第19話希望と絶望のターニングポイント ~後編~

 SEMM愛知支部の支部長室内。一人机に手をついてうつむいている男の姿があった。

 この部屋の主である男、乙部栄一郎は表情を曇らせたままポツリとつぶやいた。


「ここで、終わりですか……。 彼らの大切なものすら守って……、いや、守らせてあげられない。 私に親を名乗る資格などないでしょうね。 彼らを育てたのだってそもそも運命の……」


 言いかけたとき、机の上に置いてあった彼の携帯電話が鳴った。常時マナーモードになっているので、ブーブーと振動する音が響くのみだ。画面を見ると、そこには折原怜士おりはられいじの文字。乙部とともにSEMMを立ち上げたという京都市部長の名前だった。

 特に今連絡してくることもないはずだが、シロの件がどうなっているかについての話だろうか。とりあえず電話を出ると、少し焦ったような声が聞こえてきた。


『乙部!! そっちも今忙しいのだろうが、すまない……。 本部からSACSの増援を送れなくなった』


「……、どういうことですか?」


 突然の報告に眉をひそめて尋ねる乙部。


『特別指定能力犯罪者が脱獄したようなんだ……。 しかも……、あの11番がだ』


「馬鹿な!? どうやって……!? 24時間体制で完全に見張っていたはずだし、ファクターを使おうとすればすぐにわかるよう魔力検知システムも張っていたはずでしょう!? 監視員は何をしていたんですか!?」


 11番の囚人が何者なのか、常に落ち着きを崩さなかった彼だがつい電話越しに声を荒らげてしまった。


『同じ質問をした者に監視員は……、わけがわからないといった様子でこう言ったそうだ。 『11番の部屋はずっと空き部屋のままだったでしょう?』、とな。 その日その場にいた全員が口を揃えてだ』


「なぜそんなことに? 監視カメラに何か……」


『カメラは重要な部分の映像だけが破棄されていた。 それを行った人物はそのことを覚えておらず、11番に関する資料もあらかた抹消されていたよ』


「どうなっているんだ……」


 電話を切ったあと、彼はただわけのわからない様子で呆然と立ち尽くしてしまった。



 一方その頃、駒木市某所の川沿いでは朝早くから剣戟と雷の音が鳴り響いていた。

 シロと凛はカレイドと、凰児は金髪の大男と、雪菜は手品師風の男と予定通りの相手と戦っているものの、浪のみが想定外の相手に阻まれ予定通りに雪菜のもとへ合流することができずにいる。

 彼と剣を交えるは、司令塔として戦闘には参加しないであろうと思っていた未来予知能力者のレミア自身だ。短めの剣を赤い鞘から抜き鞘を放った。

 戦闘のためのファクターを持たないはずの彼女に対し、浪は息を呑みやけに慎重になっている。

 しかしジリジリと距離を詰めてくる彼女に対し引き下がるわけにも行かず、意を決して雷剣をもって斬りかかる。レミアは熟練の戦士には見えはしないし、浪と打ち合いができるとは思えない。しかし彼女はそもそも目を閉じ構えすらしていない。さらにそのまま何かをつぶやくと……、


「左前方からフェイント後、右側から入り込み掌底による攻撃……、ならばこう、ですか」


 浪が予言通りフェイントをかけようと左へステップする瞬間、素早く体勢を低くし突きを繰り出した。それは正確に浪がステップした先に入り、彼は身をよじって強引に回避したものの体勢を崩されて無防備なボディに蹴りを叩き込まれる。地面を転がり受身をとり直ぐに立ち上がる浪に対し、レミアは追い討ちをかけようとはしなかった。


「ちっくしょ……、俺の動きが完全に読まれてる……。 事前に全部視ておいたってのか」


『近付くのは危険だよ。 レミアはシロと違ってコモンファクターで戦えるほど馬鹿げた魔力はないし遠距離からの攻撃手段はないはず……。 苦手かもしれないけど、ファクター使って攻めるよ!!』


 頭に響く声に対して小さく頷くと、浪は距離をとったまま左胸の前あたりで両手のひらを向かい合わせて電気を貯め始めた。

 終始すまし顔のままのレミアはそれを見ても尚余裕の態度を崩さず、にやっと小さく微笑むとまるでただ散歩でもするかのようにのんびりと浪の方へと歩き出した。

 その余裕が気に入らないのか、浪はちっと舌打ちしながら右腕を振り上げた。たまった電撃はレミアの頭上へと走るとバチバチと音を立てて弾け、細い雷が降り注ぐ。しかしレミアはギリギリのところでふいっと少しだけ体をずらして避けていき、そのままじわりじわりと距離を詰めていく。


