第105話 メッセージ

「……と、言う訳でして」


 どうやって協力させたか、という部分を省いてオレは、早漏共の能力を教えて竜宮城にたどり着いた経緯を説明する。なんというか、女として誕生してから半日足らずで、マタ、あさま、男四人と間々崎咲子のビッチ感はガチだ。


 ほぼ、ヤられてる訳だが。


「とっさの作り話と言うには具体的ではある。裏を取ろう。話が本当なら彼らにも事情は聞かないといけないからね」


 義兄はとりあえず納得したようだった。


 ヘキテンから貰った薬のおかげか、周囲に女がいても吐き気はいくらか落ち着いていた。熱でもあるみたいに汗が出るのと、胃の辺りがムカムカするぐらいだ。


「あの、それで、ワタシ、皆さんがこれから竜宮城に向かうなら同行させて頂きたいのです。不躾なお願いだとは思いますがどうしても、友達を助けたいのです。おねがいします」


 オレは頭を下げた。


「僕らは竜宮城には向かわない」


 だが、帰ってきた答えは無情だった。


「え?」


「碧天刑成がもう戦ってるんだから出番なんかないってこと。こっちはこっちで、えーと、なんて言ったらいいのかな?」


 金髪義妹がルビアを見て言う。


「愛妻同盟です」


 にっこりと答えた。


「あいさいどうめい? よくわかんないけど、その情報を受けて救助と情報収集に来ただけだからね。ま、集合かけるまでもなかった、と」


「ただいまー」


 聖剣少年がひょいと船に戻ってくる。


「ジンが言ったほどタマゴ出なかったけど?」


「ふむ、内部で壊されたな」


 義兄が目を細めて言うと、宇宙ウミガメの尻の辺りが爆発した。それは腹の方へ広がり、浮上を維持できず、海へと落下してくる。


「幸子さん、船を出してくれ。左後ろ足に脱出しようとしている一団がいる。かなり大勢だ」


「あいよ」


 錯綜するやり取りを追っている内に、オレの頼みは流され、船が動き出す。


「ま、そういう訳だから諦めて」


 金髪義妹が、オレの肩を叩いた。


「!」


 呪いの効果か、全身に走った悪寒に身体が崩れ落ちる。吐きこそしなかったが、寒気に震えて転がるしかなかった。状態がむしろ悪化している。同性愛を矯正するとかしないとかではなく、接することが困難ってどうかしてる。


「ねーちゃん、なにやったんだよ」


「なにも? アタシのせい?」


「疲れが出たのでしょう。私が休める場所に」


「ま、っ!?」


 ルビアに抱かれた瞬間、意識が途切れた。


 ギシ。


「おはようございマス」


 金属が軋む音で目を覚ますとマタがオレに馬乗りだった。初体験の記憶が蘇ってオレはなんだかとろんとしてしまう。完全に負けている。


 夫とか妻とか以前に主従関係。


「あさま様の言われた通り、人間でないマタには呪いの効果が及ばないようデス」


 そう言って、顎を掴むと唇を奪ってきた。


「あ、んっ、う」


 されるがままだった。


「いけまセン。役得を味わっている場合ではなかったのでシタ。正生様。もう夜が明けています。起きて動きまセンと」


「へ?」


 不完全燃焼なんですけど、マタさん。


 義兄弟姉妹の船で倒れている間に、宇宙ウミガメから脱出してきたクッキーとマタ、それに連れられた乙姫と首相を確保したとのことである。


「優秀すぎてオレの出番ないじゃん」


 思わずオレは言った。


 寝てる間にほぼ事件が解決している。


「竜宮城の制御を奪い返した何者かと、甲賀古士には逃げられまシタ。敵も引き際が良かったのデス。そしてほぼ同時に、日本から首相と交換する予定で持ち込まれた巻物が奪われていマス」


「本物?」


「人質の首相も本物デスから」


 マタがオレにヒロポンを手渡した。


「ニュースを見てくだサイ」


「あ、ああ」


 いくつかの配信された項目を見ていく。


 宇宙ウミガメは海上に浮かんだままだが、頭の部分が脱出してしまったらしい。大気圏外には出ていないとのことなので追跡中。


 ヘキテン、碧天という漢字がようやくわかったが、逃がしたことについてリュウジンという危険生物を優先した結果であり、サンプルを提出したことを語っている。


 間々崎咲子、鮮烈ニューヒロイン現る。


「って、書かれてる!」


 しかもインタビューに答えてるのクッキー?


