ともかく進むしかない。


 ペックは強さで言えば大したことはなかった。


 さらにペラペラと自分のことを喋ってしっまう口の軽さ、殺し屋に向いている向いてない以前のリスクである。これらを考えると、負けることはある程度まで利用する側にとって想定内のはずに違いないと思えた。


 つまり案内させるところまで含めて罠。


 そう考える方が自然だろう。


 殺害のターゲットにされた側からすれば、殺し屋の口を割らせて、依頼者を暴こうとするのは当然の行動である。ペックの利用価値はそこにあると見た方がいい。


 子供が相手でも容赦なく殺すような人間なら意味はないが、ヒーローを養成するこの島では問答無用に子供が殺される場合は少ないだろう。ペックは生かされ、人質になる。それが普通の成り行きと予想できる。


 だが、相手は殺しを生業にする者だ。


 捨て駒。


 オレのようなお人好しが助けようと乗り込んでくることまで織り込めば、良い意味での逆人質になる。一緒に殺してしまってもいいという扱いならターゲットの油断を誘うにはこの田舎っぽい子供は適任。だから、戦いはここからが本番だ。


 待ち伏せがある。そう思え。


「ここ、だ」


 森を駆け抜け、木々が急になくなった場所で、ペックが言う。オレは緊張しながら足を止め、周囲の気配を探る。小さい生物以外はいない。


「中、なのか。じっさまとばっさま」


 山の斜面に出来た洞穴の入り口に石を積み上げて無理矢理建築物に見せたような場所がある。社会科見学で見に行った防空壕みたいな雰囲気だが、それよりもはるかに脆そうだ。


「んだ」


「……」


 入りたくない。


 まず気配が感じられないから、じっさまもばっさまも相当深くにでも入ってない限りいないのは確定的、経緯から考えて呪術絡みも確定的だから、中に入ると術発動って線も硬い。指輪だけでどうにかなる訳だしな。


「よし、ペック、呼んでこい」


 オレは指示を出し、子供を地面に置く。


「オラがか?」


 ビクっとふるえたのはウソがつけないからか。


「入れないのか? もしかして?」


 子供相手に揺さぶりは心が痛むが。


「そったらことはないけんども」


 言いつつ、そわそわした様子で考えている。


 オレを中に入れる方法を。


「よし」


 流石に可哀想かな。


「オレがやろう」


「あっは」


 笑い漏れてるぞ殺し屋。


「ま、準備運動だ」


 オレは思い切り駆け出し、力任せに入り口に見えるように積み上げられた石の柱をぶっ叩く。結界があることも予想したが、それは大音響で呆気なく崩れ落ちて、土砂崩れで穴は塞がった。


 終了。


「あーっ! なにしてんだ!?」


「やれやれ」


 壊されることは予想しとけよ。


「そったらことしたからじっさまとばっさまでてきちまった! どうしてくれんだ!」


 ペックがかけよってきて、オレの腹をぽこぽこ殴る。呪われた武器がないと余りに非力だが。


「出てくる?」


 オレは振り返った。


 ぼーっと浮かび上がる青い火の玉がふたつ。


「人魂?」


 死んでたから気配がなかった?


「じっさま、ばっさま。すまねえ。オラ、負けちまって。だから力を貸してくれろ」


 ペックは人魂の前に土下座。


 マントがめくれあがってパンツが丸出しなのも気にせず、地面に頭をこすりつけて懇願している。ずいぶん恐れているみたいなんだが。


「反応ないな」


 人魂はふわふわと浮かんでいるだけだ。


 鬼とか見てきてるから、別に幽霊が出てきても特になんとも思わない感じではあるが、この無言の物体が殺しを指示していたのだろうか。


 だとしたら成仏してもらうべきか?


