第14話 紙々の武器庫
戦車の砲弾は直撃コースを通って、田植えが終わったばかりの田んぼを抉った。無惨な光景、農家の苦労を考えると心が痛む。
戦う理由には十分だな。
「あの至近距離で避けただと!」
コスプレ軍人が叫んでいる。
「で、元チームメイトなら能力もご存じだろ?」
インカムを装着しながら、オレは自分のと深大寺が落としていったバッグを道の端に置いて、こちらを狙っている砲塔の動きに追いつかれないように戦車に向けて走り出す。
「
視覚的に消えた深大寺は田んぼの畦道を駆け抜けているようだった。どこか狙撃ポイントを探そうということだろうか。見えないとは言え、狙撃すれば居場所は割れるだろうから。
「なるほど」
それでコスプレ軍人を狙わない訳だ。
言いながらオレは戦車に向けて飛びかかる。
「バカめ!」
コスプレ軍人は戦車の中に引っ込む。
「バカはどっちだ。情報筒抜けだぞ」
元チームメイトを敵にして。
中に人間が乗っているのでなければ加減する義理はない。勢いのまま拳を振り下ろした。戦車の相手ぐらい日本で当然のことながらやってる。人間兵器が通常兵器より弱かったら意味がない。
金属が軋み、車体がぐねんと凹んだ。
手応えはなかなかリアル。
「待って! それ、じば……」
インカム越しに深大寺が叫んだ。
「!」
遅すぎる。
自爆、オレの身体が炎と煙に包まれた。
「全先!」
「大丈夫だ」
頑丈だと思って無茶しやがる。
爆発に巻き上げられ、吹き飛ばされて、田んぼに転げ落ちて泥まみれになりながらオレは言う。道路が吹き飛んで陥没、破れた水道管から水が噴き出していた。確かに遠隔操作で元が紙製ならば特攻は有効な手段っぽい。
バカをやった。
ちょっと考えればわかりそうなものだ。
「本体は?」
オレは顔の泥を拭って言う。
制服が焼け焦げたが肉体的なダメージはそれほどでもない。それでも戦車一両でこれだ。紙で作れると言うことはそれだけ安上がりで。
「遠隔操作が可能な半径五百メートル以内にひとりはいるはず。でも今の爆発でたぶん」
「ああ……」
見えてる。聞こえてる。
安上がりってことは大量生産が可能だ。
周囲から急に響いてきたプロペラ音、遠くから飛んできたわけではなく、近くで実体化されただろう無数の、翼から先の胴体が長い飛行機が低空飛行でこちらに向かってくる。
「ロクナナ、
なんだって?
尋ねている余裕もなく、泥の地面を蹴って逃げるオレのあとに飛行機が立て続けに突っ込んでくる。田んぼが次々に跡形もなく破壊された。
「くっそが!」
どう考えても過剰な火力だろ。
オレは道路に戻る。
「そこじゃ避けられない!」
深大寺が叫ぶ。
言われるまでもない。
避ける気はもうなかった。
「うおおおおおっ!」
向かってくる飛行機の鼻っ柱に向かって腕を突き出し、指先でその装甲をぶち破って掴むと、ズルズルと道路のアスファルトごと押されるのも構わず身体をねじって飛行機を振り回して。
「米を大事にしやがれ!」
投げた。
突っ込もうとしていた続いてくる飛行機の群に向かって思いっきり。空中で衝突した機体同士がへし折れ爆発、さらにそれが後続に誘爆、轟音と衝撃、周囲は煙に包まれる。
結局、田んぼは台無しな雰囲気だが。
「信じらんない」
深大寺がつぶやく。
「はぁ、はぁ……ったく」
制服が一日でボロボロだ。
いくら自動で修復されると言っても、ノースリーブヘソ出し学ランはちょっと恥ずかしいぞ。
「深大寺。本体は?」
「今、見つけた」
ほとんど聞こえないような狙撃音。
「うあっ」
しかし男の呻き声と気配で、オレにもようやく居場所がわかる。即座に走って捕まえる。町の二階建て民家、一階の屋根の物陰だった。人の存在がわかっても敵かどうかは深大寺がいなければわからない。
「ゆ、許して、殴らないで、死ぬから」
戦車の上にいたヤツとは違うメガネの男だった。こちらも軍服のようなものを着たコスプレだが別のデザインである。統一感はない。
撃たれた腕を押さえて涙目。
「じゃあ降参しろ」
殴る気も失せる。
能力は凄いがどうも気持ちがヒーロー向きではなさそうだ。軍隊ごっこと深大寺に言われてしまうのもなんとなくわかる。リアルな軍隊ならヒーローとは呼ばれずとも英雄ではあるだろう。趣味に走っているのも戦いのやり方としては非効率という感じがある。
自分の命をかけないのだから当然か。
「さっさとヒロポン出せ」
オレは脅した。
「は、はいっ」
