三枚のうろこ

野崎 順平

第1話 魔法使い

「一つの魔法しか使えない魔法使いは、手品師以下だよね」


 漂流二日目。今日も救助の船影のかけらもない。そんな時、二人きりの船の中で船長の下田しただが、ため息のようにつぶやいた。


 そこそこの会社を経営しいている私の唯一の趣味は釣りである。海に出て魚と向き合うことは最大の気分転換になる。今回は、秘書の勧めもあり、自由が利くように釣り船を貸し切って海に出た。


 ところが船の具合が悪くなり、潮に流され漂流することになった。なんと無線も利かないとのこと。最悪な状態になった。しかし、ここは太平洋のど真ん中でもないので、しばらくすれば連絡を絶った船は捜索され、発見され、乗客は無事帰宅することになる。私はあまりそのことは心配していない。楽観主義こそが我が会社経営の原則だ。最近はちょっと経営が心配なところもあるが、まあなんとかなるだろうと思っている。


「俺の生まれた村には、言い伝えがあって、昔、村の名主の一人娘のところへ、毎晩通ってくる若い武士がいたそうだ」


 下田の船に乗るのは、今回初めてだった。秘書の予約だ。戻ったら減給だ。


「その武士なんだが、不思議なことにどこに住み、名前はなんというのか、身分はどうなのか、いっこうに明かそうとはしなかったそうだ」

「そりゃあ、落ち武者か逃亡者ってとこだな」ちょっと応えてあげた。

「それで、娘の親が心配になって、ある日その武士をつけた。そうしたら、村の奥にある沼の龍神だった。龍神は正体を知られたからには、もう村には行かないことで親とは話をつけた。けど、実は、娘にはその時腹ん中にそいつの子どもがいた」なんて手の早いやつだ。

「まあ、カッパやカエルよりいいんじゃないの。なんたって神様だもん」

「生まれた男の子は、龍神の子どもの証拠にわきの下に、三枚のうろこがあったそうだ」

「ええと、昔話はいいけど、なんか最初の話から離れていないか。魔法使いの話とはどうつながるんだ」だんだん、背中がかゆくなって来た。


 下田は、俺に目も合わせず、つぶやく。


「その子ってのは、父親は神かもしれないけど、所詮は人間が生んだものだから、たいして特別なことはできなかった。そして、俺はその子孫なんだ」

「はいはい、それで、お前は俺にわきの下のうろこを見せて驚かせてくれるってわけね」

「いや、残念ながら、俺のじいちゃんまではうろこの名残があったそうだが、俺にはそんなもんない」

「なんだよ、それじゃ、このはなしオチがないじゃねえか。せめて、水の中に何時間も潜っていられるとかできないと……」


「あ、それならできる」


「ええっ。ほんとかよ。うそだろう」今日一番のサプライズ。


 下田の話に合わせていられるのは、私の大いなる楽観主義のなせる技。

「ああ、でも一つの奇跡しか起こせない魔法使いは、悲しいことに他のことは人間以下で、人間社会でうまくやっていくことができない。しかも、他人にいいように利用される」


 その時、船が大きく傾いた。


「お前まさか。他人にいいようにって……」


「そう、この船は沈む。乗客は、水死体で見つかる。船長は発見されない。船長が別の船で逃げることは、状況的に考えられない。二人は事故死になる。会社は社長の保険金で立ち直ることになる。俺は何日かかるかわからないが、陸にたどり着く。『溺れる』ことがないから」


 一瞬、海底を歩くやつの後ろ姿が目に浮かんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る