第7話 ここにあるのは希望か、絶望か
山道と洋館を繋ぐ、連絡橋。「血濡れの十字架」の拠点を目前とした、その橋の上で……眼鏡をかけた細身の男が、エイドロンを待ち構えていた。
「神威さん、あの人……!」
「……『血濡れの十字架』の
「わかった……気をつけて!」
眼鏡の奥にある、鋭い眼光と視線を交わし。了は白いマントを翻して、エイドロンから飛び降り彼と相対する。その隣を、紅い車体が疾風のように通り過ぎていった。
一瞬で走り去るエイドロンを一瞥し、春馬は薄ら笑いを浮かべて「神装刑事ジャスティス」と対峙する。
「仲間思いなのね……そういうの、嫌いじゃないわ」
「余裕だな。この俺に勝てる気でいるのか、それとも――」
「――そうね。勝てるとも、生きられるとも思っちゃいないわ。でもね……生きていてほしい仲間がいる限り、私もこの戦いから降りるわけには行かないのよ」
「そうか。……なら、俺が今日で楽にしてやる」
やがて、了は腰から一振りの剣を引き抜き――僅か一瞬で間合いを詰める。だが、春馬の変身はそれよりも速い。
一瞬、にも満たない僅かな時間の中で、雌蟷螂の怪人「エムプーサ・ニュータント」へと変身した彼は――ジャスティスの一閃を、両手の鎌で受け止めてしまった。
「抵抗しなくば、楽になれるぞ」
「そいつは、最期の楽しみに取っとくわ」
互いに一歩も引かず、彼らは鍔迫り合いのように得物を交錯させる。やがて、激しい金属音と共に彼らは激しく切り結び――斬撃の応酬を始めるのだった。
◇
駒門飛鳥が幽閉されているであろう、洋館。その不気味な景観を見上げながら、エイドロンを駆る架は逸る気持ちを抑えるようにハンドルを握り締めている。
「もうすぐだ……! 待ってて、駒門さっ――!?」
だが、そう易々と彼女のところに行かせてくれる「血塗れの十字架」ではない。
突然、真横から突っ込んできた黒塗りのオープンカーの追突を受け、架は衝撃のあまりエイドロンから弾き出されてしまった。
「ぐぁあッ!?」
激しく大地の上を転がり、洋館の門を目前にして痛みにのたうつ架。
そんな彼を見つめながら――黒のオープンカーに乗っていた狗殿兵汰が、悠然と降りてきた。山風が、彼の亜麻色の髪を荒々しく揺らしている。
「ほぉ、大した防御力じゃねぇか。俺の『マシンヴラドロン』の追突をモロに受けて、痛がるぐらいで済むとはな」
「あな、たは……!」
「ここまで乗り込んできた勇敢さに敬意を評して、褒めてやりたいところだが……生憎、そんな時間はなくてな。さっさとお前らを始末して、他のヒーロー達が動き出す前にここからトンズラしなきゃならねぇ」
中世ヨーロッパの甲冑さながらの、手足や胴体を防護するプロテクター。その装甲を身に纏う兵汰は、徐々に赤髪と青い眼に「変身」していく。
これが、「血濡れの十字架」の
「つーわけだからよ。誰だか知らなくて申し訳ないが――とっととくたばってくれや!」
「クッ!」
そして変身を完了した彼は、獰猛な貌で架を睨み付け、その鉄拳と怪力を武器に殴り掛かってきた。
架はそれを迎え撃つように、66mm白血砲の砲口を彼に向け――火を噴く。
――しかし。
「効くかよそんなもんッ!」
「なっ――!?」
兵汰のプロテクターは架の白血砲を凌ぎ、ワクチンの投与を妨げていた。そのまま接近してきた彼の拳が、抉り込むようにキュアセイダー2号の鎧に叩き込まれる。
「ぐぁあぁあッ!」
激しく吹き飛ばされた架は再び転倒し、超常的な力で殴られた痛みにのたうちまわる。
「な、んで……白血砲が……!?」
「俺のプロテクターは結構な硬さだからなァ。ハッケツホウだかなんだか知らねぇが、この鎧は簡単には崩せねぇよ」
「……!」
そこで架は、ようやく気がついた。
兵汰の身を守っているプロテクターは、あくまで彼自身の変身とは無関係の「装備品」に過ぎない。だから彼のプロテクターに阻まれている限り、白血砲は通用しないのだ。
一方、白血砲の効果を知らない兵汰は――これでキュアセイダーの手札を完封したと判断し、ゴキゴキと拳を鳴らしている。架も白血砲には頼れないと判断し、やむなく肉弾戦に切り替えるべく身構えた。
「……それでも、諦めるわけにはいかない。『希望』の橋を……ここに架けるッ!」
「雑兵が……『絶望』と共に、ここで淘汰してやるぜ」
――だが。インファイト専門のストリゴイ・ニュータントと、中距離戦が主体のキュアセイダー2号との間には。
接近戦において、如何ともしがたい力の差というものがあった……。
◇
洋館に続く山道の崖。その淵に着陸したキャプテン・コージと、「血濡れの十字架」
馬乗りになってはひっくり返され、飛び掛かっては巴投げでいなされる。彼らはひたすらそれを繰り返し、互いのスタミナを削り合っていた。
「ぬぅっ……ふんッ!」
「ぐうおぉ……あぁッ!」
小手先の技術など必要としない、純粋な力勝負。それゆえに膠着状態も長く続いているのだが――決着がつく時は、一瞬なのだ。
先に力尽きた方が、相手の攻撃を乗り切ることに失敗し、敗れ去る。知性など必要としない、最も原始的でフェアな一騎打ちが、この崖っ淵の中で繰り広げられていた。
「むッ……ぐ!」
「ハァハハハ、取ったァ!」
だが、それもじきに終わる。疲労から足がもつれた一瞬を狙い、ウプイリ・ニュータントは全力を込めて両手でキャプテン・コージの首を掴んだ。馬乗りになり、2m超の体躯の全体重を乗せ、決して離すまいと。
苦悶の声すら上げさせない、必殺の体勢。そこへ持ち込んだウプイリ・ニュータントは、凶笑と共に腕の力を強めた。
勝敗が決する瞬間は、近い。
ウプイリ・ニュータントがそう確信した――その時だった。
(……いつまで、神の代行者たる私の上にいるつもりだ。このッ――無礼者めが!)
