第13話 双星の勇者?

ロストアイランド。ドラッグは居なくなったが、島全体が小さくなったことから、一人分の広さは変わらなかった。しかし、誰もがその無くなった空間を感じていた。椅子は少なくなり、今は全部で六つの影が机の周りに集まっている。


「パワード、ガベージ」

『はっ!』

「宇宙にあるガラクタを黙らせろ」


リガースの言葉に直ぐ様反応し、二つの影が一瞬にして消えた。


「プア、準備はどうだ」

「はい、万端ですリガース様!」


笑顔で答えたプアに、リガースも満足そうだ。


「くれてやったものは使えそうか」

「はい、とても良いものをいただきました!」


リガースがプアに与えた力は増殖。大きな力を分配し、数で圧倒するものだ。その分一つの力は弱くなるが、プアの力から考えるに、その力がベストだとリガースは思った。プアも欲した通りの力を貰うことができて、嬉しく思っていた。すぐにでもその力を使いたいみたいだ。


「あの、リガース様……」


そんなプアの顔が少しだけ曇った。


「なんだ」

「僕も、この島から出ていったほうが良いのでしょうか?」

「どうしてだ」


リガースの笑顔が消えた。プアは、先日まで戦っていた仲間の事を考えていた。


「い、いえ。ドラッグの……」

「あいつは私に逆らったから追い出した。当然の報いだ。しかし、お前は違うだろ?」


優しそうな声だったが、その問いは威圧でもあった。それはプアもわかっている。


「はい!僕はリガース様のために戦います!」


そう言うと、リガースはまた嬉しそうな顔に戻った。


「ならば私は何も言わない。お前の好きなように動き、機械人形を倒し、私のもとへあいつを持って来るのを待つだけだ」

「わかりました!」


そうしてその場は落ち着いた。


「では早速、あれを使って機械人形を追い詰めて来たいと思います!」

「パワードとガベージが花火を上げる。その後に行け」

「わかりました」


立ち上がったプアは、暗闇に消え準備を始めた。



ーーーーーーー



「ガベージ、準備ハどうダ!!」


ロストアイランドの周りはすっかり夜になっていた。地面にどっしりと座ったパワードは、自分の右腕を細長い筒に変化させ、空へとその口を向けた。波の音が、よく聞こえる。


「リンカイテンマデ、二フン。マダウツナヨ」

「ちっ、早くしろよ!」


島の凹凸に紛れていたガベージがパワードの腕へと何かを入れた。パワードは、腕を挙げて奥まで詰めると、左手で右腕をコツコツと叩いた。気持ちが高ぶっている。イライラともワクワクとも言えるだろう。


「リガースサマニ、サカラウノカ」

「恐ぇ事、言うんじャねぇよ……」

「フッ」


ガベージはドラッグが居なくなった事に、どうとも思っていなかった。しかし、パワードの気持ちを何処となく感じ、少しだけからかってみせたのだ。


「ドラッグハ、ウラギッタ。オマエモヒガイシャダロ」

「アァ。その通りダ。でもナ……」


パワードにしてみれば、細工をされ、そのせいでガイアに負けた事もあって、一度は憎んだ奴だった。しかし、居なくなってみれば、それはそれで……。思うだけでも気持ち悪くなる事だった。


