流れ者が行き着く先

@mumyou

第1話 世界の理と神霊の力

1・五つの世界


 世界を創造する神々は、すでに4回の失敗を犯していた。


 第一界は神々が一切の介入をすることなくあるがままに任せた結果、力がすべてを支配する混沌の世界となる。

 第二界は第一界の失敗を繰り返さぬべく、神々が秩序を重んじる世界とした結果、競争が生まれず変化の見られない停滞の世界になった。

 第三界は第一界と第二界の失敗を踏まえ力と秩序のバランスを重視した世界とし、大いなる発展を遂げた。しかし際限なく発展を続けた結果、そこに生きる知的生命は自らの文明を破滅に導いてしまう。

 第四界は第三界での経験を活かし、知的生命に対する『天敵』を用意した世界だった。これは知的生命が際限なく力を持ち、自らを破滅させることのないようにするための措置だったはずだが、『天敵』とのいつ果てるかもしれない戦いの日々に疲れ果て、希望を持てない世界となってしまった。

 それらすべての過去を総括し、これが最後との決意のもとに作られた第五界は第四界を基礎に作られた。しかし戦いの連続で疲弊した第四界の失敗を繰り返さぬべく、神々は人界への介入もしばしば行うようになっていた。


 そんな第五界にある大陸の一つに、ラスタリアというものがある。大陸を東西に分断する巨大な山脈を隔て、北東には神の加護を受けた人類国家[神聖シルヴァンス皇国]があり、南西部は長らく人と亜人種が割拠する乱世が続いたものの、近年になり覇権国が誕生し、最終的には[ユージェ統一連合]として新たな船出をしている。それら両大国の外延部には[辺境州]と呼ばれる自治都市国家があり、元からそれらの地域に住んでいたものに加え、両大国での居場所を失った者の行き着く場所としても機能している。


 そして大陸の中央北側、勢力図では皇国側支配下の辺境州となる[ザイール地方]にある一家が流れてきたことが、ラスタリアの歴史に一石を投じることになるのだが、今はまだ平穏な日々が続いていた。



2・奇跡の御業の行使


『いいかい?君たちもよくお世話になる神官たちが奇跡の力を行使できるのも、すべては[神霊術]と呼ばれる術から来るものなんだ。まずはこの神霊術の基本である、神的な面から説明していこうかな。』


 子供たちを前にそう講義を繰り広げるのは銀髪が印象的な若い男で、名をフレッド・アーヴィンと名乗っている。実はこの名は偽名で事情を知る一部の者以外には本名を明かしていないが、1周期ほど前に両親と村近くに越してきて以来、ことあるごとに村人の悩みを解決し[都出身の博識な若者]としての評判を得ていた。しかし定まった職には就いておらず、便利屋的に村人の依頼をこなす生活を送っており、そのため教師がいない村の子供に知識を伝える役目も任されていたのである。


『でもね、誰もがこの力を自由に使えるわけではないんだ。この力は言うなれば[神頼み]であり、実のところ願ったことが実際に起こるかはやってみないと分からない。中には、あえて願いを聞かなかったり願いを悪い方向に叶えるようなロクでもない神や、それに近いものが存在したりもする。』


 子供たちは静かに話を聞いていたが、ここまでの話を聞いて疑問が沸いたのだろう。そのうちの一人が挙手し、発言を求める。それに応じ、フレッドは説明を止め発言を許可した。


「先生。神官様たちの御業は[神頼み]というお話でしたが、神官様たちが失敗しているのを見たことがありません。本当に何が起こるか分からないようなものなのでしょうか?」


(辺境区とはいえ皇国の勢力圏内だけあって、やはり教団の影響力は強い。彼らの神官に対するイメージを損ねないようにしつつ、真実を伝えなければならないね)


『君たちもよく知っていると思うけど、神官たちはとても厳しい決まりを守って日々を送っているよね?朝はとても早起きで毎日の祈りを欠かさず、教会を訪れる者には分け隔てなく手を差し伸べたり、まあとにかく簡単な生き方じゃあない。彼らはどうしてそんなことをしているんだろうと考えたことはないかな。』


 そう質問されても、答えられる子供は一人もいなかった。神官とはそういうもの、という常識があるために「なぜ?」と考えたことはなかったのだ。それは子供だったからではなく、大人も含め皇国の人間は大半がそうだったろう。


『実はそこに、神官たちの御業がめったに失敗しない理由があるんだ。彼らは彼らの信じる神が定めた教義を忠実に守る代わりに、こう神にお願いする。「あなたの教義を忠実に守る私めの願いを、どうかお聞き届けください」とね。そう囁いているのを聞いたことはないかな。そして神も、日頃から自分を信じて生活している者の願いであればその通りに叶えてやろうということになる。いつもは「神なんか知らない」と言っている者が困ったときだけ神にすがることもあるが、神にしてみたら「お前こんな時にだけ縋ってきて図々しいな」となる。そして、そういう場合は信心不足でだいたい悪いことが起こるって訳だね。』