「冗談だろ……、くそっ!!」


 浪がつい一歩身を引いた瞬間、レミアが一気に駆け出し距離を詰めた。それを見た浪が迎え撃つべく電撃を貯める。距離がある程度詰まったその時を狙い、彼は魔力を一気に放出させた。だが電撃が止んだ瞬間、何かが彼の額に直撃する。なかなかの衝撃だ。痛みの大きさと感触から、ゴルフボール大くらいの石のようだ。怯むには十分すぎる威力である。よろけた浪に駆け寄っていたレミアはそのままスピードをのせて腹部に拳を叩き込む。

 浪も次はまともに受身など取れずに、背中から倒れこんでしまった。


「わかったでしょう? 私に攻撃を当てることは不可能です。 数秒以内の未来であれば視るのに何のリスクも伴わない。 私に勝つことが出来るのは、絶対不可避の攻撃手段がある人間のみです」


 未来予知が戦闘向きではないなどとんでもない、それどころか多くのホルダーがどんな手を尽くそうとも勝てないチートとも言える能力。凰児であれば負けないことはできるであろうが。

 しかし苦戦を強いられているのはほかのメンバーも同じである。

 浪たちのいる場所から橋の下を抜けた反対側あたりで戦う雪菜は、ただひたすら手品師の猛攻をしのぎ続けていた。

 手品師がくるくるとその身を回転させて勢いを付け腕を振ると、その先が分離し槍のようになって飛んで行く。雪菜はそれを難なくシールドで弾いた。


「攻撃力はそれほどないかな……? いや、でも……っ」


 雪菜が言いかけた瞬間、手品師はさらにその身をすべて流動化させるとドリル状に変形してシールドへと飛びかかっていき、ガリガリと音を響かせながらじわじわと削っていく。


「くぅ……、まだまだこの程度っ!!」


 対し雪菜は破られる瞬間さらに裏側にもう一枚シールドを展開し受け止める。結構無理をしているようで息が上がってしまっているものの、消費が激しいのはお互い様だ。手品師の方も一度身を引き再び元の形をとる。

 格上相手になかなか食い下がっているようにも見えるが、雪菜は息が上がっているだけでなくその表情もなんだか余裕がない。

 まだまだ中堅のBランクホルダーとはいえ、相手の力を悟ることができたのだろう。


「なかなかやりますねぇ。 フフフ……。 てっきりもっと簡単に突破できるものかと思っていましたが」


 そんなことを言いながらも余裕綽々の様子を見せる手品師に、つぶやくように返す。


「本気出してないでしょ……。 なんかムカつく……」


 手品師の態度に若干イラついている雪菜。その様子を見て手品師は、舞台役者かなにかのような大げさなふりをしながらおどけたように返した。


「まさかまさか。 しかしこうなるとあれを使わざるを得ませんかね。 先に言っておきましょう、次を凌ぐことができれば、あなたの勝ちですよ」


「……、なんだって?」


 まだ余力はあるはずだが、それほどの大技か来るということか。相手の言葉に雪菜は思わず身構えた。


「覚悟はいいですか? では、ショウタイムと行きましょう……」


 言ったあとに帽子を取って礼をすると、その身がゆらりと崩れ流動化する。しかしその様子は先程までとは明らかに違う。人の形を失ったあと、漆黒に染まるそれは蠢きながらどんどん肥大化していった。4m程のいびつな半円状の大きさになったところで、突如上空に飛び上がり無数の針となって降り注いだ。

 すぐさま上方で腕をクロスさせシールドを展開しガードする雪菜。それほど威力はないようだが、とにかく数が異常だ。しかしそれだけにとどまらず、今度は地面に落ちた針が集まって刃の形をとり彼女めがけて飛びかかってくる。依然上空よりの攻撃は続いたままだ。

 左腕を上げ頭上のシールドを維持したまま右手のひらに形成したシールドを使い器用に弾いていく雪菜だったが次の瞬間、弾いたと思ったそれはシールドに張り付いたあとゴムのように伸びていく。