「この手のことはやっぱりあさまか?」


 オレはヒロポンを取り出しながらつぶやく。


 連絡を受けてくれるかどうかわからないが、事情が事情だ。子供に殺しをさせておく訳にもいかない。わかってくれるだろう。


「なにとぞ、なにとぞ、オラに力を!」


「……」


 電話は繋がらない。


「オラに力を!」


 目の前の土下座が行きすぎて尻が上がって三点倒立状態になってきている。もう敬意はまったく感じない。人魂も反応しない。


「おい、ペック。そのくらいで」


 繋がらないヒロポンを耳に当てたまま言ったところで、なにか声が聞こえた気がした。それは呼び出し音の向こう。繋がっていないはずの通話として聞こえてきている。


「おろかもの」


「っ!?」


 嗄れ声に思わず耳元から遠ざけた。


 ホラーかよ。


「ばっさま!」


 だが、ペックはオレのヒロポンをひったくって語りかける。いや、それオレしか使えないはずなんだけど。幽霊には関係ないのか?


「んだ。んだ。んだ」


 ペックは何度も首肯する。


「あっは。全先正生、オメ、終わったぞ?」


 そして勝ち誇りながら、オレにヒロポンを投げ返してきた。耳に当てたがもう音は聞こえない。呼び出しも切れている。


 あの世へコールしちまったのか?


「トシテの封印を解いちまったからな」


「トシテってな……」


 オレが聞き返そうとしたところで、地面がぐらりと大きく揺れた。地震かと思ったが、近くの木々から鳥が飛び立っただけで、遠くまでは生き物の気配の移動が感じられない。


 べたり。


 ぬちゃ、と足首を掴まれる感触にハッとするとそれは地面から直接現れた。飛び上がろうと地面を蹴ろうとした足が、土の中に引きずり込まれ、オレは膝をつかされる。


「!」


 すかさず拳が顔面に突き刺さった。


 首が抜けそうな衝撃だったが、両足が地面に囚われているのでオレは激しく仰け反る。なんだ、今の土色のパンチは。


「見たかぁ。こんれがトシテだ」


 目の前のペックの身体が土に覆われていた。


「……」


 それは成人した女の形になっていたが、どこか流動的で、地面と一体化しているようにも見える。ただ、オレに感じ取れる気配がない。


「このっ」


 オレは地面を叩いたが、泥のような感触に衝撃を吸収され、逆に身体が飲み込まれるような状態に陥る。やばい。底なし沼みたいなものか。


「ばっさまが言っただ」


 べちゃべちょとペックが目の前にくる。


「封印が解けちまったもんはしょうがねぇ。こうなったらオメから力を吸い上げて、オラたちの敵をまとめて倒すしかねぇと」


「……」


 吸い上げる?


「そんでま、養分になってくれろ」


 土の腕がオレの頭をつかんで、地面へとたたきつける。とっさに息を吸ったが、ドロドロになった地面の中に飲み込まれ、沈み込んでいく。


 これはまいった。


 厄介極まる。


 オレはもがこうとしたが、ずるずると地面の中に落ちていく感覚しかない。周りもなにもみえない。ペックの気配だけが遠ざかっていく。


 なんか暖かい。


 眠い。


 そして気持ちいい。


 ずぽん。


 意識が飛びかけたところで、オレは空洞の中に落ちた。そこは沼のようにはなっておらず、湿ってはいるが硬い土になっていた。


「くっそ」


 泥まみれの身体を起こして、立ち上がる。


「なんだここは」


「トシテの胃だ。おろかもの」


 声がしたほうを見上げると、土の人形が斜めになった天井にぶら下がっている。さっき、ペックを覆ってたのと同じく女の形だ。


「おろかもの?」


 さっきも聞いたな、そのフレーズ。


「ここで、おまえはその力を放出し、トシテを動かす燃料になる。どうだ。恐ろしいか」


「消化でもされんのか?」


 オレは言った。


 胃と言われれば、確かにどことなく人体模型で見たことのある形の中にいるような気もする。だが、胃酸の類で溶けるような雰囲気でもない。周囲の土が飲み込まれたのと同じなら脱出困難ではあるだろうが、恐怖までは感じない。


「その方が楽だと思うだろうよ」


 人形が言うと、胃壁から、同じ形をしたものが次々に現れてくる。臭いも色も土なのでなんとも言えないが、裸の女が生えてくる光景は見ようによってはすごくエロいかもしれない。


「ん」


 なんとなく予想がついてきた。


「オレを犯そうってんだ?」


「その通り」


 人形たちが一斉に口を開いた。


「……」


 オレの人生はどこまで落ちるんだろう。

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