幕間 4 失業

下女としての生活、それは私達にとっては悲劇そのものだった。

全く自身には責任がないのにも関わらず、周囲の人間の愚かさによって身を堕とす。

常に早起きしなければならず、メイクさえも安物しかできない。

それに泊まっている宿屋も普通の人が止まるような、間違っても貴族が泊まるものではない場所。

仕事は思っていたよりも強くないものの、それでも充分この生活は私達にとって酷く辛いものだった。

その時の私の姿はまさに悲劇のヒロインそのものだっただろう。


だが、その時の私は気づいていなかった。


今の状態から成り上がって行くことがある可能性は頭にあっても、今の状態からさらに酷い状態になるなど一切考えていなかった……

いや、出来るはずがなかった。

充分にこの状況で私達にとっては悲劇でこれ以上の悲劇など想像出来るはずがなかったのだ。


「あんた達は今後態度を改めないと下女を首にするこになる」


「っ!」


だから、そう下女のハリスに告げられた時私達は最初何を言われたのか理解することが出来なかった。

数十秒間、じっくりとハリスの言葉を自分の中で消化する。


「はぁっ!巫山戯るな!」


そして私は激昂した。

それはあまりにも突然で、身の程知らずな言葉だった。

仮にも貴族であったこの私に対してそんなことを告げるなどなど、貴族であった時ならば絶対に首を切り落としている。


「そうよ!貴女自分が誰に向かって言っているのか分かっているの!」


「本当に!この薄汚い女が、我々にそんな口を聞けること事態が奇跡であるというのに!」


そして私の叫び声に続き、一緒に呼び出されていた元妾達と、元王子の取り巻き達が怒りの声を上げる。


「はぁ……私はあんたらと話すことなんて全く望んだことが無いんだが……いや、というよりも話さ無いことを望んでいるのだが……」


「っ!」


だが、そんな私達の怒りを受けながら、それでもハリスが顔に浮かべたのは呆れるような表情だった。

その表情に私はハリスに殺意まで覚える。


「度すぎた口を!お父様に言いつけてやる!」


その目には一切私達貴族に対する敬意と言うものが感じられなくて、堪忍袋の緒が切れた私はハリスへと怒鳴りつけた。

そしてそう怒鳴る私の頭に顔を青ざめて謝るハリスの姿が浮かび、私の溜飲が下がって行く。


「言いたいのはそれだけかい?」


「っ!」


だが、ハリスが顔を青ざめることは無かった。

ただ今までと変わらない呆れたような顔で私を見つめる。


「あんた、私がその話に騙されると思ったかい?」


「なっ!」


そして次の言葉で逆に私達の顔が青ざめて行く。

そう、私達は下女達に自分の家の権威をチラつかせて脅しながらも実際のところ家とは一切連絡が取れていなかった。

貴族に娶られる可能性があまりにも低い、そう気づいた時私達は自分の家へと恥を忍んで助けを求めた。


だが、その結果は無視だった。


あの時の屈辱を未だ私は覚えている。

そして家に見捨てられながら、それでも周りを騙し家の威光を勝手に利用していたことをハリスに知られたことに対して羞恥と屈辱でハリスに対して私は怒鳴りつけたくなる。


ーーー だが、事態はそんなことを考えている暇じゃ無いほど切羽詰まった状態になっていた。


このままでは私は下女達に家の威光で仕事を押し付けたり、衛兵を脅して他の下女達の給金を奪うことが出来なくなる。

さらに、一番問題なことはこれからの下女達の私達への態度だった。

おそらく彼女達は私達がもう正式に家から見捨てられたと分かると、私達に馴れ馴れしく接するようになるだろう。

だが、そんなことをこの私が許すことが出来るはずがなかった。

私は貴族で、ここにいる下女達とは違うのだ。

存在自体が高位の存在で、だからこそそんな状況に陥ることなど許してはならないはずで……


「黙りなさい、下女!そのことを広めるならば、私達は纏めて下女を辞めるわよ!」


だがその時、元妾の1人がそうハリスに向かって叫んだ。

その顔には何故か自信が浮かんでいて、何故そんな自信があるのかと私は疑問を覚える。


ー そういえば、今下女達や衛兵達が人手が足りないと嘆いていたな。


「っ!」


しかしその時私はあることを思い出す。

それは私を下女にするとお父様が決めた時に呟いた言葉。

そしてその瞬間、私は何故元妾が自信満々に叫べたのか悟る。


私達、つまり元妾と元王子の取り巻き達の数はかなり多い。

それが一斉に仕事をやめればどうなるのか?

答えは簡単だ。

ただでさえ、人手が不足な下女達や衛兵達は仕事が出来なくなる。

つまり、ハリスは私達の要求を断ることが出来ない。

そのことを悟った私はハリスに嘲笑を浮かべる。

幾ら下女の取り巻きをしているとしても所詮は平民。

私達貴族に逆らえるはずもないのだ。


「はぁ……何でそんなに阿保な提案に自信満々な顔が出来るのかねぇ……」


「っ!」


だが、ハリスの顔に浮かんだのは心底呆れたような表情だった。

私は一瞬言葉を失うが、直ぐに強がりだと見抜き、馬鹿にしたハリスへと怒鳴り付けようとする。


「あんたらは一切仕事をしてない癖に、何で私らがあんたらが辞めるのを止めなきゃならないんだ……」


「えっ?」


しかし、次の瞬間私達はそのハリスの言葉に絶句した。

そう言われれば、確かに私達はそこまで熱心に仕事をしていたわけではなかった。

そしてその言葉の意味を飲み込んだ私達の顔は青ざめて行く。


「はっ!強がりも其処までにしておきなさい!」


だけど、それでも私達にはここまで馬鹿にされて引くという選択肢はなかった。

私達は貴族なのだ。

平民に対してここまで言われて大人しく引き下がるなど、プライドが許さない。


それに、未だ私達には1つの勝算があった。


それは私達が貴族であったこと。

確かに幾ら私達が戦力外であったとしてもそれでも私達は元貴族なのだ。

平民などが、私達に命令できるはずもない。


「あんたらがいるせいで他の下女達の仕事効率も下がる。それに仕事はしない癖に勝手に金はちょろまかすし、自分達から辞めてくれるなら、これ程ありがたいことはないね!」


「っ!」


ーーー だが、ようやくこの時になってハリスの態度に私達は自分の見込違いに気づく。


つまり本気でハリス達は私達をどうとも思っていないことを。

その瞬間、私達の身体から冷や汗が溢れ出し、嫌な感触に思わず身震いする。


ー このままでは駄目だ!


頭の中の冷静な部分がそう叫んでいるのが分かる。

だが今更自分の言ったことを変更するなど無様で、そんなことできるはずもなく……


「早くこっから消えな。今までの給金を取り上げようとはしないさ。


だが、もうここには近づくな」


そして私達は職を失った。

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