「サミシイカ」

「バカカ……?」


少しの静寂の後、パワードの腕が振動を始めた。何かが収縮するような甲高い音がする。


「ウテ」

「おうよっ!!」


次の瞬間、空気が裂ける音とともに、パワードの細い腕から、小さな光が空へと射出された。地上から昇る流れ星のように、光の筋が空へと一直線に消えていった。


「サスガダ」


外すわけがないとパワードが思った次の瞬間、暗かった空がまるで花火でも射ち上がったのではないかという位、明るくなった。


「ターマヤーってカ?」

「ミッション、カンリョウ」


パワードが重い腰をあげると、そこに大きな袋を背負ったプアが近づいてきた。


「ありがとう二人とも」

「サっサと行け」

「シメイヲ、マットウシロ」


プアは持っていた袋を少し開け、入っていた黒いものを少しだけ地面に蒔いた。その上に自分が乗ると、まるで筏に乗っているかのように、海を渡り始めたのである。

そんなプアの動きを、監視するものはもういない。



ーーーーーーーー



突然の警報に、アースベースは火の車となっていた。夜勤の人数もいなかったことから、ガイアやヘルメスまで駆り出され、先ほど起こったことの情報収集が行われていた。


「駄目です、完全にロストしてます!」

「通信も駄目か!」


何が起こったのかと言うと、ロストアイランドを監視するための人工衛星が破壊されたのだ。現在は緑川繁雄が長官代理として動いていた。


「駄目です……。民間の人工衛星からの映像で半径300mの全てが消滅しているのが確認されました」

「一体何があったんだ……」


そこへ、寝間着のまま獅子神皇一郎が駆け込んできた。


「緑川さん、状況は!!」

「長官っ!駄目です、周りもろとも消滅してます!!」

「シゲちゃん、長官。これ見て!」


パソコンを見ていたヘルメスが何か見付けたらしく、メインモニターに島の画像が映し出された。


「壊れる直前の画像だよ!ここ!」


画像がズームされていく。島の中央辺りにピントが合い始め、そこに、人影が見えた。


「パワード……!」


最初に気付いたのはガイアだった。画像処理がされていく人影は、体の一部が機械の男だった。細かな特徴はともかく、雰囲気がパワードだと言っていた。


「ドラッグが言っていた事は、本当だったのか……」


獅子神も驚いていた。しかし、前回見たときよりも体の大きさが小さくなっているのにも気付いた。


「この機械の体、以前より小さいですが、おそらくパワードではないかと思います」

「……ドラッグは、倒したよね……?」


ヘルメスが心配するのも無理はない。


「ドラッグを倒した時に起こった島の収縮が、その証だと信じたいんだがな……」


ガイアが言ったように、ロストアイランドの収縮は、アースベースでも確認できた。アースが言うには、大地に吸収されたという。

元々ロストアイランドは、今の地球に適合できなかった物の集まりだった。そのためアースベースでは、ドラッグの消滅と合わせて起こった地球の収縮を、前世の魂を「救えた」と言っていいという結論に至っていたのであった。


「しかし、今は人工衛星だ。これでは島から出てくる者の監視が出来ない。対策を考えなければ……。もう一機あげるのは……」


あまり良い案ではないと思いつつも獅子神は、言うしかなかった。また人工衛星をあげても、また撃たれるのは分かりきっている事だったからだ。


「不可能でしょうね……」


そして、それを止められるのは、獅子神とともにアースベースをともに創ったアースしかいなかった。


「後手に回ってしまうのか……」

「各所に、より一層の警備をお願いするしかありませんね……」


アースベースは各国に一つずつ、日本には九箇所の支部がある。ロストアイランド活動後は、どの支部でもいつ自分の地域で事件があってもいいようにと、日夜忙しく働いていた。しかし今回、初動の要となっていた人工衛星の破壊があり、より一層の忙しさを要求することになってしまったのだ。すると、ガイアがパソコンの手を止めて、獅子神を見たときよりも。


「長官、私も一緒に皆さんに頼みに行きます」

「兄さん一人にさせる訳にはいかないよ。僕もいくよ!」


ガイアの言葉にヘルメスも続ける。二人は同じ気持ちだった。


「ありがとう二人とも、しかし、君達をここから動かすわけにはいかない。アースもな。ということで、こういう仕事は私に任せてくれ。長官として、座っているだけではない所を見せてあげよう!」


