第92話

”forest story”(指輪物語)



「へ、変態?痴女?」

気がつくと私は、彼を壁に押し付けてクンクンと匂いを嗅いでから耳の後ろをペロリと舐めていた。


街中ですれ違った女の子にいきなり腕を掴まれ人気の無い路地裏に連れて行かれてこんな事をされたら誰だってそう思うだろうと思う。

私だってやりたくてやってるわけじゃない!

私は、"調香の魔女"魔力を持つ素材を使い様々な効果がある魔香水を作る事を生業にしてる。

魔香水の効果としては、気持ちを落ち着かせたりする物から気になる相手を自分に恋をさせる等ちょっとした魔法洗脳薬に近い物もある。


今、通りすがりの男性を捕まえてクンクン・ペロリとしているのは、彼から"とっても良い匂い"がして我慢出来なかったからだ。

私は、調香の魔女だけに非常に匂いに敏感だ。

それに調香の魔女の能力で毒耐性があるので大抵の物は舐めて味や魔力の有無を確認する癖がある。

普段、人間相手にこんな事をした事は無いけど気が付いたらやってしまっていた。


私の肩にかけたトートバッグからフェレットの使い魔"三俣みつまた"が顔を出して「おい、おい薫子かおるこ!何をやってるんだ?オッサン目を白黒させてビビってるぞ!」

三俣の言葉ではっ!と正気に戻った。

常識的に考えて痴女と言われても仕方ない事をやっていた自分に愕然とする。

一体私は、どうしてしまったのだろうか?


目の前男性から手を離しボーっとした私に代わり三俣が男性に話しかける。

「すいませんね旦那、この娘は魔女でしてねぇ。ちょっと常人とは違う行動を取ってしまう事があるのでご迷惑をお掛けしました。すいませんです。ハイ」

「えっ?魔女?本物の?うわー初めて魔女に会ったなぁ。普通の女の子なんだね見た目は」

私を繁々と見る男性。

よく見ると少しポッチャリした丸眼鏡のおじさん。

「いやぁ、見た目は若い娘ですが実年齢はかなり上なんで騙されてはいけまんぜ旦那」

三俣が余計な事を言っている。

まあ、見た目は高校生だけど実際はギリギリ二十代。

「ふぇー見た目は可愛いんだから年齢なんか関係ないと思うけどな」

可愛いだなんて!もっと言って良いのよ。

普段、子供っぽいとか言われて誰も私の魅力を認めてくれないんだから。

「ほら!薫子もボーっとしてないでなんか言え」

三俣に促されビクっとしてから。

「す、すいませんでしたいきなり。私は"調香の魔女"菅原薫子です。貴方からとっても良い匂いがしてどうしても我慢出来なかったので・・・」

「僕は高雄雄大たかおゆうだい彫金師をしています。でも僕みたいな中年のオッサンから良い匂い?嬉しいなぁ。こんな僕の匂いなら幾らでも嗅いで下さい」

ニコニコしながら言うおじさん。

「おい、薫子。失礼をしたお詫びに高雄さんをお茶にでも誘え!気が利かないなぁ」

三俣に言われてまたハッとして。

「お、お詫びにこの近くにあるケーキ屋さんでケーキとお茶を奢らせてください」と一歩下がって頭を下げる。

「嬉しいなぁ。ケーキ大好きなんですよ。この近くと言うとコ○ンバンのかな?僕、あそこのクラッシックなショートケーキと濃いめのコーヒー大好きなんですよ」

あら?私と同じ物が大好きな人なんて珍しいわね。

魔女の師匠達は結構高齢で老舗のケーキとかを昔から愛用していて宮内省御用達のお店なんかを未だによく使う。

田舎から出てきて餡子師匠の家で出されたクラッシックなショートケーキ今の時代中々無い濃厚なクリームの味が私を虜にしたのだあれ以来私の台のお気に入り。

私は、自分と同じケーキが大好きと言う高雄さんの腕を取りニコニコしながら店に向かった。

急に初対面の女の子に腕を絡められた高雄さん今度は顔を真っ赤にしながら引っ張られて行く。

ケーキ屋さんのサロンに入ると顔馴染みの店長さんが「あれ?薫子さんと雄大さんはいつの間お付き合いしだしたの?」

私は絡めていた腕をパッと離し「いいえ、付き合ってなんかとんでもありません!し、初対面ですから!」と上擦った声で言う。

高雄さんも「ハイ!初対面です」と上擦った声で言った。

「高雄君は小さな頃から知ってるけど雲母きららちゃん以外の女の子は苦手で近づかないのに珍しいと思ったし薫子さんも親族以外の若い男性は苦手な匂いがして近づけ無いと言ってたからてっきり付き合っているのだと・・・そうか、初対面か、なるほど。それよりもケーキを食べに来たんだよね?さあ、こちへご案内致します」

メニューを持って店長さん一番奥の個室に近いボックスシートに二人を案内した。

二人が向かい合って座るとトートバッグの中の三俣に声をかける。

「三俣君、悪いけど君の一族の使い魔、猪俣君の所にクッキーを届けてくれるかな?猪俣君の主人、瑪瑙ちゃんがこの前、調子の悪くなって枯れかけた観葉植物を魔法で治療してくれた御礼なんだ」