「おめでとうございマス」


 マタがオレの手を握って喜ぶ。


「いや、おめでたくないよ! なんだこの写真、スカート短いからパンツ見えてるし! つーかなんか汚れてない? 大丈夫?」


 オレは女のオレの股間を凝視する。


「大事なのはクッキー様の発言の方デス」


「え?」


「ここと、ここ」


 それはクッキーがどうやって竜宮城の位置を突き止めたかということを語っている部分だった。間々崎咲子について語るはずが、自慢話になっている脱線とも言うべき部分なのだが。


「なになに? 誘拐時、ホテル周辺の監視カメラを止めていた手口から、同じ手口で止められた形跡のあるカメラを追跡することで犯行グループの逃走ルートを割り出した。巧妙に偽装されていたが、比霊根神社か現場かのニ択までは絞り込めた、か。うん。流石に天才だ」


 もうひとつ指し示されたのは乙姫について。


「自分と同い年ぐらいの少女が、地球侵略という目的を刷り込まれて信じ込んでしまっているように見えた。こうした出会いでなければ自分が助けてあげたいと思う。暗い海の底ではなく、明るい真昼の空の下に連れ出して、地球と地球の人々、地球の生き物の良さというものを教えてあげたい。姉妹のように、か。ふーん。そんな子供だったのか」


「わかりまシタか?」


 マタがオレの顔をのぞき込む。


「え?」


 なんの話だ。


「甲賀古士へのメッセージを残していマス」


「メッセージ?」


 オレは文章に目を落とす。


「よくわからんのだけど」


「比霊根神社、真昼の空の下、デス」


 少し残念そうにマタは説明した。


「あ……あー、あーあー」


 なるほど、確かに海中への逃走ルートを語るのに山頂の神社を出すのは変だし、暗い海に対して、明るい空で十分なところを真昼とまで言うのは余計だ。真昼に比霊根神社へ来い、と。


 マスコミを使っての呼び出しか。


「そして姉妹のように、になりマス」


「姉妹」


 オレは口にして、その普通の単語の中の、相手にだけ伝わる嫌な響きに気付かない訳にはいかなかった。拭えない罪悪感の結果というか。


「姉妹デス」


 マタが大きく頷いた。


「姉妹か」


 脅迫だろうな。


「そういう訳なので、正生様はこれから乙姫様の誘拐に向かいマス。クッキー様の推理では、甲賀古士の狙いは乙姫にあるということデスので、間違いなく接触できマス」


「ん?」


 さらっと聞き捨てならないことを言ったな。


「オレが乙姫を誘拐すんの?」


「そうデス」


「どうやって?」


「間々崎咲子は実在しまセンから」


 淑やかな熟女の微笑みで、マタは言う。


「……」


 乙姫を誘拐、メッセージで千鶴たちを呼び出し、説得してミッションをクリアせよ、ということなのはわかったが、問題は山積みだ。


 特に、


「甲賀古士のやったことなのはバレただろ?」


 事件を秘密裏にもみ消せる状況ではない。


「顔を出した犯人はいまセンから」


「……」


 マタの答えは答えになっていない。


 替え玉の犯人ぐらい仕立てることはするのだろう。実際のところ、巫女田カクリの要求の時点でなんとなくわかっていたのだ。甲賀古士の持つ能力に興味があるんだろうということは。


 そして恩を売ってオレたちも取り込む腹だ。


「機関も相当アレだよな」


「それは今更かもしれまセン」


 確かに。


 誘拐犯を捕まえるはずが、こっちが誘拐犯。


「昼までか」


 オレは時計をみる。午前八時。


「しかし、乙姫って女だよな、当然」


 誘拐すると言っても、無謀じゃないか?

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