第21話 遭遇

明らかな平民の態度の変化。

決してそれは悪い変化では無い。

それどころか、平民達が私へと好意的に接してくれるようになったのは喜ぶべきことなのだが、


「っ!」


何故か酷い違和感を感じた私はいつの間にか王宮の方へと戻り始めていた。


特権階級の過剰なまでの優遇。

それは今までもあらゆる所で目にしてきたことだった。

アストレア家では父親が他国の人間で、特権階級が明らかに優遇されている状況が気に入らず表立って領民にへり下ることを求めていない。

それによってアストレア家に関して、私が過剰な優遇を経験することはなかったが、他の貴族は違う。

領民は貴族をまるで神であるかのように優遇し、それを貴族は当然のものとして受け入れる。

それがこの国の当たり前で、今で私もそれが当然だと思い込んでいた。


だが、その考えは先程の平民達の態度の急変に変わった。


今までは他の国よりもこの国の特権階級の優遇は激しいという程度だったが、農民達の態度は明らかに度を越していた。

貴族が敵だと決めつけると、その人間が誰であれ個人の感情を全て捨て去り虐める。

そして貴族の指示が無くなればその虐めはあっさりと消える。


ーーー それは平民に自己意識が無いという明らかな異常だった。


「この国は、なに……」


私の口から明らかに不審な国の仕組みに対する疑問が漏れる。

そして1番の異常は私を責めていた時、または逆に心配していた時の全て、私には平民が心からの行動をしているように見えたことだった。


ある時では明らかに過剰な程のいじめを繰り返し、


また、次の時では虐めたことを気に病みながら私に接する。


「訳が、わからない!」


私の頭に下女達の責める方の姿、心配する方の姿の何方の姿も浮かび上がり、私は唇を噛みしめる。

心配された時は酷く嬉しかったし、責められた時は酷く辛かった。

だからこそ、私はその差ができた理由が分からず戸惑う。


そして走って行く私の頭はいつの間にか、救われた青年のことで一杯になっていた……




◇◆◇




青年と出会ったことを私が未だに現実かどうか分からない理由、それは決して青年が私の幻覚であるかもしれない、そんな風に信じているからでは無い。

幻覚だと、そう断言するにはあの時の記憶は、暖かさは、そして包み込むような優しさはあまりにも真に迫り過ぎていた。

今もまだ頭に残っているそれらの感触は青年が幻覚であったことを否定する。


ー いいところに衛兵さんがいてよかったわね!アリスちゃん!


「っ、」


だが、今日の朝サリーさんに聞かされた話が真実であるならば、私が青年に出会ったということはあり得ないのだ。

そう考え、思わず唇を噛んだ私の頭に、昨日のサリーさんの話が蘇る。

昨日、私を宿屋まで送ってくれたのは1人の衛兵だったらしい。

その衛兵に関してはサリーさんはあまり顔を覚えていないと言っていたので特定は出来ないが、その人が私を救ってくれたらしい。

というのも、私が立ち入り禁止区域に入る所を遠い場所から確認した彼は注意すべく私の後を追ってきたらしい。

そして私があの大柄な男に追われ始めたのを見て、やっと事件性に気づいたらしい。

私は途中で転倒して意識を失ったが、大柄な男が私に手をかける前に衛兵は辿り着き隙だらけだった男の意識をかり、拘束したらしい。

それから王子に報告してここまで送ってきてくれたらしい。


それがサリーさんに聞かされた話の内容。

そしてその際、衛兵は例の青年に関してなにも言っていなかったらしい。

つまり、衛兵の話が真実であるならば私が見ていたのは全て夢。

青年は私が夢で作り出した架空の人物ということになるのだ。

正直、それは私には信じられないことだった。

何しろこちらにはちゃんと青年の記憶がある上に、昨日の時点で親切にしてくれる衛兵の存在など一切信じられない。

だがサリーさんには嘘をついた様子もなく、さらに青年との記憶の中では衛兵など一切出てこなかったのだ。

つまりその場合、サリーの青年が私を追ってきて直ぐに助けてくれたという話と矛盾する。


「本当に、いたよね……」


そしてそのことがしこりとなって私の胸に残っていた。

本当に確かに頭に残っている記憶。

なのにそれがどんどんあやふやなものに感じてきて、私の顔は悲痛に歪む。


「ううん、衛兵もあの人に脅されて嘘をついただけだよね!」


だが、あの記憶が本当になかったことであればそれはあまりにも私に耐え難いこととなるのだ。

それは決して青年の姿が消えたから、また耐えられなくなるなどという理由では無い。

ただあの時味方になると、そう告げてくれた1人の人間が居なくなるということが私には酷く耐えがいことなのだ。


「大丈夫!いる!」


だから私はそう自分を鼓舞するように呟き、ようやくたどり着いた王宮の中を駆け抜けた。

普段は決してしてはならないことだが、今はそんなことを気にしている余裕は無い。

そして幸運なことに誰にも見つかることなく、私は禁止区域に足を踏み出した。


「っ!」


だが、幸運はそこまでだった。

いや、不幸が新たに始まったとでもいうべきか。

私は禁止区域に入り、そしてそこに立って居た人物を目にし、絶句する。

だが直ぐに気づかれぬようその場から立ち去ろうとして、


「ん?おぉ、これは運命か?」


「っ!」


ーーー そこに居た人間、今最も会いたくなかった最悪の王子に気づかれた。

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