第8話「魔王と魔女」
魔王の
重々しい扉が開かれると同時に、ラドラブライトはいつもの前口上を
「
現れたのは
「へぇ、旦那、その……」
普段の
「また何か、シトリ姫が
要領をえないハンクに代って、何よりも
魔族の頂点に君臨する、魔王ラドラブライトとて万能ではない。弁明であれ報告であれ、口より言葉を用いてもらわねば、その意を
「旦那、実は俺ぁ……」
「ごきげんよう、ラドラブライト。元気そうで何よりですわ」
――再会。
古い
「荷物ありがと、もうここでよくてよ」
「じゃ、じゃあ俺はこのへんで……どうも、へへへ」
荷物をそっと床に置くと、そのまま挨拶もそこそこにハンクが踵を返す。彼は不思議で不気味な麗人から解放され、心底安堵して迷宮内へと帰っていった。
駆け足で遠ざかるコボルトを見送り、後手に扉を閉める女。彼女は改めて、ラドラブライトにまっすぐ向き直る。
「お久しぶりです、クエスラ。相変わらずお美しい」
儀礼的な挨拶だったが、ラドラブライトの本音でもある。彼の古くからの友人、クエスラ。彼女は今も、昔と変わらぬ美しさで
彼女と初めて会ったのは、今はもう
「お世辞は結構でしてよ。十年ぶりくらいかしらん? こうして会うのは」
人の身でありながら魔に属する、クエスラを人は魔女と呼ぶ。
魔界の王達は誰もが、この奇異な人間の女を重宝し珍重した。見返りは強力な力や莫大な富、知識に経験、そして不老不死。ラドラブライトも何度か、彼女の力を借りた事があった。例えば列強十カ国を相手に戦った、十余年前の大侵略とか。
「世辞ではありませんよ、クエスラ。
「貴方は随分と変わってしまいましたのね。情けなくて泣けるくらいに」
歯に
「僕は……そんなに変わりましたか?」
「そりゃもう。あんなに残忍で狡猾、邪悪で冷酷だったのに」
クエスラは誉めてくれているのだ。
世界を
過去へと置いてきてしまった、恐るべき姿を。
「アズイラートやビュンダイト、他の魔王達も笑ってるわ。貴方のこの
懐かしい盟友の名を聞き、遥か昔へ思いを
今も
あの女の……と言いかけて、クエスラは発する前に飲み込んだ。
人間の女に恋をしてラドラブライトは変わってしまったと、他の魔王達は笑う。しかし彼女は、笑って済ませられないだけの理由があるらしい。
「……それで? どう? 貴方を倒せる真の勇者とやらは、本当に現れるのかしら?」
「いえ、それがなかなかでして……結構頑張ってるんですけどね、人間達も」
以前のラドラブライトならば、人間の努力を認めるような事は言わなかった。そのことにクエスラは妙な苛立ちを覚えたらしく、それを押さえながら肩越しに振り向く。彼女の
「この国の経済は、随分と良くなったみたいね。かなり危い感じもするけども」
「ええ、唯つ国全土から冒険者達が集まって来ますから。人が集う所は
トリヒル王国は今、史上空前の好景気。誰もが魔王を倒して名を上げようと、辺境の小国へ押し寄せる。その流れは物流を
全ては協約の
トリヒル王国とラドラブライト、両者に結ばれた協約により、冒険者達は安心して魔王へ挑む事が出来る。最初は半信半疑だった協約が完全に定着し、冒険者達に浸透すると……彼等が語るラドラブライト城での冒険は、
「それで? いつまで続けるの、こんなこと」
クエスラは
「僕を倒せる勇者が現れるまで、ですよ」
それは
「いっそ自分の勇気に期待してはいかが? そんなに死にたいなら――」
思わず感情的に取り乱した自分に、すぐさま気付いて口を
「それでは……その方法では、あの人の願いを
ついに言ってしまった。あの女性のことを。その事を後悔する一方で、妙に
「あの人が僕に、唯一願ったことだから。出来る限りトリヒルを支えなくては」
「
「他にないんだ、もう。世界征服とかも楽しかったけど、今はもう興味もないし」
「そうやってあの女を言い訳に、ウジウジと半分死んだように生きてる訳。これからずっと」
クエスラには嘆かわしいだろう。かつて恐るべき魔王の一人として、世界を滅ぼしかけた男の現状がこれでは。だが、それだけが彼女を落胆させているのではないらしく、何やら
「自己満足じゃない、そんなの……悲劇的な自分に酔ってるだけよ」
そう吐き捨てて、クエスラはラドラブライトに背を向けると、重い足取りで扉へと歩き出す。
「本当はもっと、前向きな話を持って来たんだけど。まあいいわ、しばらく厄介になるわよ」
振り向かずにそう言い放ち、クエスラは軽々と旅行鞄を拾い上げた。そのまま扉のノブに手を掛け、ふと立ち止まる。
貴女の勘違いだとクエスラに言い訳すれば、彼女に喜んでもらえるかもしれない。辺境の小国に身を
失望に
「そういえば、
玉座に
「シトリ姫なら多分、習い事か散歩か……探させましょうか?」
「ん、まあいいわ。そのうち嫌でも会うんだし、ね」
どうやら彼女は、しばらくこの城に滞在するようだ。クエスラは玉座の間を後にし、きょろきょろと荷物持ちを探す。その目に留まったホムンクルスが、哀れな犠牲者になった。
見るに耐えない、旧友の変わり果てた姿。その現実を直視したクエスラは、どのような思いを抱いただろう? 魔女と言えど人間だから。昔から寄せてくれる好意が、失望で
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