寝間着のまま言うのは、様にならなかったが、すぐに各国の支部に連絡を取った獅子神は、現地に飛ぶこととなった。



ーーーーーーー



ここは蒼井剣術道場。古くは200年前から、剣を教える場所である。師範は蒼井源四郎、刀耶の祖父である。仙人のような見た目をしており、気難しいのかと思いきや、孫思いの優しい祖父である。

そして道場は現在、龍神学園剣道部の練習場所となっていた。今日も授業が終わった後に、学生が続々やって来て、元気な声が響いている。


「由緒ある道場を使わせていただきありがとうございます」

「いやいや、儂も暇をしとったから大丈夫じゃよ」


源四郎に挨拶をしているのは、剣道部の顧問の近藤先生。烈達の体育の先生でもあり、いつもジャージを着用している、まさに体育教師というような男性である。


「それにしても、お孫さんの力には驚かされました」


刀耶は剣道部に入ったのだが、その力は相当なものだった。今年入学してきた新入生の中にいた経験者にも勝利することができ、同級生にも、なかなか勝てる者がいなかった。


「そうじゃろ?刀耶はな、部活にこそ入らなかったが、日常の鍛練は欠かしておらん。その辺の経験者よりずっと強いぞ!」

「これならすぐにでもレギュラーがとれると思います」


孫が誉められて嬉しいのか、うんうんと源四郎は首を縦に振った。


「先生よ」

「はい?」

「今年はどこまで狙っておる?」

「もちろん、全国大会です!生徒たちも、そのために頑張っています!」


その言葉を聞いて、源四郎はまた深く頷いた。


「今やっていることが、全て人生に繋がればいいが、そう行かないのも人生だ。彼等には、努力した結果を感じるほかに、自分は頑張ったんだぞという自信を感じてもらえるような活動をしてもらいたい」

