第33話 証拠品

「頼む!助けてくれ!」


精霊の正体、それが分かって唖然としていた私を我に返したのは取り繕うこともなく青年、いや、サルマートに頭を下げる王子の姿だった。


「追放だけは……」


恥も何かも投げ捨てて、頼み込む王子。

その姿は何時もの何事にも上から突っかかる王子の姿と対照的で、酷く哀れみを催す姿だった。

本当に憐れで、もし何も知らない人間にそんな風に頼みこまれたしら、私はたいていの願いを受けようという気になるかもしれない。


ーーー 目の前の人間が王子以外だったとしたら。


目の前の王子、その姿に胸の奥から湧き出てきたのは憐れと、そしてそれ以上の怒りだった。

追放、それはあくまでこの国を追われるだけだ。

今までのように好き勝手は出来ないだろうが、それでも王族である限り命の危機に会うなんてことは少ないだろう。


王子がふざけ半分で人性を壊されてきた令嬢達と比べれば遥かに軽い、そんな罰だ。


「頼む!後生だ!」


だが、そう青年に頼み込む王子の目にあったのは自分のことだけだった。

あれだけの映像を見せられたのにもかかわらず、ただ自分だけのことを考え青年に助けをこうその姿は嫌悪感さえ伴うものだった。


「俺は国王に証拠を渡していない」


「っ!」


だからこそ、そのサルマートの言葉が最初私には信じられなかった。

なぜ、こんな人間を庇おうとするのか、とサルマートに視線を向け、そして言葉を失った。


王子に情けをかけた、そう私が認識するのにはあまりにもサルマートの目は王子に対して怒りを含みすぎていたのだから……




◇◆◇




「ぷっ、あははははっ!」


私はサルマートの目を見て、思わず口を噤んだが、王子本人がサルマートのその態度に気づくことはなかった。

ただ、何かいい方向に勘違いでもしたのか今までの様子と一変して笑い始める。


「そうか!そういうことか!」


そう告げた王子がサルマートを見つめる目には彼を同類だと思い込んでいるような光があった。


「なるほど。この私を脅そうとしているのか……その心意気中々豪胆と言わざるを得ない」


先程まで地面に頭を擦り付けて半泣きだったはずなのに、一瞬でその事実を忘れ去れる王子の方が凄いのではないか、そんな思考が私の頭に浮かぶ。


「褒美としてお前の望むものをやろう」


だがその考えは王子には伝わらない。

彼は上機嫌に笑って告げる。


「女でも金でも、そうだな。牢獄から出して欲しいのだとすれば私が国王となってからになるが叶えてやる。あぁ、それでもそこにいる女はやれないがな」


「っ!」


突然王子に指刺しされ、私は思わず動揺を漏らす。


「アリスは私のものだからな」


だが、次の瞬間襲った身体の嫌悪感に私は我慢の限界を超えた。

王子に自分はお前のものではない、そう怒鳴り付けようとして、


「ほぅ、聞いていたよりも随分と軽い頭をしているようだな」


ーーー 激怒したサルマートの声がその場に響いた。


「っ!できるだけ早く牢獄から出せるように……」


「そんなこと、誰が望んだ?」


「っ!」


王子は震えながらも、それでもなおサルマートの怒りに油を注ぐ発言をする。

そしてサルマートは震える王子に対して呆れの視線をやり、それから指を鳴らし再度スクリーンを取り出す。


「なんで俺があの映像を見せたのか、分かっていないとは………」


「なっ!」


スクリーンに映っていた映像、それは今さっきまで王子に襲われて泣き寝入りしていた貴族達と国王陛下が集まった姿だった。


「被害にあったくせに、家の恥になるとか泣き寝入りしようとしていた奴らがやっと動き出したらしい」


そう告げるサルマートの言葉に、王子の顔はどんどんと青くなって行く。


「マジックスクリーンって魔法には自分の見た映像を移す以外にも、魔法陣を介して遠い場所の映像を示すことが出来る」


ー 王子を引き渡せ!


ー 証拠品は揃っています!


ー 娘にしたことの報いを!


そして映像の中、そんな叫びを背景にサルマートが笑って告げた。


「ついでに、証拠品は全部こいつらに渡した」

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