僅か一瞬。片手を離したキャプテン・コージは、さらに強く締められ意識が混濁する中――起死回生を込めて突き出した掌から、閃光を放つ。
「があぁあぁッ!?」
「……ふん。この至近距離でその図体では、防ぐことも避けることもできまい。まぁ案ずるな、急所は外してある」
直径5cm程度まで集束し、荷電粒子の密度を高めて放った神極光は、ウプイリ・ニュータントの頑強な肉体を容易く貫通していた。
胸を貫かれた激痛にのたうち、翼を振るって暴れ回る彼に、キャプテン・コージは追い討ちの鉄拳を浴びせる。
「おがぁッ! ――て、めぇ……!」
「こちらの技が知られている以上、無闇に神極光を撃っても避けられるのは目に見えていたからな。貴様が油断してくれるまで、児戯に付き合ってやったまでのことよ」
体格に反して素早い飛行が可能なウプイリ・ニュータントが相手では、神極光をかわされる可能性が高い。そこで、敢えて体格差で劣る側でありながら、インファイトを仕掛けていたのだ。
自分が死に瀕する、その最後の一瞬まで。
「……ケッ、組み付いた瞬間からケリは付いてたってか」
「違うな。この私を相手にした時点で――貴様はとうに敗北していたのだ。神の代行者たる私に背くことは、天命に反するに等しい。ゆえに貴様は神の意思により、完敗という罰を課せられたのだ」
「……いちいちカンに触る野郎だ。殺るなら、とっとと殺りな」
深手を負い、満足に戦えなくなった今では、もう逆転も望めない。変身を解き、城礼武という大柄な男に戻った彼は、介錯を促す。
だが――キャプテン・コージは掌を下ろすと、礼武の頭を踏みつけそれを拒んだ。
「ごっ!」
「……貴様など、殺す価値もない。せいぜい地に這い蹲り、生き恥を晒すがいい」
そして、ぐりぐりと礼武の頭を踏みにじりながら――間阿瀬浩司は、青い瞳を洋館の方角に向ける。
「……第一。殺したとあっては、あの男に『借り』を返したことにならんだろうが」
◇
洋館の目前に設けられた、連絡橋。そこで斬り結ぶ剣士達も、決着の時を迎えようとしていた。
「シャアァアッ!」
「……!」
エムプーサ・ニュータントの鎌が唸りを上げ、ジャスティスの首を狙う。上下から挟むように放たれた2本の鎌に対し――白い剣士は咄嗟に、得物で上方の鎌を受け止めた。
そして下方から迫る刃を、足で踏み付け停止させる。その切り口から、鮮血が滴り落ちた。
「足を傷つけてよかったのかしら? 私との戦いで、速さを損なうのは致命的よ」
「案ずるな。もう速さを気にする必要も……ない」
すると――ジャスティスは己が傷付くことも顧みず。上方の刃を左腕で押し出し、右手に握った剣を自由にした。当然、左腕にも鋭い斬り込みが入り、鮮血が噴き出してくる。
「な……!」
「……こうも深く刃が肉に沈んでは、すぐには抜けまい」
だが、これでエムプーサ・ニュータントの鎌は2本とも封じられてしまった。もはや、ジャスティスの剣を遮るものはない。
了は鋭い眼光で敵を射抜き――瞬く間に剣を振るう。次の瞬間、エムプーサ・ニュータントの得物は、血飛沫を上げて弾き飛んだ。
「がぁあぁあッ! こ、こん、なっ……!」
「……2本だろうと、10本だろうと。貴様らが
「うぅっ、く……ふ、ふふ。まさに肉を切らせて骨を断つ……って奴ね。完敗よ……」
ニュータントとしての武器を失った今では、抵抗など無意味。死期が近いと悟ったエムプーサ・ニュータントは変身を解くと、元の風里春馬へと戻った。
そんな彼を、了は静かに見下ろしている。
「……あなたの勝ちよ。悪を、裁くんでしょう? 『白い処刑人』さん」
「勝てもしない戦いで、無駄な抵抗を重ねた罰だ。貴様は、楽には殺さん。対策室の尋問部屋で、生き地獄を味わってもらおう」
「そう……私達には……相応しい、末路……ね」
やがて春馬は、苦笑いを浮かべながら気を失ってしまった。
「……殺してやりたいのは、俺も
そんな彼を一瞥した後、了は血塗れの足を引きずりながら、洋館を目指して歩み出す。
「……今の俺達は、
さながら、捨て台詞のように。気絶した春馬に、己の答えを告げながら。
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