「さすがです先生!」」


源四郎はその後、剣道部の練習を見ながら、生徒一人一人に近付き、アドバイスをしていったのである。


そして休憩時間。源四郎の熱の入った練習もあって、みんな床に座り、談笑をしていた。その中には烈と刀耶の姿もある。


「やっぱり、ここで練習すると気が引き締まるな!」

「本当?僕はいつもと変わらないよ?」

「そりゃ刀耶の家なんだし……」


烈は、昔みたいにこの場所で、刀耶と一緒に剣道ができて嬉しかった。一方の刀耶も、やっと心の荷が降りた事で、今まで以上に剣道が楽しめるのが、とても嬉しかった。

そんな二人の前に、黄色い髪の少年がやって来た。


「蒼井刀耶、勝負だ!」


彼の名前は黄瀬川元春。烈や刀耶とは違うクラスだが、同級生である。稲妻のようにうねった黄色い髪に、小動物なら逃げ出しそうな力のある目をしていた。


「兄者の次は私ともやってもらおう」


黄色い髪の少年はもう一人いた。もう一人の名前は、黄瀬川隆景。同じく違うクラスの同級生である。元春とは双子だが、こちらは髪型も性格も落ち着いている。

この二人は、剣道部のエース候補であり、龍神学園に二矢ありと言われる、この辺りでも有名な双子だった。


「いいよ!」


刀耶の返事は早かった。


「おい刀耶。この二人、強いぞ?」

「だから良いんじゃない」


刀耶は早くみんなに追い付きたかった。小さい頃からの癖で、基本的なことはしていたが、大人数ですると、自分のやっていた事が、ちゃんと出来ていたのかとても気になった。

それを確かめるには、やはり実戦が一番だと思った。

それに、みんなと仲良くなりたっかというのも理由の一つだった。


「まぁでも、烈には勝てる自信があるよ?」

「お、言ったなぁ!じゃあ二人の後に一本しようぜ!」


刀耶の挑戦的な言葉に烈も笑顔で答える。それを見て、双子も笑った。


「では、早速手合わせ願う!」

「はい!」


そして休憩が終わると、早速刀耶は、双子と烈を相手に試合形式の練習を行った。

結果は、悔しくも刀耶の全敗だった。


「あぁ、負けたーー!!やっぱり強いね!」


相当疲れたのか、刀耶は板間に倒れ込んだ。


「蒼井もなかなかやるな。俺ももう少しで負けていた。なぁ隆景!」

「はい。ですが私の時は、兄者の試合で蒼井が疲弊していたので、今度は最初にやりたいです」


両試合とも黄瀬川兄弟が勝ったが、実力的には僅差で、実家が剣術道場という肩書きは伊達ではなかった。負けた理由を挙げるとすれば、実戦経験の差かもしれない。


「刀耶がこんなに強かったとは……」


烈も何とか勝てたが、改めて刀耶の強さを感じていた。


「烈は大振りを直せば、もっと良くなると思うよ」

「でもさ、こうズバーンと決まったら気持ちいいだろ?」

「でも、それで負けちゃったら元も子もないでしょ?」


刀耶の言う通りである。すると、その話を聞いていた双子が、少し困った顔をしていた。


「どうしたんだよ二人とも?」

「いや、いつも持久戦に持ち込んで、烈の大振りを待っていた私達からすれば、まずいなと思ってな……」

「嘘だろっ!も、もしかして、二人に勝てなかったのって……!」

「まあいいじゃないか。これで、弱点が一つ消えたと思えば!ハッハッハ!!」


双子が笑った。そして元春は、まだ練習を続ける部員達に向かって声をあげた。


「よし、今年の目標は全国大会だ!いくぞみんな!!」


道場いっぱいに響いた声に、源四郎や近藤先生も嬉しそうだった。


「そういえば蒼井……」


さっきから隆景は、外からの気配を感じていた。しかし、やっとそれが刀耶に向けられているのがわかったのだ。


「名前でいいよ!」

「あ、あぁ。ではこちらも名前でいい。さっきから外に女子がいるんだが、だれだ?」


刀耶が入り口の方を見ると、そこには立花真菜が扉に手を掛け、片目だけ中を見るように覗いていたのだ。


「あ、真菜ちゃんだ……」


いつの間にか、刀耶は真菜の事を小さい頃のように名前で呼ぶようになっていた。


「お、なんだ、彼女か!」

「そんなんじゃないよ!」


茶化す元春だったが、刀耶は本当にそう思っていなかった。ただ、烈が呼んでいるのに、自分が呼ばないのはおかしいと気付いただけだったのだ。

刀耶が手を振ると、真菜は顔を真っ赤にして一目散に逃げてしまった。


「ねぇ烈、最近真菜ちゃんが話しかけてくれないんだけど、どうしたのかな?」

「しらねー」


道場の隅で笑っている源四郎。わかっているのに教えない烈なのであった。



ーーーーーーーーーー


龍神町から少し離れた所に、大きな食品工場がある。龍神町を含めたくさんの町に食材を運んでいる所だ。

深夜の工場に大きな袋を持った一つの影が忍び込んだ。プアだ。


「重かったー」


大人でも持てない大きさの袋を抱えた子供が言うには、とても軽い口調だ。息だって乱れていない。袋をドスンと工場の床に置くと、口を広げて、中に入っていたものに声を掛ける。


「よし、行っておいで!」


袋から出てきたのはネズミだった。一匹が出てくると、次々と袋から飛び出て、あっという間に袋が空っぽになった。


「10分くらいかな?」


そうして待つこと10分、ネズミ達は両手に食材を持ったまま帰ってきたのだ。


「ご苦労様!」


プアは、ネズミから食材を貰うと、次々に自分の口に放り込んだ。手が空いたネズミはまた食材を取りにいく。そのループを繰り返し、一時間もした頃には、工場中の食べ物が全て、プアの腹へと収まったのである。