「しまっ……、これは……」


 それはそのまま彼女の体に巻き付くと蛇のようにその身を締め上げ、雪菜はしばらくこらえていたものの、ついに激痛に耐えられずビットの結合を緩めてしまった。その瞬間決着を告げるかのように一気に針の雨が降り注ぐ。

 真っ黒に染まった地面が蠢きしゅるしゅると人の形へと戻っていき地面が元の色に戻ったとき、そこには横たわって気を失う雪菜の姿と、少し息の上がった男の姿。


「……、ふぅ。 やはり体積増加は最終手段ですね。 ……、ここまでやる必要はなかったか」


 少し苦しそうな顔で横たわる少女に、男はバツの悪そうな顔でもう一度小さくため息をついた。


 ひとつの決着がついた頃、もっとも均衡した勝負を繰り広げていた凰児は、残り二人を気にかけながら金髪の大男の猛攻をしのいでいた。


「くっ、大したダメージはなくても痛いもんは痛いね」


「随分頑丈な兄ちゃんだ。 腕が疲れちまうねぇ。 ま、俺は兄ちゃんに勝つ必要は特に無いんでね、あちらが決着つくまで遊んでもらおうか」


 クイッと男が顎で指す先、川の中州の部分では凛とシロが手配犯、カレイド=フォーゼスと交戦中だ。高い身体能力と戦闘センスを持つシロと実質Sランク相当の実力を持つ凛が二人がかりであっても、なかなかに苦戦している様子である。翔馬や凰児と同等以上であることは間違いない。

 彼の恐ろしいところはなんといってもそのファクターによる猛毒。かすり傷でも一度当ててしまえばあとは適当にいなしていれば相手はどんどん蝕まれていく。とんでもない力である。幸い今戦っている二人はやすやすと攻撃を貰うようなタイプではないようだ。

 距離をとった状態から凛が一気に駆け寄り斬りかかる。槍の真ん中あたりを持ってひねるようにして連撃を受け止めたカレイドは一度バックステップで距離をとったあと槍を持つ手を緩め、長手になるように持ち替えると体をひねって一気に凛の剣を弾いた。そして遠心力のかかった一撃にひるんだ凛に向かってすかさず毒ガスによる追撃を行うが、一瞬で二人の間に割り込んできたシロが大量の魔力を放出しそれをかき消した。カレイドはそのまま向かってくるそれを左側へステップして避けると一度距離を置いた。


「クハハ、イイねェ!! これだよ俺の求めていたものはよォ!! お互い一撃貰うだけで終わりかねない状況で、その一撃をいかに当てるか……。 この極限状態こそ俺の求める戦いだァ!!」


「……、付き合ってられるかこの戦闘狂が……」


「テメェはこっち側の人間じゃねえのか? 噂は聞いてんぞォ? アニマ殺しのオーバーキラーがよ」


「……、一緒にすんなボケ。 あたしはもっと最低だ」


「ほぉ……?」


 凛の言葉に一旦手を緩めカレイドは興味深そうに話を聞いた。


「戦うのが楽しいってならまだましだ。 あたしは戦うのが好きなわけでもなく、ストレス発散みたいなもんでアニマを殺しまくってただけだ。 周りの人間巻き込んでな。 でも、もうやめた。 あたしの隣にいてくれる奴が居るってわかったんだ。 だからあたしはこれから、そいつらのためにこの剣を振るう」


「愛だの友情だのってやつかァ? 嫌いじゃねェな」


「意外だな。 そんなもんクソ食らえってタチだと思ってたが」


「いいじゃねえか、それで強くなれるってんなら素晴らしい限りだぜ。 俺をその分楽しませてくれるだろォ? 相手の力の源がなんだって構わねえ、俺はただ身の灼ける戦いがしたいだけだァ……。 満足いく戦いができたのなら、たとえそこで負けて死んでも構わねェ。 だから今回もあのガキに詳しい話や戦い方やらは聞いてねェ。 そんなんで勝った所で何の意味もねェからな」


「要するに楽しく戦えればほかのことはどうでもいいと……、単純な野郎だな……。 アホは人生楽しそうで羨ましいよ」


「そんなに褒めてくれるなよ、っと。 じゃあ、続けるとしますかァ……!!」


 カレイドが動きを見せた瞬間、凛は剣を振り四発の衝撃波を放った。ステップしながら三発を躱し、最後の一撃を槍で流したカレイドに、両腕を魔力を固形化させたグローブで覆ったシロが接近戦を挑む。どうやら彼女が時間を稼ぎ凛が広範囲魔術で一撃で終わらせる戦法のようだ。