 神や、そのしもべたる神官は神聖不可侵の領域にあるものというイメージを持っている皇国の子供にとってはやや衝撃的な話だったが、悪意を持って貶めるような話でもなかったために反発はなかった。もっとも、フレッド自身がどちらかと言えば信心不足な側の人間であることを悟った子はいただろう。


『だから御業を失敗しない神官は、教義を守っているという点においては本当に立派なんだ。もし彼らに助けてもらうことがあったら、神だけではなく神に願いを聞いてもらえた神官の、日々の行いにも感謝できるといいね。』


 あまり反発的なことばかり言って異端審問官が押しかけてきても面倒だし、これくらいのフォローは必要だろう。それにしても、事実を述べるだけで危険もあるとは宗教って厄介なものだ……などと考えつつ、神霊術の一面においての締めに入る。


『ただ、さっきも話したように、誼のない神やそれに近い存在というのは……まず間違いなく好ましい結果をもたらさない。一時的にいい思いができたとしても、後に必ずそれ以上の対価を要求されてしまうんだ。ほんの遊びで何かを呼び出す儀式を行う者もいるが、呼び出される側も遊びと考えてくれるとは限らない。もしそういったことで誰かに誘われても、信用できる人以外の話には乗らないようにね。』



3・存在が内包する霊的な力


『次は神霊術のもう一面、霊的な部分についての話だね。霊というとみんなは幽霊だったり悪霊だったり、この世ならざるモノって印象を持っているのだと思う。それは間違っていないけれど、完全な正解というわけでもない。なぜなら、この世界に自然と存在するものは何もかも、私たち自身ですら広い意味では霊になるんだ。ちょっと難しいかもしれないけど、そうだな……』


 この[霊的な部分]は都の専門的な学校で学ぶようなものだったが、この場で教えるのは術の行使ではなくその考え方のみであり、それを知って神霊術に興味を持つかどうかを調べるのがフレッドの目的であった。もっとも、その触りの段階で「難しすぎて無理」という印象を持たれては適性があったとしてもその道には進まなくなる可能性が高い。できるだけ分かりやすく伝える必要があったのだ。


『例えば大怪我をして、生きてはいるけど会話もできず自分の意思があるのかも分からない人がいたとする。これは、[人として生きてはいるが、人の霊は死んだ、もしくは消えた]という状態なんだ。私が私であるのは、肉体としての私が生きていて、同時に霊としての私もここに存在しているからに他ならない……ということだね。そしてもし、何かしらの理由で私の霊的部分が肉体から抜け、戻ってこれなくなれば私の霊的部分は居場所を求めさまよう幽霊になってしまうんだと思うよ。幸い、そうなったことはないけど。』


 具体例を交え簡単に説明したつもりだったが、それでもかなり難しい話になってしまったとの思いはあったものの、最後まで話を終えてから興味を持った子には個別に教えようと考え、フレッドは話を続ける。


『それはともかく、こういった[存在に宿る霊的な力を行使する]のが神霊術の霊的な一面なんだ。これは神的な面ほど[神頼み]になることはないんだけど、人以外の何か、いわゆる霊的なものにお願いを聞いてもらうという点では同様だね。つまり、霊と仲良くできなければ術は失敗しやすくなる。神ほどの力を持つ霊ってのがほとんどいないから、失敗したときの被害も神にお願いした時よりは軽いけど、その代わり神にお願いする時と違った制約がある。』


 難しい話だが、子供たちは熱心に聞き入っている……ように見える。内心でどう考えているかは別問題だが、居眠りするほど退屈とは思われず済んだようではあった。


『霊というのは、最初にも触れたけど霊の居場所となる存在と共にあるのが自然なんだ。例えば火の霊の力を使いたいならランタンや松明の火がある場所、水の霊の力を借りたいならば泉や池、川など水の多い場所でなければ使いにくい……と言えば分かりやすいかな?。いつでもどこでも、神さえその気になってくれたら奇跡が起こる神的な力とは、そこが大きく違うね。』


『だから、神霊術に興味がある子は霊的な存在を感知できるような人に方法を教わり、霊的なモノと仲良くなってお願いを聞いてもらう所から始めるといいよ。人とは異なる存在と仲良くするのは大変らしいし、私もそれはできないから私に話せるのはここまでだけれど、神霊術に長けた知人を紹介するくらいはできるから。』


