第10話 隠し部屋 Ⅱ

「薄気味悪いなぁ……」


ハリスに届け物だと言われた包みを受け取り、届け先まで歩く途中私は人気のない廊下だった。

そこは王宮の中でも最も人気のない場所。

というか、届け先は普通ならば入ってはならないとそう呼ばれている場所にあるのだ。


「こんな場所に呼ぶなんて、誰なんだろう……」


この場所に入れるのは国王陛下だけだったはずなのだが、誰への贈り物なのか。


「あっ、」


そして今更ながら私は届け主を聞いていなかったことを思い出す。

届け先を聞いている今、その情報は決して必要不可欠なわけではない。

だが聞かずに出てきてしまったという罪悪感に私は嘆息する。

確かに何か周囲の人たちはおかしかったが、それでも届け主を聴き忘れるなど明らかに失態だ。


「けど、そういえばハリスさんの反応はまるで貴族に私が指名されたみたいだったなぁ」


私はそう自分で呟き、直ぐにそんなことはないと首を振る。

貴族の指名、それは特定の下女に貴族が行為を寄せた時に行われる指名。

だが、今の私なんかにそんな指名が来るとは思わず、私は直ぐにあり得ないと否定する。

他には気に入らない相手を呼び出すことだが、今回仕事場にいたのはメリーだけだからと私はその可能性も直ぐに否定する。


「まぁ、どこかに職人さんでもいて、面倒くさがって私に押し付けられた感じかなぁ……」


そして私はそう予想をつけ、貴族が自分を呼び出した可能性をあっさりと忘れた。


ーーーそれが後々にどのような事態を引き起こすのか、一切知ることなく……



◇◆◇



数分程度歩き続けた頃だろうか、私はとうとう本来であれば立ち入り禁止である場所に足を踏み入れた。

そして私はそのことに緊張がこみ上げて来るのに気づく。


「許可を貰っているのになぁ……」


そうして自分の小心さを笑うと、少し余裕が出てくる。


「よしっ!」


そしてさらに自分に気合を入れると、早く届け物を届け帰ろうと私は早足で歩き始めた。

確かに届け物を頼んだのは他の下女達が許してのことだが、それでも早く戻らないとどんな目に合うかわからないのだ。


「ぁうっ!」


だが、ある曲がり角を曲がろうとした時私は何かに躓いて転んだ。


「いたた……」


気合を入れて直ぐの醜態に、誰も見ていないとはいえ、私は羞恥を感じて思わず顔を赤くする。


「あら、ご機嫌よう」


だが、次の瞬間顔を上げた私の顔は赤から蒼白になっていった。


「メリー、様?」


そこに立っていたのはメリーだった。

それも明らかに尋常でない様子で、


「貧乏そうな女だな……」


目に欲望の黒い炎が宿った屈強な、明らかに貴族でない男性を伴った……

ここは国王陛下が定めた禁止区域で、たとえ王子の妾であるメリーでさえ入ることは出来ないはずの場所。

なのにこんな場所に屈強な男性を伴い、私を呼び出した。


明らかに私に悪意を持った目で私を睨みながら。


ここまできて彼女が何を考えているのか分からないはずがない。

つまり、メリーは私を嵌めたのだ。

人気のない場所に明らかに私では叶わない屈強な男性を連れて。

その目的が何か、正確には分からない。

だが私にとって良いものではないものだけは明らかだった。


「なんで、」


そしてそのことを悟って私は思わずそんな言葉を漏らす。


「あははっ!そんなことを聞くの!」


だが、それに対するメリーの返答は私に対する嘲笑だった。

私に対する蔑みと、私に対する隠しきれない憎悪をにじませながらメリーは笑う。


「あの人の心を奪った癖に!」


そして笑いを辞めたメリーの顔は私に対する憎悪で歪んでいた。


「ひっ、」


その歪みはメリーの顔が整っているだけあり、凄みを増していて私の口から思わず悲鳴が漏れる。


「私からあの人を取った売女が!」


だが、その私の状態を一切気にすることなくメリーは怒鳴る。


「あんたなんて、ただ顔が少しいいくらいで私の半分さえも私に及ばないくせに、なんであの人は、マルズは貴女に執着する!」


そしてそのメリーの叫びにようやく私は悟る。


つまり、メリーが本気であの王子が好きだったというそのことを。


「あの人は私のものなのに!あの人と私は繋がっているのに!あの人には妾なんて要らないのに!」


「っ!」


だが、メリーのその感情を恋と言い表すにはあまりにもおどおどしい狂気が込められていて、私は言葉を失う。

そこに居たのは、間違っても1人の男性に恋をした乙女では無かった。

言い表すならば1人の人間に執着した狂人と言うべきか。


「何であの人は私の思いを理解しない!


そして何でお前は私とあの人の邪魔をする!」


「っ!」


その様子は彼女の美貌もあいまり凄まじい迫力を有していた。


「違う!」


だが、それでも最後の言葉だけは私は認めるわけにはいかなかった。


「あんな奴に好かれたいなんか、思ったことは無い!」


それは私の心の底からの言葉だった。

あの男に人生を狂わされ、そして今でもあいつを恨んでいる。

そしてその為私の声に憎悪が混じる。


「はっ!」


だが、それに対するメリーの反応は嘲笑だった。

心底嘲るような目で私を見下し、


「弟の人生を大幅に狂わせた貴女が、よくそんなこと言えるわね?」


「っ!」


ーーーそして次の瞬間メリーが告げた言葉に私の心は粉々に砕けた。

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