第5話 五月雨愛士の遭遇(1)
僕にとって異世界は全てが始めてだ。
この世界の全てを勉強して、戦闘法を学んで、それでも不安は尽きない。エレベーターの中に置いてあったリュックの中身を確認しながら、思わずため息を吐く。
エリに対して「暇つぶしに異世界救う宣言」をした異常、自分が手を抜いているのでは駄目だ。敵を倒す事に、殺す事に忌避感を抱くのは以ての外だし、仲間を作って騙されたりすれば立ち直る自信が無い。自分が仲間を作るとすれば、相手がよっぽど頼りになる存在の時だろう。自分が全力で信頼していた相手に裏切られる悲しみは、既に知っている。
それならこれからは慎重に、慎重に行動するべきだろう。
暇つぶしにしては真剣過ぎるけど。
ブチッ
「そして何故僕はフリーーフォーーーール!」
いきなりこれじゃあ慎重でもどうにもならないよ!!
神様これはあんまりです!いや、この世界の神じゃないよ!?ついでにエリでもないよ!?気分的に言ってみただけだよ!?
エリが開通させたエレベーターは、上空およそ10000m付近にあった天界からゆっくり地上を目指して下降していたのだが、途中でなんとワイヤーが切れたのだ。
(イトシ:エーーーーーリーーーーーーィ!!)
(エリ:すみませんねー、やってしまいましたよ。テヘ)
(イトシ:その棒読み口調でテヘとか言うな!殺意5割増だぞ!)
あーもうこれ死んだ。地面に衝突して死んだ。これはもう無理ですね助かりませんね。
……なんて、諦めている場合ではない。
「《反転》」
エレベーターの箱ごと重力を反転させる。完全に反転させると今度は上昇してしまうので、軽く反転させるだけに留める。するとエレベーターはがくんと揺れてから、不安定ながらもゆっくりと地面に向かって下降していった。
(エリ:ちなみに先程のは闇の眷属による干渉です。良かったですね、チュートリアルですよ!未知との遭遇ですよ!)
(イトシ:そんな嬉しそうに敵との遭遇を喜ぶんじゃねえよ!いきなりバトルかよ!?)
もう何というか悲しい。
ゆっくり下降するエレベーターに何時までもいれば敵に箱ごと攻撃されかねないので、こちらから敵を倒しに行くために自動ドアをこじ開けて脱出する。
そのまま《重力反転》を今度は自分自身に掛けて、効力を半分くらいにする。エリとの訓練では様々な事を試したので、自分の体重の感覚を掴めているので擬似空中歩行なんてことも出来る。
(エリ:ちなみに、通常の反転スキルを持ったばかりの高校生なら擬似空中歩行の習得に3年はかかると予想。その間にスキル効果の微調整に失敗して100回は死にますね。本当にこの人は人間なのか疑っちゃいます)
(イトシ:正真正銘、人間です)
本当に人間です。
《重力反転》を30数個展開させて、姿勢を制御するくらいなら地球でも人工衛星くらいなら平気でこなしていると思うんだけどな。
キリュヒャァァァァァァ!!
不意に敵の鳴き声?らしきものが聞こえてきた。音源を確かめるために当たりを見回す。
キリュヒャァァァァァァ!!
(エリ:下です)
(イトシ:りょーかい)
エリは一応ふざけては来るけど、この世界では今の所一番信頼出来るやつだ。
下を見ると、そこにはコチラに突撃してくるハゲタカの群れがいた。
「おいおい、1匹だけじゃないんかい!」
カウンターとしてスキルを発動させる。ついでに試しに無言で発動させてみる。
(《反転》!)
グジャグジャクシャバキグジャグジョ……
即席鳥ミンチ(カルシウムたっぷり)の出来上がりである。
(エリ:今、反転スキルを無言で行使しましたね?)
(イトシ:ああ、そうだけど)
(エリ:本当に人間ですよね?マンガに良くあるチートな過去とか無いですよね?)
(イトシ:ぜーんぜん無いよ?)
だから普通の高校生と同じだって。
「くそぉ、俺の眷属達をよくも鳥ミンチにしやがったな!」
次から次に湧いてくるハゲタカ達を反転スキルで片っ端から鳥ミンチに加工していたら、ハゲタカ達の発生源と思われる足元10数メートル下の雲の中から声がしてきた。
「このぉ天界人め!我が空を清浄なる光で汚す不埒者ども!俺が天界を侵略した暁には貴様らをミンチにしてやるわ!」
なんか雑魚っぽいセリフである。
(エリ:事実こいつは雑魚です。シュタイナル歴258年に創造された闇の眷属“ハーピィ”に連なる子孫の末裔と予測。先祖であるハーピィは全ての鳥類の頂点たる鳥類の王で、どんな鳥類でも召喚出来るスキルを持っていたらしいですが……ハゲタカだけ召喚している様なので、真の直系として能力を継いでいる訳ではないようですね)
(イトシ:一言で言うと劣化版ハーピィと言ったところか)
成程雑魚である。
本物のハーピィですら、たかが鳥類を召喚するだけの能力しか持たないのであれば簡単に倒せそうなのにその劣化版である。
(最早、倒せる場面しか想像できないぞ)
ため息をついて、本気を少しばかりプレゼントすることに決める。
しかしここでは場所が悪い。空中にいる為にパソコンで言うところのメモリを何割かを食っているので、一度地上に降りなければ全力を出せないのだ。
空を飛べる敵に対して地上戦は不利だとよく言うが、この程度の相手なら丁度いいハンデだろう。
「ぐあっ!!」
馬鹿の一つ覚えの様に飛んでくるハゲタカ達の1羽をわざとスキル有効範囲から素通りさせて腕で受ける。もちろん腕には長袖の中に用意して貰っていた鎖帷子のようなプロテクターを纏って防御してある。このプロテクターに始まる各種装備品は、天界限定の装備品らしいので天界以外の場所では1日持たずに崩壊する。しかし崩壊するまでの間であれば、なかなかの性能を発揮する。
プロテクターで防いだハゲタカは首の骨が折れたのかそのまま落下していく。それに合わせて《重力反転》を完全解除して後を追うように落ちる。
「キリュキリュヒャァァァ!空を飛ぶ能力が限界でも迎えたか?そのまま地面に激突してミンチになりな天界人!」
キリュキリュうるさい奴だ。
ひっそりとため息をつきながら、着地の準備をした。
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