第5話

 終わりの瞬間は、あっという間に来た。

 到着した先でトライツさんはあっさりと目的を果たして、空き瓶を回収し始める。

 今日は今までで最も回復魔法を使えたと思う。地面に散らばる空き瓶も、今までで最も少なく感じられる。

 『薬を使うのを待つ』という、トライツさんの言葉のおかげかもしれない。本当に待っててくれたのか見極められるだけの能力がないから、確信は持てないけど。

「お疲れ様でした」

 トライツさんから空き瓶を回収して、声をかける。こうしてトライツさんからもらった瓶をしまうのも、今日が最後。

 なのに流れのように終わって、変わらない日常のように感じられた。実際、依頼で様々な人と組むであろうトライツさんからすれば、そうなのかもしれない。

「治療、しますね」

 トライツさんの治療をするのも、最後。

 一緒にいれる理由が消える日が、着々と近くなっていく。

 一緒にいなければ、もうトライツさんに迷惑をかけることはない。

 そう前向きに考えようとする心を、邪魔される。

 消せない葛藤のせいで、まともに会話もできずに治療は終わった。

 『前向きに治療しよう』って、トライツさんの言葉で思ったのに。

 しっかりしないと、とは思っても、胸のつかえが邪魔をする。

「帰りは確認もかねて、今までの目的地を巡りたい。いいか?」

 トライツさんの提案に、言葉なく頷いた。あっさりした口調は、私との別れをどうとも思ってないとしか思えない。

 今日は野宿して、明日から帰路につく。本部に到着するまでの残された時間。

 本部に帰ったら、私たちの関係は終わり。

 トライツさんとの関係は、もう終わり。

「今まで……ありがとうございました」

 それだけで胸がつまる。

 迫り来る別れを実感して、トライツさんの顔を見れない。

 依頼で色々な人と組むだろうし、トライツさんからすれば私なんてとるに足らない存在。大勢いる回復科の1人にすぎなくて、時間がたてば顔すら思い出せないほどに忘れ去られるんだ。

 わかってる、それが自然だから。

 だからこそ、トライツさんの顔を見れなかった。

 きっとなんてことない顔をして、終わりを感じさせてなんてくれないから。

「まだ終わってない」

 思いがけない言葉に、顔をあげる。真面目でまっすぐなトライツさんと目があった。刺さるような視線を前に、動けなくなる。

「無事に帰るまでが依頼だ」

 続けられた言葉に、胸が痛んだ。

 依頼を無事に完遂する。それだけ。それ以上の意味なんてなかった言葉。

「絶対、気をゆるめるな」

 厳しくなった表情に、余計なことを考えてた心を見透かされた気がして、身がひるんだ。

「あいつが襲われたのも、依頼の帰路に遭遇した魔獣との戦闘中だった」

 トライツさんの心に、傷を残した仲間。

 もしかしたらトライツさん自身にも言った言葉だったのかもしれない。『気をゆるめてたせいで仲間を守れなかった』と自責してるのかもしれない。

「お気づかいありがとうございます。気をひきしめます」

 思い返せばいつも、トライツさんの優しさの裏には、その仲間との過去があった。一見私に向けられた優しさも、本当はすべてその仲間を思ってのことだったんだ。

「……その方、今はどうなされてるんですか?」

 思いがけず口から言葉が出てしまってた。

 こんなの聞いたら、傷が蘇ってしまうかもしれないのに。

 慌てて撤回しようとするのを、心のどこかで邪魔される。知りたい、思いがかすめて。

「知らん。快方に向かってる噂は届く」

「お見舞い、してないんですか?」

 症状にもよるけど、お見舞いは自由にできることになってる。快方に向かってるのであれば、制限されてないはず。

「……会えないだろ」

 かすかに届いた声は、隠しきれない自責にあふれてた。トライツさんにとって、それだけつらい傷だったんだ。思い起こさせてしまうなんて、むごいことをしてしまった。

 罪悪感と同時に、思うこともあった。

「お見舞い、してください。きっと喜びます」

 これだけ思うなら、とても親しい仲だったんだ。

 もし本当にトライツさんのせいでケガしたのだとしても、会いたくないだなんて思わないほどの絆があるんだ。きっと他の誰よりも、トライツさんがお見舞いに来たら喜ぶ。

「どう……なんだろうな」

 迷いのある口調は、会いたい思いはあるのだとかすめとれた。

 これ以上トライツさんに苦しい思いをしてほしくない。自分で自分を苦しめてほしくない。

「そんなに薄い絆なんですか?」

 少し、冷たい言葉だったかもしれない。

 それでもにじみ出る思いが、深さを物語ってたから。

「幼い期からの縁だ。なによりも近い存在で、互いに切磋琢磨しあってた。ずっと一緒にいて、これからもそうなると思ってた」

 ふせられた瞳に宿る悲しみは、強い思いにあふれてて。

 私なんかが手を伸ばしても届かない絆が、そこにはあるんだ。

 その実感が、胸を締めつけた。

「だったら、お見舞いしてください。きっと会いたがってます」

 それでも笑って、その言葉を発した。

 トライツさんを、この呪縛から放ちたかったから。私にできる癒しを、届けたかったから。

 私はトライツさんに数え切れないほど救われた。励まされた。

 それを少しでも返せるように。

 私の思いは届いたのか、言葉はなく俯かれた頭からはわからなかった。

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