ーーーーーーーー



再び戻ってアースベース。町の地下にあるこの広い施設には、誰も入ったことがない部屋が二つある。その部屋の一つに今、三人が入ろうとしていた。


「ここ、残してくれてたんだね。なっつかしい……」

「あぁ、私も地球を創り変えてから初めて入る……。本当に懐かしい」


周りの白い壁とは少し違う、だいぶ年季の入った扉の前には、ガイア、ヘルメス、緑川沙弥の姿があった。

錆びた扉をヘルメスは指でなぞった。


「あ、あの。私が入っていいんでしょうか?」


この部屋に、なぜ誰も入ったことがないのかというと、この部屋は、ガイア達家族のプライベートな空間だったからだ。そこに、人類初の突入をする沙弥はとても緊張していた。そんな沙弥に、ガイアは優しく言う。


「もちろん大丈夫ですよ。そろそろここも、活用しないといけないなと思ってたので。ちなみに、長官からは、この部屋の管理人を緑川さんに任せたと聞いていたんですが……」

「この部屋の事を聞いたら、緊張しちゃって……」

「沙弥ちゃん大丈夫?気にしなくていいよー。ここは僕から下の兄弟達が生まれた場所ってだけなんだからー」


それが、沙弥を緊張させている訳なのだ。この部屋は、ガイアが地球を創り変えた際に残した思い出のひとつ。

ドラッグの精神攻撃の際にみた場所ではなく、本当は、小さな倉庫の地下に作られた、秘密基地という名の小さな研究室だったのだ。

ガイアは、アースが獅子神と、アースベースを作るときに二つの場所を保存するように頼み、大切にしてきたのである。


「本当に模様替えしちゃっていいんですか?」

「大丈夫です。とりあえず、半分真空状態にしているとアースから言われたので、汚くはないと思いますが、アースベースのために使いたいと思います。それに……」


思い出だけ持っていても、前に進めないと、ガイアは思っていた。もうひとつの部屋も、いつかは手放さなければならない。


「それに……なんですか?」

「いえ、何でもありません。さぁ入りましょう!」

「じゃあ開けるよー!!」


ヘルメスがドアを力強く引っ張ると、外の空気を吸い込む音とともに、錆び付いたドアがギシギシと鳴った。


「うぉおおりゃ!!」


扉が開け放たれると、背中を押されるくらいの風が部屋に流れ込んだ。そして、貯まっていた空気が部屋から溢れ出てきて、ガイアの鼻に届いた。

懐かしい香りだった。オイルや金属の匂いが、ガイアの記憶を呼び起こす。ある時バーナーで机を焦がして、火事になりそうになった時の匂い。大雨が降って、浸水した次の日の匂い。朝から籠りきりの博士が開けたお弁当の匂いまでも思い出せた。


「なつかしいー!!」


部屋を覗いたヘルメスが、勢いよく入っていった。クルクル回って全体を見回すと、近くにあった机に手を置いて、笑顔になった。

部屋の広さはバスケットコートの半分くらい、マッサージチェアのような椅子が6脚置いてあるほか、工具が置いてある場所、資材が置いてある場所、資料が置いてある場所と分けられた、とても綺麗な研究室だった。


「ここが僕の席ぃー!!」


ヘルメスが自分の目覚めた椅子に座って目を閉じた。

彼が最初にみた景色は、博士の顔と兄の顔。嬉しそうな博士に、キョトンとした顔の兄が自分をじっと見ているのだ。その時は今のような性格ではなかったので、言葉が固かったかもしれない。しかし、二人はとても喜んでくれて、心が温かくなったのを覚えていた。