 さすがに集中力も切れ始めているだろうし、この辺りで一息入れたほうがよさそうだ……と考え、フレッドは神霊力の講義の終了を伝える。かく言う自分もしゃべり通しで喉も乾いたし、やっぱり疲れてはいたのだが。


『では神霊術の話はここまでにしておこう。みんないったん家に帰って、ごはんを食べたらまた集まってくれればいいからね。』



4・忍び寄る争乱の使者


 フレッドが教室にしているのは、ここヘルダ村でも最大の建物である宿屋兼酒場[酔いどれ羊亭]のまき小屋である。もっとも、まき小屋とはいえ宿や酒場で使う量の一定期間ぶんを確保しておけるだけのスペースはあり、並の一軒家よりも広いほどであった。子供たちを見送った後、喉を潤そうと裏手にある井戸へ向かった際に物陰で潜む気配を感じたフレッドだったが、それには目もくれず井戸の水を汲み上げる。


「将軍……お探ししましたぞ。なぜ我らを見捨て、国を出てしまわれたのですか?いま、国は変革の名の下に武門は取り潰し、豪族も廃止と混乱を極めております……」


(まだ1周期ほどしか経っていないというのに、もう居所が割れてしまったのか。しかもわざわざ越境し、大山脈を越え皇国勢力下にまで来たという手間までかけたにもかかわらず……ただ、暗殺者の類ではなさそうなのは救いか。)


「クロト様、どうかお戻りください。そして武門を束ね、ユージェの真のあるべき姿を取り戻すのに尽力していただけないでしょうか?」


『私の名はフレッド・アーヴィン。あなたの言うクロトという男はたぶんもうこの世にいませんよ。ところであなたは、そのクロトという男が最後に何と言ったか覚えておいでではないのかな?』


 いつ子供たちが戻ってくるか分からず、この男もこちらに敵意を向けてはいない以上、できるだけ穏便に事を済ませてしまおうとフレッドは説得を試みる。


『彼は最後に「ユージェが統一連合として皇国に対抗しうる存在となるためには、人も亜人種もなく、武門も豪族もなく、国難にはすべての民が一致して当たるような、名実ともに統一連合と呼べる国にしなければならない」と、そう宣言したはず。そしてその実現の第一歩として武門の筆頭たるハイディンの家を自ら断絶し、範を示したのでしょう。その瞬間に、あなたの言うクロト=ハイディンという男はこの世から去ったのですよ。』


 もっとも、こうして未だに過去の夢から醒めない者も少なくはなく、範を示したところで賛同者より「やっかいな競争相手が自ら消えてくれた」と喜んだ者のほうが多かったが、それでも統一までに出た犠牲者に想いを馳せれば、統一後に丸々と肥えたところで皇国に食われる……という未来だけは甘受しえなかった。今すぐに皇国が侵攻することはないだろうが、いずれ領内が発展しつくし辺境州と呼ばれる場所もあまねく開発されれば、残るは別の地域の領土しかないのである。皇国と統一連合はいずれ戦うことになる運命なのだ。


『しかし残念ながら……彼の想いはまったく、これっぽっちも伝わらなかったようですね。統一連合内で揉めているうちに皇国の準備が整い、いずれは蹂躙されてしまうのでしょう。武門だけが戦うなどというやり方では、数に勝る皇国に抗しきれるはずもないですから。クロトとやらも、あの世から生暖かい目で祖国を見ていることでありましょうな。』


 自分のしてきたことは、結局のところ何の意味もなかったのか。その自虐の想いからついつい毒を吐いてしまったフレッドだが、これくらいは許されるだろうと詫びは言わなかった。そして物陰に潜む男もこれ以上の会話は無意味と悟ったのか、無言のまま立ち去ろうとしていた。ただ、自分が悪いことをしたとは思わないが、わざわざこんなところにまで足を運んだ男の労力には頭が下がる思いだったので、去りゆく背中に一言投げかけた。


『武門は潰えども、その心意気を忘れなければ武人としての矜持は守れます。おそらくクロトとか言う男も、その想いを胸に秘め家の断絶を決めたのでしょう。家に縛られることのない、新たな国に合った新たな生き方を見つけてください。それが武門最後の筆頭が抱いた、すべての武人に対しての願いでしょうから。』


 男は振り返り、一礼して去った。これでこの問題はひとまずの終結を見るかに思えたが、長い目で見た場合そうはならなかった。男がユージェに帰り、とある酒席で酔った際「クロト=ハイディンに会ってきた」と口を滑らせてしまったのだ。そしてその話を聞いたユージェ首脳部の数名がクロトの帰還を恐れ追手を放つのだが、それはまだしばらく先のことである。

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