第14話 檻の中の青年 III

「っ!私がどんな気持ちでいるかんなてわからないくせに!」


初めて見た青年の気弱な表情。

だがその様子に私が呆気にとられたのはほんの一瞬のことだった。

次の瞬間私は青年に対して怒鳴っていた。


「私がどんな目にあって、そしてどんな想いなんて貴方に全て分かるとでも言うの!」


だが、私は自分の言葉がただの八つ当たりでしかないことを分かっていた。


確かに私は今までのことを全て青年に話した。

だがそれでも私が今まであったことの全てを話し切ることなど出来ていない。

更に私の気持ちなんて曖昧なものなど青年に分かるはずがないのだ。

そしてそのことを知りながら青年を怒鳴りつけている私の胸に罪悪感が走る。


「そうでなければ勝手なことなんて言わないで!」


だが私の口は止まらない。

まるで、何かにせき立てられるように私は言葉を重ねる。

青年は何故か分からないが酷く私に親切にしてくれた親切な人だ。

それでも折角助けた人間にこんな八つ当たりのようにまくし立てられて、許せるはずがないだろう。

そう思いながらも、私は青年に向かって怒鳴りつけて、


「わからなけりゃ、こんなに関わろうなんて思うかよ……」


「えっ、」


だが、青年は何かをぼそりと呟いたものの、怒ることは無かった。

青年の呟いた言葉、それは小さすぎて私の耳に入ることはなかったが、てっきり青年が起こるだろうと思っていた私は青年の反応に驚く。


「確かに、俺はお前の気持ちなど分からないかもしれない」


だが、青年がまるで自分が小声で呟いた言葉を聞き返されるのを恐れたかのように口を開いたせいで、私の頭から青年の反応は消える。


「だが、第三者としてお前の話を聞いた限りでは、お前には一切落ち度は無い。


なのに、何故お前は頑なに自分を責めようとする?」


「っ!」


そして青年が発した次の言葉、それを聞いて絶句した。


「だ、だからそれは貴方が全てを知らないから……」


「ほう、何が起きたか全てをお前から聞いたにも関わらずか?」


「っ!」


青年の言葉、それを聞いて行くにつれて私の胸に何故か疑問が増えて行く。


自分の思いの方が間違っているのではないのか、そんなことを考えてしまって。


「あり得ない!それは貴方が全て分からないから!」


だが、それでも私はそう首を横に振って青年の言葉を否定しながら繰り返す。

呟く言葉は自分でもただの言い訳でしかないと分かってしまう、酷く薄っぺらいもの。


「だから、全て私が悪い!」


しかしそう思いながらも私は自分の考えを改めることはなかった。

なんで自分がそこまで必死に否定しようとしているのか、自分でさえわからない。

だが、ここで自分の考えが間違っていると認めてしまうことは絶対にいけない気がして、私は幼児のように頭を振って青年の言葉を否定する。


「だったら聞き方を変えよう」


しかし青年はそんな私の状態にも躊躇することはなかった。

憤りと悲しみ、そして少しの胸の痛みを抱えたような表情をして、それから口を開く。


「だったらお前は何故そんなに後悔しながらも、家族の思いを裏切って冤罪を被った?」


「っ!」


私はその言葉を聞かないようにと必死に耳を塞ぐが、青年の声はその抵抗を無視して耳に入ってくる。


「知らなかった?いや、違うよな。お前がわからない訳がない。


お前は全てを分かった上で冤罪を被ることを選んだんだ」


「ぃや、やめて……」


次々と耳に入ってくる言葉は私は自分が忘れていたこと、いや、思い込み忘れようとしていたことを強制的に思い出させられる。


「つまりお前は家族を裏切ることと、戦争を回避することを天秤にかけて戦争を回避することを選んだ。

だとしたら、何故そんなに自分を責める?」


「っ!」


そして、その最後の言葉に自分が何を思い、何に耐えきれずに自分の記憶を捻じ曲げたのかを思い出した………



◇◆◇



「そう、私は戦争を回避する為に冤罪を被ることを決意した……」


そう言葉を呟くと共に私の頭に今までの思い出が蘇る。

それは酷く惨めな記憶だった。

私はアストレア家が父が、そしてあの弟さえもが戦争を望んでいることを知っていた。

だが、それでも私は戦争で誰も死んでほしくなかった。

決して私は聖女ではない。

見知らぬ人が今も戦争で死んでいる、そう言われたって悲しむことなんてない。

けれども、自分の家族であるアストレア家の人々が死ぬことだけはどうしても許すことができなかった。

それくらい私はアストレア家の人々を愛していて、


ーーーだからこそ、婚約破棄後の状況に耐えられなかった。


「だけど、誰も喜ぶことなんてなかった……」


自分の身を犠牲にして、そして王国を救った私を待っていたのはどうしようもなく打ちひしがれた家族の姿だった。

必死に救いたいと思い、動いた結果なのに家族は誰1人と喜んでくれるものはないかった。


何よりも堪えたのはその家族が打ちひしがれている理由は自分が行動ということだった。


そしてそのことに耐えきれず私は記憶を歪めた。

全て自分のせいにして、仕舞えば、自分が家族を救おうとしたことを忘れて仕舞えば楽になれたから私は自分の記憶を歪めた。

これは酷く簡単な物語だ。

1人の少女が家族を救うのだと、自分を物語の英雄と勘違いして全てを失った話。

ー あの王子と私は何も変わりない。


そう考え、私の口に自嘲の笑みが浮かび、それから大粒の涙が溢れ出した。


「だから私は全てを無かったことだと思い込んだ………ねぇ?私どうすればよかったのかな?」


そう青年に私が呟いた言葉、それは答えを期待しての言葉では無かった。

幾ら親切だとしてももう私を見限っている、私はそう思い込んでいた。


「本当にどうしようもないのか?」


「えっ?」


ーーー だが、その時響いた青年の声は全く何時もと何ら変わりが無かった。

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