チームの一人でも負けを認めれば勝敗は決するはずだった。メガネの男が取り出したスマホの画面を人差し指で押そうとするのを見つめる。
だが、その指先は途中で止まった。
「どうした? 殴られたいのか?」
こっちが悪党みたいなセリフだな。
「抵抗する? そんな根性ある?」
深大寺の無線が飛ぶ。
「降参をためらってるみたいだ」
オレはそれに答えた。
「いえ、その、ゆ、指が動かなくて」
「なに言ってんだ?」
「か、固まって、あれ? なんで?」
メガネの泣き顔はウソを言っているようには見えなかった。鼻水を垂らし、こっちには悪意がないと笑顔を作りながら、しかしその手がポケットに突っ込まれカサカサと紙の音をさせるに至ってなにか異変が起こってるのはわかった。
「これ……! 逃げて。呪われ」
「!」
握りしめた小さな紙が拳銃に変化する。
パン。
乾いた音と共に間髪入れず放たれた銃弾が頬をかすめた。だが、撃ったメガネの方が信じられない様子でこちらを見て首を振っている。
「五十鈴! 五十鈴あさまだ! 僕じゃない!」
泣きながら必死の主張。
そうしながらも銃弾は連発され、オレは屋根の上から飛び降り、町の外へと走り出す。責任転嫁するにもその名前は唐突すぎるが。
「なに? どうしたの? 降参した?」
深大寺が言う。
「五十鈴に呪われてるそうだ」
演技だとしたら相当のものだろう。
「本当に?」
「どうだろうな」
オレにもわからない。
それでも一位が最下位の戦いに介入する意味があるかと言われると信憑性は低い。他にそういう能力を持っている人間もいるだろう。だが、昨日島に入ったばかりのオレを狙うそういう能力者が何人もいるかは疑わしかった。
「学食であんたに勝ってたのに?」
「……」
面倒なことになってきた。
本人と戦うことができるのならば、オレとしたって望むところだが、他人を操るとなると戦いそのものがややこしくなる。勝っても奪えるのは別人の順位ということだし、順位の移動が一日一回の制限がある以上、操られた人間の数だけ時間を稼がれる。
「深大寺」
オレは無線に呼びかける。
「メガネの意識は見えてるんだよな? それで他の仲間を捕まえられないか? 事情を聞きたい。戦う気がない相手は殴りにくい」
「わかった。やってみる」
向こうは少し考えた様子だったが同意した。
連中も戦意を失っていた。
「作品をこれ以上あんたに壊されるのイヤだから今日のところは撤退するつもりみたい。合流地点は、また暗号変えて遊んでるけど、こっちには目線でバレバレなのよね」
深大寺はメガネの意識を見て、連絡を取り合う連中の行動を予想する。元チームメイトだからなのか、基本的にあちらの行動が浅はかなのかわからないが、思ったより状況は簡単そうだった。
「どうすればいい?」
オレは言う。
「先回りして部長を捕まえる。それで脅せば全員を捕まえられるでしょ。全先、あたしを拾って指示したとおりに移動してくれる?」
「わかった」
なんとなく乗り物扱いだな。
「こっちはあんたから見て左斜め前に八百メートル。今、カモフラージュを解除する。見える? 鏡で光を反射させてるけど」
「見える」
あんなところまで移動してたのか。
「すぐ行く」
開けた田んぼを抜け、もう山裾の近くまで移動していた。少し小高くなっているのでオレの戦いの様子はよく見えただろうが。
「そっちに連中が隠れてる可能性もあったんじゃないか? 町の方にいる確証でも?」
「あんた、どういう理屈かはわからないけど敵の位置をおおよそ把握できる能力持ってるでしょ? 集団に囲まれてもだれともぶつからずその場から逃げられるくらいの精度で」
深大寺は答えた。
「あ、昨日の……」
オレも理解する。
カラフル五人衆から逃げた時か。
「新入り狩りは参加者なら大体が見てる。能力の概要を把握すれば、人が周りにいない場所には隠れられないとわかる。町の近くで仕掛けてきた時点で八割は町に隠れてると思った」
深大寺は鏡をしまう。
「遠隔操作と言っても紙々の武器庫は相手の位置まで把握できないから攻撃を当てるにはあんたを見なきゃいけない。だから完全に隠れたままは攻撃できない。こっちも撃てば流石に音で周囲に居場所はバレるから二人隠れていたときのことを考えてここに狙撃ポイントを取った訳」
「なるほど」
オレは深大寺の目の前に駆け込んで言った。
「そういうことよ」
「で、先回りする場所は?」
学園町の脇を流れ、田んぼに水を注いでいる
