ファンタジーな100のお題シリーズ
001:時計
コツ、コツ、コツ。
神経質な音を立てて、聡美はしきりにデスクを爪で叩いていた。
「あ~~~、もう!!」
声を荒げて、ぼさぼさの髪をさらにかきむしる。
「だめだ、浮かばない!! どうしよう、締め切りはもう明日だっていうのに……」
目の前には真っ白なPCの画面。頼まれた記事の執筆は、明日の12:00必着のはずだったが、まだ一文字もタイプしていない。
「なんかこう……アイディアはあるのよ。アイディアの輪郭ってやつ? でもそれが形にできないって言うかぁ……」
誰もいない部屋で、誰にともなく独り言を呟く。
目の前の置き時計は、すでに真夜中の0:00を回ろうとしている。
「逆に考えるのよ、聡美。”あと12時間もある”ってね! A4原稿の12ページなんてあっという間。1時間に1ページ書けばいいってことでしょ! 楽勝よ、楽…勝……」
自分で言っているうちにますます虚しくなってきて、自らを奮い立たせるはずの言葉は白い原稿へ静かに吸い込まれてしまった。
―—カチ、カチ、カチ。
そうこうしている間にも、時は無常にも刻まれていく。
「ダメだ、時間を意識しちゃうから集中できないのよ! そうだ。時計を見えなくして、時間を忘れればいいんだわ!」
つかつかと時計に歩み寄り、ガシャンと音を立てて時計を伏せた。
「これでよし、さぁ、全神経を執筆に集中よ!!」
―— シーーーン……
静まりかえった部屋の中で、聡美の思考は加速していく。
(さっきよりも集中できてる。いける! これなら書き上げられそう……!!)
―――それからどれくらい時間が過ぎただろうか。
「……えいっ! 送信!」
何とか書き上げた文章を、ろくに見直しもせず、メールに添付してクライアントに送信した。
「はぁ、何とか送った……」
凝り固まった肩をグルグルと回しながら、先ほどひっくり返した時計を恐る恐る持ち上げる。
目の前の時計は、『12:00』きっかりを指していた。
「やった! 間に合った~~……」
目にも安堵の涙が浮かんでくる。
「さーて、ほっとしたらお腹空いちゃった。 あっ、コンビニにお菓子でも買いに行こう~っと♪」
財布をポケットに入れ、るんるんと鼻歌を歌いながら家を出る。
―――しかし、彼女はは恐ろしい事実に気付いていなかったのだ。
乱暴に置いたあの衝撃で、時計の電池が抜けてしまっていたことに。
時計の針が、ピクリとも動いていないことに―――。
その後の彼女がどうなったか、知る者はいない……
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