「これは……」


沙弥は資料が置いてあるスペースを見ていた。そこには、ガイア達のデザインや体の設計図を初め、買い物のメモや、電気代を払いに行く。などのメモも残されていた。

沙弥はそれを見て、思わずクスッと笑ってしまった。


「何かありましたか緑川さん?」

「あ、いえ。ごめんなさい。買い物のメモなんかもあるなと思って……」

「博士は掃除ができない人だったので、私達が気付いた時に片付けていたんです。捨ててはいけないものもあったので、とりあえず分けるだけでしたが……」


その光景を想像して、また心が温かくなった。


「ヘルメス、そろそろ片付けをするぞ」


はーい。と返事をしたヘルメスは立ち上がると、自分の生まれた椅子を名残惜しそうに触っていた。


「ヘルメスの椅子は、刀耶君が座るから綺麗にしておくんだぞ」

「えっ、捨てないの?」

「それを使って、私達の意識と、烈達の意識を繋ぐんだ。捨てられるわけないだろう?」


二つの意味でとガイアは言ったつもりだった。

そう、この部屋を烈と刀耶がガイア達と意識を合わせられる部屋にするのが、今日ここに来た理由なのだ。

というのも、ヘルメスの合体には、刀耶の力が必要だとブレイブは言っていた。そこで、ガイアとアースの力を参考に、ここに互いの意識を繋ぐ部屋を作ろうというのだ。

これだと、それほど深く意識を繋げないから、ドラッグのような精神攻撃を受けた時にも安心だし、アースも戦闘の間、自由になる。烈にも、毎回飛び込んでもらわなくてもいい。


「さぁ、まずは掃除だ。溜まっている資料や資材、工具類を片付けるぞ!」


そこから大掃除が始まった。ヘルメスは工具、ガイアは資材、沙弥は資料を片付けていく。


「兄さん、この道具ってシゲちゃん達に渡しちゃ駄目なの?」


ヘルメスが片付けている工具は、ほとんど片付ける必要がないほど綺麗に片付けられていた。するとすれば、手入れ位だと、ヘルメスは道具を磨いていた。


「いや、壊れてなければいいじゃないか?皆さんが必要かはわからないが……」

「欲しいです!!」


必要である理由は、数が足りないという訳ではない。ただ、沙弥達にとって神様の道具を使いたいというだけの理由だ。特別な道具はないが、繁雄達がここにいれば、すでにこの部屋ではお宝争奪戦が開催されていたであろう。


「電子レンジに、炊飯器、掃除機……。本当に私達の体に家電製品が使われているのかと思うと、博士の才能を感じざるをえない」


ガイアが片付けているのは、端から見れば粗大ごみ置き場。家電製品を始め、ネジや塗料、一斗缶に入った油もある。


「でもさ、博士の手元って魔法みたいじゃなかった?入っていく量と、出ていく量の質量保存の法則が、成立してなかったよね?」

「さすが神様ですね!」


博士から見るとそれは命を作るDNAだったのだ。大量の情報を小さく小さくまとめて、組み込む。一つの機能が沢山集まることで動くのは、人間と同じだ。


「皆さんって、六人兄弟なんですよね?」

「そうですね」

「なんで六人なんですか?」


資料を片付けていた沙弥は、兄弟達の設計図をまとめていた。六人分のデザインと設計図には、力強い文字で沢山の事が書いてあった。後は、何か思い付いたのだろうか、チラシの裏に書きなぐられたアイディア。しかし、沙弥にはさっぱりわからなかった。

そしてふと、何故六人なのか疑問に思ったのだ。その問いに、ガイアは思わず笑ってしまった。不思議に思った沙弥が首をかしげると、ヘルメスが答えてくれた。


「あぁ、それね。戦隊ヒーローだよ」

「えっ?」

「何とかレンジャーっているでしょ?博士はロボットも好きだけど、戦隊ヒーローとかも好きだったんだ。だから僕たちは、地球を守る正義のヒーローなのさ。まぁ兄さんが緑だから、なんとも言えないんだけどね!」