オレは神社の屋根に飛び乗り連中を待つ。
「抱っこされるかおんぶされるか……」
深大寺が言う。
屋根にポンと転がしたその髪の毛には木の葉や木の枝やらが絡みついて移動の荒れた道のりが伝わってくる。要するにぐちゃぐちゃだ。
「は?」
なんの話だ。
「……ちょっと悩んでたのに。あんたね。なにも言わずにあたしを小脇に抱えて走り出さないでよ。女の子をなんだと思ってんの?」
運び方に不満があったらしい。
「いや、好きでもない男に触られるのも気分良くないだろうからできるだけ飛ばしただけだ。こっちとしても女とも思えない女の身体を触ってセクハラとか言われても困るしな」
配慮はしたとオレは正直に答えた。
「! 女とも思えない!?」
だが、失言があったらしい。
「あ、ごめん。個人的な好みとしてで、深大寺が女に見えないとかではない。子供みたいには見えるが、喋ってみると見た目より大人だ」
プレイメイトとまでは高望みしないが、異性として興味があるのは、出るところと引っ込むところはクッキリハッキリしているタイプだ。
「それフォローのつもり?}
「え? なんで? 野比が好きなんだから」
「久里太の名前も出すな!」
「? あ、来たぞ」
「むう!」
人の気配を感じて、オレは深大寺の口を塞いで息を殺す。やってきたのは一人だ。なにかぶつぶつと独り言で怒りをぶちまけている。聞くことに集中して音を拾う。
「五十鈴だと? なんで五十鈴の呪いがこの戦いに介入してくるんだ? そりゃ軍曹の能力があれば僕らは確かに上位を狙えるさ。それでもあの女の脅威ってほどではないはずなのに邪魔をするなんて理解できない。ビッチめ」
邪魔をした?
呪いがなければもう負けてただろうが。
風でこすれる新緑の音に紛れているのはおそらく戦車から頭を出していたコスプレ軍人の声で、深大寺が言っている部長なのだろうが怒りで頭が回っていない様子である。
「どうせあと六日だ。一位じゃなくなればもうだれも遠慮しない。ビッチはビッチらしくしてりゃいいんだ。澄ました顔しやがって、可愛いんだよ。僕にもヤらせろってんだ」
「五十鈴の呪いは連中にも予想外なのか」
言っている内容がどんどん下品になっていくのでオレは集中を解く。あと六日という言葉は気になる。五月二十日になにがあるのか、一位じゃなくなるという辺り、大規模な襲撃の計画でもあるのかもしれない。新入り狩りのような、まとまって一位の奪い合いをする。
「しかし、それより……」
ビッチなのか?
「むうう!」
深大寺が唸ったので手を外す。
「あんた、耳も良いのね。で?」
「で?」
なにを尋ねられたのかわからない。
「それより、って言ったでしょ。なんのことか教えなさいよ。あんたの要望通りあいつらを捕まえるのに協力してるんだから」
「ビッチなの?」
オレは少し考えて口にした。
「だれがビッチよ!」
深大寺のビンタがビッチと当たる。
割と痛い。
「いやいや、野比に片想いな深大寺のことをオレがそう思うわけがないだろ? 五十鈴あさまがだよ。見た目は清楚だったけど確かにあの大食い、貪欲な本性を隠し持ってると言われれば」
食芸者の世界で食欲は性欲に通じるとも。
「なに真顔で言ってんのよ」
深大寺は気持ち悪がっているのを隠さない顔でドン引きしていた。確かにオレもなにを言ってるんだって感じだが、ビッチかそうでないかは行動の理由を探るにも大きな違いがある気がする。
違和感がある。
男の勝手なイメージかもしれないが、性に奔放な女は人を呪ったりしなさそうで、つまり、なんだろう。なにを考えているのか自分でもわからなくなってきた。ちょっと疲れてきている。
コスプレ軍人が間合いに入ってきた。
「とりあえずちょっと捕まえてくる」
考えるより行動だ。
「え?」
オレは神社の屋根から飛び降り、風のように走ると先回りに驚いた男の背後を取り、頭を使んで地面へと叩きつける。手に握りしめていた紙の銃は奪い取り、ポケットの中身も破いてぶちまけさせた。
「新入り! なんでここが……」
コスプレ軍人が呻く。
「それは元軍曹がいるからでしょ。大尉殿」
その頭にライフルの銃口を突きつけ、深大寺が嫌みっぽく言った。オレはその表情に寒気を覚える。女を怒らせると怖い。ビッチであれ、清楚であれ、子供っぽい顔立ちであれ。オレの弱点らしいから注意しよう。
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