 右左とパンチを繰り出しさらにアッパーの連撃を加えるシロに、カレイドは槍の上下を持つ形で中央を使って器用に受け止めていく。しかし彼女の腕力は特殊体質によって見た目によらず、成人男性を大きく上回る異常なものだ。受けるたびにカレイドは徐々に押されていき、隙を突いてシロは大きくまわし蹴りを放った。かろうじて受け止めたものの、槍はカレイドの手から弾かれ後方へと飛ばされてしまう。

 今がチャンスとばかりに拳を握り踏み込むシロに、カレイドは放射状に毒煙を撒き散らすことで対応する。間一髪、シロは素早く身を引いてそれを回避した。


「時間を稼げるのなら焦る必要はない……。 慎重に……」


「やるなァ……。 ここまで楽しませてくれたのはテメェらが二番目だ。 その調子だぜ……、さァ、俺をヤってみなァっ!!」


 武器を拾ったカレイドは気合をいれ直すと、シロへ向かって駆け出す。構えて迎え撃とうとするシロだったがしかし、カレイドはシロの1m半くらいまで駆け寄ったところで予想外の行動を起こす。槍で自らの前腕部を裂いたのだ。しかも、なかなかに大きな傷である。その意図を一瞬で理解したシロであったが、驚きのあまり反応が遅れてしまった。カレイドが腕を振ることで血しぶきがシロへと飛びかかる。体に触っただけで猛毒に侵される彼の血とあれば、どうなるかは明らかだ。


「っう!? 痛っ……!!」


「その一瞬が命取りだァ!!」


 激痛に怯んだシロの隙をカレイドが見逃すはずもなかった。カレイドの放った毒ガスは真正面から受けたシロの全身を一瞬で蝕む。片膝をつく彼女に向けてカレイドが槍を振りかざすのを見て、凛はとりあえずシロをかばうため魔術を未完成のまま発動させる。

 しかしシロとカレイドの距離が近すぎるために、範囲も広げられず黒い雷はカレイドにひょいっといとも簡単に避けられてしまった。


「そこからじゃもう間に合わねぇぞ!! 諦めて見てなァ!!」


「くそっ……!! シロっ、逃げろォ!!」


 如何に凛の肉体強化であろうと今の距離からはどれだけ急いでも間に合わない。彼女の悲痛な叫びに凰児と、レミアに押され倒れ込んでいた浪が視線を向けると、カレイドはシロの額を掴んで立たせ、喉元に槍を向けていた。


「やめろっ……!! やめろおおおぉぉっ!!」


「……、これで……。 終わりです……」


 レミアは罪悪感からか、立ち上がりながら叫ぶ浪から視線をそらして悲しい声でポツリとつぶやいた。

 誰がどう急ごうと間に合うはずもない。

 しかし、その刃が彼女の喉を裂く事はなかった。突如強烈な風が吹き荒れ、全員が思わず怯む。それは、全員の視線を集める二人、シロとカレイドのもとに最も強く吹き付けていた。


「これァ……!? この風は……、知ってるぞォ……!! クハハ、最高だぜ……っ!!」


 何故か嬉しそうにつぶやいたカレイドは、シロの額から手を離す。意識の薄れた彼女が崩れ落ちる中、突風のように襲い来るモノを体をひねって槍を構え受け止めた。

 美しい少女のようなその襲撃者は、槍で弾かれるとくるくると回転しながら華麗に着地した。

 それは、先日までシロの身を狙ってきていたSACSのエース隊員にして五連星が一人、服部翔馬。複雑な表情の彼は、無言でナイフを構えた。


「しょ……、翔馬……? なんであいつが……」


「ば、ばかな……。 そんな、馬鹿な……。 あり得るはずがない、彼が敵になる展開など……、そんな未来は無いはずなのに……」


 浪をはじめとする一同も驚きの表情を見せる中、もっとも驚愕しているのは今までただの一度も未来予知を外したことのない絶対予知のホルダー、レミアであった。先程までの余裕は完全に無くなり、ついよろけるように二歩、後ずさりしてしまった。

 戦闘中の相手の行動予測も含めれば、数え切れないほど何回も的中させてきた中でたった一回外れただけである。だが確かに今、絶対不可侵の予知能力に僅かなほころびが生まれた。

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