ヘルメスも思い出して笑っていた。

そっか。と神様も男の子なんだなと気付き、沙弥も笑ってしまっていた。

その後は暇になったヘルメスが、沙弥の手伝いをし始めたが、掘り出した資料を懐かしがってずっと見ていたので、ガイアが床や椅子の拭き掃除、ゴミの持ち出しをさせた。


「いやー終わったね!」


二時間ほどで部屋に元々あった機材以外は、片付けられた。工具は技術課のじゃんけん大会へ、資材はリサイクル、そして資料は、電子化してUSBに保存された。


「お疲れ様でした!」


体中真っ黒になった三人だったが、その分清々しさを感じていた。


「今日はこれくらいにして、明日から作業にかかりましょう。まずは汚れを落とさないと……」

「沙弥ちゃん、めっちゃ汚ーい!」

「ヘルメスさんも汚いですよ!」


笑う二人を見て、ガイアも笑った。そして、この部屋の新たな管理人にバトンを託そうとした。


「では緑川さん、改めてこの部屋をよろしくお願いします」

「はい!」


沙弥もこの部屋を掃除して、ガイア達がどんな思いで生まれたのかがわかった。そして、博士からの想いをガイア達はちゃんと全うしようとしている。だから自分も頑張らないと、と思ったのだ。


「あ、いたいた!」


すると向こうから、アースベース機動部隊隊長の青山が走ってきた。


「ガイア、ヘルメス。掃除は終わったか?終わったなら、ちょっと手伝って欲しいんだが……」


青山の服装を見るに、すぐに出発するのだろうと二人は思った。


「ヘルメス、行けるか?」

「当然!」

「青山さん、話を聞かせてください」


部屋を沙弥に任せ、ガイア達は体の汚れを落としながら、青山とともにワゴン車に乗り込んだ。そこで、今回の目的を聞かされた。


「食品泥棒?」

「あぁ。最近、龍神町の周りにある食品工場で食べ物が無くなる事件があってな。それも一つや二つじゃない。全国に発送する生鮮食品から、保存のきくものまで貯蓄している分が全部無くなっているらしい。一応警察に届けてはいるが、量が量だからな。調査をしようということになってな」


ワゴン車に乗っているのはガイア、ヘルメスを合わせて七人。車の中で青山はタブレットを見せてくれた。そこには、ここ数日で起こった食品泥棒の被害について、地図と合わせて示されていた。確かに、簡単には持ち出せる量ではない。


「で、今回はどこに?」

「龍神町の食品工場だ。最近起きている事件で、まだそこだけ被害を受けてない」


青山はタブレットで、今から行く工場を見せてくれた。


「犯人はどんな奴なんだろう?」

「わからない。だが、もしロストアイランドが関係しているのなら、いかなければならない。」


もしドラッグのように、後々町に被害が出ることになれば、人々の安全を確保するのが困難になる。なので、今回は調査も兼ねて、青山達が工場の防犯システムを確認することになったのだ。

外はすでに暗くなっており、車が工場に着く頃には、工場も閉まっていた。車から降りると、青山はほかの隊員達に工場に入るように命じた。


「じゃあ、僕はドローンで周りを見てみるね!」


ヘルメスがドローンを飛ばした。来るときに一応は工場の周りに不審な車輌がないかチェックしたが、念のため操作に長けたヘルメスが細かく見ることになった。


「青山さん。私は何したらいいですか?」

「ガイアは俺と一緒に待機。泥棒が来たら捕まえにいく!」

「わかりました」


すると、中に入っていた隊員達から通信が入った。中の食材が全て無くなっているらしい。


「何だと……。この工場が営業を終了して、まだ一時間だぞ。俺達が来る前に全て運び出すのは不可能なはずだ……」


すると青山の視界の端、工場から何か出てくるものを捉えた。


「青山さん!どうしたんですか?」


青山は、工場から出てきた小さくて素早っこいものを咄嗟に追いかけていた。青山が世界を旅して経験したなかで、アフリカで学んだ狩猟術が役に立つ。

周辺の地形の地図はすでに頭の中に入っている。後は逃げ場を狭くするように追い詰めて。

逃げている者の手を掴んだ。


「ちょっと待ってくれ!」


逃げている正体は、少し前から見えていた。大きな袋を背負った小さな子供だ。ボロボロの服を着て、足も裸足。手は掴んだものの、子供は青山の方を見ずに、逃げようとしている。


