第12話 檻の中の青年 I

「何だ?」


そう煩わしげに私へと視線を向ける青年。

彼は本当に人間離れした美貌を持っていた。

銀髪の髪は常に最高級の美容師を雇って整えている貴族の令嬢さえも比にならない程艶やかに光っている。

さらに不機嫌そうに顔をしかめているその表情でさえ、女性ならば振り向いてしまうだろう整った顔立ちと鍛えられていると一目でわかる身体には身体を震わせる色気が滲み出ている。


恐ろしい、そうとさえ思える程の美しさを青年は持っていた。


そして青年が異常なのはその点だけでは無い。

王国にはもちろん罪人を捕らえるための牢が存在する。


だが、そんなものは国王陛下しか入ることのできないこんな場所にあるはずが無い。


しかし現在この場所に何故か檻が置かれており、その中に青年は閉じ込められている。

ここはもしかして大罪人を捕らえるための場所なのか、そんな考えが私の頭をよぎる。

だが、それはあり得ないことに青年が着ていた服を見て直ぐに気づく。

青年が着ていた服、それは王族ぐらいしか着れないような酷く豪華なものだったのだ。

つまり青年はそれなりの地位にあるもので、決してそれは大罪人に着せて良い類の衣服では無い。

さらには青年が男に向かって放った何か、それは明らかにこの世の法則を超えた力だった。


そう、魔法とそう呼ばれる。


魔法とは決してこの世界に存在しないものでは無い。

だが使える存在は英雄と呼ばれる人間達だけ。


そして目の前の青年はそんな秘技を容易く発動してみせたのだ。


目の前の青年は明らかに人間では無い。


「ひっ!」


そのことに気づいた私は再度恐怖に身体を硬直させる。


「煩せぇなぁ……」


その声に青年は益々不機嫌そうな顔つきになり、吐き捨てた。


「お前……助かったんだからせめてもう少し俺に対して感謝しろよ……」


青年はそう私に愚痴を漏らしながら檻の奥から私の方へ近づいて来る。


「っ!」


私は近づいてくる青年の姿に思わず唾を飲み込む。

青年は何者なのか、そして何か目的でもあるのか一切私には分からない。

だが、青年から感じる迫力にあの英雄と呼ばれる父さえも凌駕するものを感じて、私は本能的な恐怖を感じる。


「だから、恩人に対してその態度は……」


青年はその私の反応に不機嫌そうにそう漏らしながら近づいてきて、


「えっ、あ、アリス……?」


「えっ?」


ーーーそして呆然とした声でそう呟いた。



◇◆◇



ー 何故青年が私の名前を知っているのか?


そのことが分からず私は呆然と立ち尽くす。

青年と私はあったことのないはずだ。

そもそも私は王子との婚約前までは殆ど王宮に入ったことがないのだから。

そして例え王宮外で青年にあっていたとしたらこれだけの美貌を忘れるはずが無い。

なのに私には目の前の青年に一切の見覚えがないのだ。


「ああ、くそ!彼奴なわけが無いだろうが……」


そしてその私の疑問を悟ったのか荒々しく青年は吐き捨てて、振り返り檻の奥へと戻っていく。


「助かった、の?」


檻の奥に座り直した青年を見て、ようやく私は自分が2度目の危機も乗り越えたことを悟る。

私の身体には一切の傷もなく、本当に2度も危険にあったのか、自分でも信じられない。


「ぁぅ、」


「なっ!」


ーーーそしてだからこそ、私は心の底から自分に失望した。


ぽろぽろと大粒の涙が目から流れ落ち、ボロボロの服に水玉を作って行く。


ー 来ないで!


ー や、やめて!


そして私の頭に、今までの自分の無様な逃避行が蘇る。


「な、何が覚悟は出来ているよ!」


私は父と弟、そしてアストレア家全体を裏切った。

彼らの思いを踏みにじり、そしてもう私達が一緒に居られる未来は途絶えた。

私がそのことを知りながら、それでもそのことを望んだのだ。


そしてその結果誰も救えないどうしようもない現状を引き起こした。


あの父が後悔を感じ、そして心優しいマイルに消えることのない傷をつけ、さらにはアストレア家の人々の思いを裏切った。


極め付けには私のこの堕落。

これだけのどうしようもないことを引き起こす、そのことを知りながら、それでも自分の思いを突き通した私にはいつか罰が下る。

そんなこと分かって居て、覚悟を決めたつもりで居た。


「うぐっ、」


だがそれはただその気になって居ただけでしかなかったのだ。


無様に悲鳴をあげて、そして逃げ惑った私は本当にどうしようもない。

何が覚悟を決めただ。

私の今までしてきたことはただ、反省したような気になってそれで罪を忘れようとして居ただけでしか無いのだ。


完璧に危機を避け切った今、私の胸に後悔が溢れ出す。


「おいっ!」


そしてその様子に慌てた青年がまた自分の所に近づいて来ていることに気づいた私は青年の腕を掴み、


「私を、殺して!」


「っ!」


そしてそう叫んだ。

ただ、今はどうしようもなく自分が情けなかった。

もっと自分は耐えられると思っていた。

だがもう限界だったのだ。

それはただの自業自得。

しかし、それでもこんな醜態を晒すならばもっと早くに死ぬべきだったのだと、そんな後悔が私の頭を支配する。


「馬鹿が!」


「ぁぅ、」


だが、次の瞬間私は青年の罵声と共に何か暖かいものが頭に乗せられたのに気づいた。


ー 撫でられている。


「いや!」


そして少ししてようやく自分が何をされているのか、そのことに気づいた瞬間私は青年から身体を引き離そうとして、


「ああ、じっとしてろ!」


「ぇっ、」


青年の檻から出された逞しい腕に身体を抱き締められた。

その瞬間私の胸に何か暖かいものが溢れ出してくるのが分かって、私は必死に抵抗する。

それはアストレア家にいた時に感じていた愛情で、そしてもう今の私には受ける価値のないものだったのだから。


「もう、休め」


「っ!」


だが、そう青年に優しく囁かれた途端私の身体から力が抜けた。

このままではいけない。

私にそんな価値はない。

そう、頭のどこかが叫んでいるのが分かる。

だがもう私にはその言葉に従うだけの力が無かった。


「何があった?」


そして、そんな状態の私が青年に促されて、今までのことを話し始めるのに時間がかかることはなかった………

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