1-6

 翌日、先輩との約束通り青葉会の部室を再び訪れていた。 


 水曜日は午前で授業が終わるため一度家に帰ってから、新歓の時間帯にもう一度学校に行こうと思っていたのだか、佐野先輩に『それなら、昼飯食べたらおいでよ。私も今日は午前中だけだし。』と言われ、その申し出を断るわけにもいかないので十三時の現在、部室で二人きりという状況である。


「誘っておいてあれなんだけど、本当に早めに来てくれるとは思ってなかったけどありがとう。」


「いえ、時間を持て余すところだったのでちょうどよかったですよ。」


「どうぞどうぞ、ご自由におかけください。」


 部屋の真ん中にある机とそれを挟むようにして置かれた二台のソファを指さす。促されるままに手前の方に座る。


「何か飲む、それとも何か描きたい。」


 いくら美術部でもその二択を並べるのはおかしいとは思ったが、スルーして机の上に置かれた桃のジュースを指さす。


「じゃあ、お言葉に甘えて。その桃っぽいやついただいてもよろしいでしょうか。」


 佐野先輩が500㎖のペットボトルを開け、紙コップにジュースをついで渡してくれる。そして、先輩自身が飲むためのジュースもついだ。


「桐谷君ってもう何かサークルとか入ったの。」


「いや、まだですね。何個か迷ってはいるんですけど絞り切れなくて。」


「その中にうちも入ってるのかな。」


「そうですね。青葉会には入ろうと思っていますけど、あともう一つくらい入ってもいいかなって思ってまして。」


 俺がそう言うと先輩は立ち上がり、棚から一枚の紙を取り出した。


「急かすわけではないけれど、一応入部届渡しておくね。期限は五月七日まで、学生課に提出しないといけないから締め切りは守ってほしいけど、今すぐに出せとは言ってるわけではないからね。」


「ありがとうございます。また、書いて持ってきます。」


 受け取った入部届をそのまま鞄の中のクリアファイルにしまう。

 先輩が座り、俺たちは机を挟んで向き合う形になった。


「まあ、サークル選びって迷うよね。大学生活の出だしを決定してしまうようなものだし。私も去年、結構迷いに迷って決めたしね。」


「先輩は何か他にもサークル入ってるんですか。」


「私はここだけしか入ってないなぁ。あまり器用じゃないからいくつも同時にやるのは苦手なんだよね。だから、最初から兼部は考えてなかったのよ。でも、それはそれでバイトも結構できて、お金も稼げて時間をあるから良い選択ではあると思うよ。」


「それも考えたんですけど、下宿生なので地元の知り合いに会えない分、大学で知り合いを増やしたいなって思いまして。」


 それに青葉会は週一回のミーティング以外は作品さえ提出すれば自由であるので、いくら絵が好きと言っても暇になると思ったのだ。趣味は絵を描くことだけでもないし、他のことをする時間にあててもいいと考えたのだ。


「下宿生だとそうだよね。同じ高校の人とか少なかったら不安になるよね。そういえば、桐谷君はうち大学が第一志望だったの。」


「はい。高三の最初からこの大学を目指してました。」


「そうなんだ。それは合格できて良かったね。そうそう、もし友達がもっと欲しかったらなんか人数多いところとか入ったらどうなの。それともそういうところは嫌なのかな。」


「嫌じゃないんですけど、あまり興味のある所がなくて。金井からはフィールドホッケーとか誘われてはいるんですけど、結局金井とばかり話しそうだしと思ったりもして。」


「そんなに仲の良い友達がもういるのは良いことなんじゃないの。友達を幅広く多く作ったって結局、試験前だけ協力し合う仲間が増えるだけだしさ。それよりは本当に仲の良い友達が数人いる方が私は良いと思うな。」


 先輩はジュースを一口飲んで続ける。


「あぁ、でも、このサークルだと女の子の方が多いからそこは悩むのかな。やっぱり、桐谷君も同性の友達の方が欲しいだろうし。まあ、女の子の知り合いが欲しいならここは割とお勧めだよ。可愛い子も多いし。」


 それは佐野先輩も含んでですか。などという冗談を思いついたがなんとか止めることに成功する。


「女っ気のない大学生活ってのは嫌ですけど、女の子に囲まれたいってわけではないですよ。高校の時が部活に女の子ばかりだったので、なんか嫌になっちゃって。」


「贅沢だね。まあ、言いたいことはわかるけどさ、こういう部の女の子って少し変わった人が多いから余計にそう思っても仕方ないかもしれないけどさ。」


「なんか、いろいろと揉めたりとか雰囲気悪くなったりとかもあったんで、少しトラウマというか、もうあの感じは味わいたくないなって思うんですよ。」


 具体的に何か問題が生じるとかではなく、何か直接的な対立がるというわけではないが、雰囲気だけが重く、表には出さないけれど仲が悪い。冷戦と表現するのが適切な状態がずっと続くのである。


 さすがに漫画やアニメみたいに男を巡る戦いによる修羅場とかではないし、いじめとかいうわけではない。それが返って怖さを生むのだ。


「女性が多数の部活って、漫画とかアニメだとハーレムが構築されてもおかしくないシチュエーションだけど、やっぱり現実は甘くないよね。」


「甘くないどころか、下手したら一縷の救いすらない時期もありましたから。日々、戦々恐々としながら絵を描いてましたよ。」


「うわぁ、それはきついね。女の私が言うのもあれだけど、女の子って喧嘩とかになると本当に陰湿な時あるし、一人で解決するわけじゃなくて必ず周りも巻き込むから、いつの間にか関係者にされていたりして、どんどん被害が拡大したりするよね。」


 何か経験を踏まえているかのように話す先輩。そして、苦い顔のまま続ける。


「結局、桐谷君のいたその部活はどうなったの。崩壊、修復、それとも維持。」


「ずっと膠着状態でしたね。引退しても、卒業してもずっと変わりませんでした。高校の頃の部活のメンバーで集まることは当分ないでしょうね。」


 思い出すだけで少しだけ悲しい気分になる。

 想い入れのない部活ではないが、しばらく後輩の様子を見に行くこともないだろう。


「なんか変な空気なっちゃったね。ごめんね、話変えようか。」


「いやいや、こちらこそ暗い話になってしまってすいません。」


 暗い高校生活ではなかったが、このままではそのように誤解されてしまうので後でフォローをいれなくてはならない。

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