「どうしたんだい?」


すると青山は、手を掴んだまま中腰になり、子供と目線が合うようにして、優しく問い掛けた。これも世界を旅してみて、どの国でも通じる子供との最初の話し方だ。


「ここは危ないよ?お父さんとお母さんは?」

「……そんなのいない」


子供の声が聞こえた。寂しそうで、少し諦めたような言い方だ。しかし、声が聞こえれば青山の勝ちだ。


「ここで、何してたの?」

「関係ない……」

「そっかー。でももう夜だし。家が近くなら送るよ?」


こういうときは、寄り添うのが青山流の対話術だ。頭ごなしに言うのは青山自身が嫌いなので、他人にもしない。彼の信条だ。


「離してよ……」

「でも、お兄さん心配だな」

「関係ない……」

「もう君と話したから、関係なくないよ?」


どうにかしてこっちを向いてもらえないかと、顔を覗き込むが、子供は横顔すら見せてくれない。


「それにしても大きい袋だね?何が入ってるの……」

「さ、触るな!!」


青山が触った瞬間、中で何かが動いているのが感じられた。青山の手が咄嗟に戻り、子供の手も離してしまった。


「ちっ、せっかく見逃してやろうと思ったのに……。始末するしかないじゃないか」


先ほどとはうってかわって、子供は大人びた物言いになった。持っていた袋を下ろすと、ドスンと異様な重さが感じられる音がした。

子供が振り向こうとしたその時。


「青山さーん!何かありましたかー」


ガイアの声が聞こえた。


「機械人形?!なぜここに……。そうか、お前も仲間だったか。まあいい。ここでまとめて始末する」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


すると、子供は袋の口を開けて、暗い森の中に消えていってしまった。


「青山さん、どうしたんですか?」


座り込んでいる青山を発見したガイアが近づいてきた。


「いや、子供が……」

「子供?」


あの子供の違和感を、青山はまだ理解できずにいた。あの服装、話し方。そういえば、手を掴んだときの感覚が……。

と思ったその時。子供が置いていった袋が不自然に動き始めた。


「危ない!」


ガイアが咄嗟に青山を突き飛ばした。青山は木にもたれ掛かるようにして止まったが、ガイアは後ろに吹き飛ばされていた。


「ガイア!!」


ガイアの方を見た青山の耳に、ネズミの鳴き声が聞こえた。だがそれは、普通のネズミより大きく、重量感のある低い声だった。

大きな袋があった場所を改めて見ると、そこにいたのは人間の三倍はありそうな巨大なネズミ。茶色の毛皮に真っ赤な瞳、口から覗く歯が包丁のように闇夜に耀いていた。


「青山さん、逃げてください!」


ガイアの叫ぶ声が聞こえたが、すでにネズミは大きく口を開け、青山目掛けて鋭い歯を立てようとしていた。

体に歯が刺さるその時だった。


「タイムストップ!!」


寸での所でネズミの体が止まった。ネズミの息遣いが、青山の顔に当たる。


「離れろ!」


同じ声に、ハッとした青山はガイアの方に走っていった。


「兄者!!」

「ボルトハンマー!!」


星が見えるほどの夜空から突然、雷が落ちてきて、ネズミに直撃した。周辺一帯が昼のような明るさに包まれるなかで、巨大なネズミは炎を上げて燃え尽きた。


「大丈夫ですかガイア兄!」

「遅くなり申し訳ありません。助けに参りました」


空からの声に、ガイアが見上げると、こちらに向かってロボットが二体降りてくるのが見えた。

その姿は初めて見たが、声はとても懐かしい。


「来てくれたか……ゼウス、クロノス!!」


ガイアの兄弟で双子として生まれた兄弟である。

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