幕間 6 憎悪
王子が平民に堕とされた日、その時私は何を言われたのかよく分かっていない。
何が起きて王子が急に王族から平民の身分に堕とされたのか、そして王子がどんな罪を犯したのかさえも私は知らない。
その時は衝撃が強くすぎて私にはそんなことを気にしているだけの余裕が存在しなかったのだ。
だが、それでも1つだけ私の耳に残っていることがあった。
それは、アリスが王子を平民に堕とすきっかけを作ったというもの。
つまり、アリスは私をこんな目に遭わせた人間だった。
「よし!んじゃ今日は食べに行くよ!」
「本当ですか!ありがとうございます!」
だが、私の目に映っていたその時のアリスは心底幸せそうに微笑んでいた。
何故彼女が下女をやめていたのか、そしていつの間に宿屋で働くようになったかなんて知らない。
けれども、宿屋は決して給金のいい仕事ではない。
一度私も体験したことがあるが、目が回るような忙しさで直ぐに辞めた。
そしてそんな宿屋で勤めているはずなのに、
「っ!」
そこで笑っているアリスは酷く幸せそうで、そして美しかった。
「何で……」
食べ物さえ買うお金がなく、化粧などの身だしなみを整えることの出来ない私など比較にならないほど。
決してアリスがみだしなみを整えている、そんな訳ではない。
確かに下女時代よりははるかにマシな格好をしているが、それは下女時代がひどかっただけ。
今の彼女はある最低限のみだしなみを整えただけの状態で、それなのに、貴族として着飾った私よりも美しかった。
「っ!何でなのよ!」
私は小声で押し殺すようにそう何度も何度もそう呟く。
そう告げる私の顔は憎悪に歪んでいるだろう。
「何で、こんなにも違う!」
だが、そんなことどうでもよかった。
あの時、令嬢として終わってからアリスはおちぶれたはずなのだ。
そう、私などに一切叶わない程に。
そしてそんな彼女を私は見下して、嘲笑っていたはずのにその立場は今、あっさりとひっくり返っていた。
今は彼女に比べて私の方がどうしようもないほど落ちぶれている。
それは身なりも、仕事も人間関係も全てにおいて。
「巫山戯るな!なんであいつに私は負けている!」
そしてその惨めさが今更ながらに胸に溢れてきて私は膝から崩れる。
いつか貴族に娶られる、そう信じながらも私も分かっていた。
そんなこと今の状態ではあり得ないというそのことを。
それだけではない。
このままでは生きてゆくことさえも難しいことを。
それでもまだ私は安心していられた。
その理由は自分と同じ立場の人間がいて、同じように落ちぶれていたから。
ーーー そしてだからこそ、アリスの存在は私をより一層惨めにする。
明らかに不当な冤罪で婚約破棄され、周りの人間からは疎まれ、私達貴族からは虐められる。
それは考えられる限り最悪の生活で、なのに今のアリスはこんなにも生き生きとしている。
そう、私よりも酷い状況でありながらそこまで登りつめている。
「何で、こいつに負けるの!」
そしてそれは私にとって絶対に認めたくないことだった。
美貌や家柄だけの貴族社会ではない、この場所であるからこそ私は思い知らされる。
この場所で笑うアリス、彼女がああして笑うことができるのは私の思っていたように彼女が美貌だけの人間では無かったからだ。
そして今こんな状況に陥っている私はアリスには全く及ばないそんな人間であることを。
「そんなことない!」
私は自分の思考からの言葉を遮るように耳を塞いで俯く。
だが、それはただの逃避でしか無かった。
そのことを私自身が何より分かっているそしてだからこそ、自分のその浅ましさに気づいてしまう。
「どうして!何でこんな目に……」
そして口から漏れた声、それは酷くか細いものだった。
現実逃避して過ごせてきた貴族時代、それを超えれば私に出来ることなど何も無かったのだ。
それは私が今まで逃げてきた全てに向き合わされる時間だった。
「全て、アリスのせいよ!」
ーーー そして私は今度、誰かに責任をなすりつけることを求めた。
ー アリスが王子の罪を暴いたから!
ー それなのにあんなに楽しそうにアリスは過ごしている。
ー 許せない。
「許せない」
それはただのこじつけだった。
そのことを私自身も分かっていた。
だがそれでも私は今の苦しみから逃げるために全ての罪をアリスに押し付けた。
「絶対に、復讐してやる……」
そして目を憎悪に染める私は知らない。
その時どうして逃げの選択を取ってしまったのか生涯後悔することになることを……
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