ヒョコっとトートバッグから顔を出した三俣。

高雄さんと私の顔を見た後に店長さんと頷き合い。

「そう言う事ならお使い承ります。店長さん気を使って頂きありがとうございます」そう言うとフワリと浮いて。

「小一時間ほどで戻りますんで高雄さん薫子さんとお話してて下さいな」

店長さんに付いてスーっと飛んで行ってしまった。

二人してモジモジしていると古株のウエイターさんんの磯村さんがショートケーキと銀のポットに入ったコーヒーとコップのお冷を持って来てくれた。

二人の前に其れ等を置くとテーブルの上にあったメニューを持ち上げ。

「この二人とも店に来たらショートケーキとコーヒーしか頼まないんだからいい加減店長もメニューを出さずにいれば良いのにな。真面目なんだから。ねえ?」

そう言えば店長さん以外の人が案内してくれた時にはメニューが出てこないで直ぐにショートケーキとコーヒーが出て来たな。

目の前の高雄さんも「そういえば・・・」と呟いてる。

磯村さんが「それでは失礼しますごゆっくりどうぞ」と伝票を置きメニューを持って下がって行った。

「なんだか趣味が似てますね。私達・・・」

「いやぁ、本当に。あっ冷める前にコーヒーを飲みましょうか。お砂糖とミルクは?」

私は小さくなりながら「最初の一杯は薔薇の形の砂糖を二つとミルクをほんの少しだけ」と言うと。

「わぁ、そんな所も僕と同じだ。嬉しいな」と砂糖を入れたケースから私のコーヒーカップに砂糖を入れてくれ銀のポットから濃い目のコーヒーを注いでくれた。

超特急で飛ばして薫子さんの師匠の餡子さんの所にいる瑪瑙ちゃんの使い魔、猪俣君の元にやって来た三俣君。

しかし、まず目に付いた魔道具作りの粒餡の魔女、餡子さんの使い魔で、従兄弟の勝俣さんに「大変だ!薫子さんが、恋に落ちたぞ!」と告げた。

「なに?あの男嫌いの薫子さんが?」

勝俣さんもビックリしてる。

「何?何?恋バナ?」と餡子さんや瑪瑙ちゃんに一緒に修行している"たると"ちゃんがやってきた。

餡子さんのお姉さん魔女の黒蜜おばばの所を出て製薬用の魔道具を共同開発中で居候中のバーバ・ヤーガさんとその使い魔のシナモンが集まって来る。

遅れて来た猪俣君にクッキーを渡す。

「さっき、街を歩いていたら薫子さん。いきなり通りすがりの中年オヤジを掴んで暗がりに連れ込んで壁際に押し付けたかと思ったらクンクン匂いを嗅いでいきなり耳の後ろをペロリと舐めたんだぜ!」

「あーー、それはもう求愛行動だね、もう。あの子、男嫌いだけど自分にピッタリ来る男以外は受け付けないんだよ。調香の魔女の能力のせいだとおもけど」と餡子さん。

「やっぱり。そうだと思ったんですが当の本人二人は全く気が付いて無いみたいなんで・・・ケーキ屋さんの店長さんだって良い雰囲気の二人を見て二人っきりにさせようとクッキーを自分に持たせて瑪瑙ちゃんとここへお使いに出させたくらいなんですがね〜」

「いきなりクンクンして耳の後ろをペロリ?ヤダーまるで痴女〜。求愛行動?やるわねぇ薫子さんも」

一時期魔女の指導をしてもらった"たると"ちゃんが溜息を吐きながら言う。

(『先を越されわね薫子さんにも』と小声で言ってたのは皆スルーしてる)

「ふーうん。でも三俣の言う通りスンナリ行きそうに無さそうだねぇ。薫子は媚薬なんて簡単に作れるのにそう言う方向はからっきしポンコツだから・・・」と餡子さん。

三俣君の話しを聞いてから顎に手をやり首を捻っていた勝俣さん「すれ違い様に匂いで分かる運命的な出会って・・・蜜と人郎君見たいな話しだな」

それを聞いた一同『確かに』と頷き合った。


そんな周りの心配の通りに鈍い二人。


「薫子さんとだと自然にお話し出来て不思議だなぁ。雲母以外だと若い女性は昔から話すのが苦手で」

「あら?さっきも店長さんが言っていたけど雲母さんて恋人か奥さんなの?ごめんなさいねパートナーがいる方にあんな事をして」

するとあたふたしながら高雄さん。

「違いますよ!恋人だなんて!従姉妹なんですよ雲母は、正式に診てもらった事は無いですが祖母が魔女と言うか皇家の長老で巫女を昔やっていた人で生まれたばかりの僕を見て男で魔女に成れないが強い魔力を持っているので呪具作りの道に進ませてはと告げたので小さな頃から呪具作りの師匠に預けられ。その一環で学んだ彫金を活かして宝飾細工の仕事をしてます。今時、呪具なんて需要が無いですからね。あと普通は魔力を持っているのは魔女になれる女の子達ばかりなので僕は従姉妹でほんの少しだけ魔力持ちの雲母以外は受け付けなくて」

「まぁ!魔力持ちの男性!!珍しいわね。初めて見たわ。だから貴方はあんなに良い匂いがしたのね。納得したわ。それに呪具りに彫金師なんて素晴らしいじゃないですか」

「そうでも無いんですよ。僕、気をつけないとアクセサリーを作るとなんらかの呪具になってしまうんですよ」

あらあら。

何だか凄い能力なのに残念な感じね。

「それに長年使ってる道具が呪具になったり付喪神になってしまい、家だって長く住んでるとおかしな現象が起こるので今住んでいる自宅兼工房も追い出されてしまって。家財と仕事道具は今、皇本家の蔵にしまってますがこれでは仕事にならないし。今日も不動産屋さんを回ったのですが僕は不動産屋さんでは有名人らしくて何処も貸してくれなくて・・・」

無意識のうちに私は高雄さんの手を握り。

「私の家、とっても広くて一人暮らしなの一緒に暮らしましょ」と言っていた。


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