第3話side B

ピルを飲んでほしい、そう那美子に懇願してみせたのは決してわたしのすべてを

承服してほしいからではなかった。


もちろん、承服してくれるというのであれば、それは飲む飲まずにかかわらず、

わたしとしても嬉しいかぎりであることは言うまでもない。

飲まないでするのであれば、その結果起こりうる事態に対しても、ただ漠然とながら、

それも悪くないとさえ思っている。


でも美沙はあのとき、飲まされるのが嫌だと言った。


自分の生まれ育った故郷を、泣く泣く離れて一緒に大阪で暮らすことを選んだ、

その彼氏に、好きだったはずなのに、飲まされてどうして嫌だったのか、

本人には聞きそびれたままだったので、単純な女性心理に対する興味もあったし、

わたしが懇願することで、那美子はどういう反応を示すのか様子を伺いたい本音もあった。


けれどもちろん、そんな意図は伝わらず、那美子は泣いてしまう。

泣いた顔が、メスゴリラみたいでとても愛おしかった。


「あんたがそういう奴だとは思わへんかった。

後ろから羽交い絞めにしていた、わたしの腕を振りほどき、

床に落ちていた下着をはめ、立ち上がる。


予想外の急転直下の展開に、わたしはただベッドに寝転んだまま、那美子の背中を

眺めることしかできないで居る。

クローゼットには、すでに那美子の服や何やらが結構な量、占有していたが、


「服はあとで取りに来るか、着払いで送ってもらうか、んじゃあ~」

わたしの方は見もせず、まだ涙は乾いていないようで鼻声交じりに言い、

スタスタと玄関に向かう。

ブーツを履くのに手間取っているらしいその背中に、

「馬鹿野郎!てめぇなんか知るかっ、とっとと出ていけ!」

罵声を浴びせるしかできなかった。


無言のままドアがバタンと閉まる音、そのあとに訪れた部屋いっぱいの重苦しい空気。

なんとなく、カレーを煮込むときの、プツプツと沸き立つ気泡を、お腹をすかせながら、

眺めたい気持ちになり、カレーが食べたいような気もしたが2-3日は飯なんかいらないなと思う、

「飯なんか要らねぇよ!」

割と大きめの声で独り言を言い、枕元の目覚まし時計を確かめると7:34

あと30分もすれば仕事に出なければならない。

重たい脚を引きずるようにして、冷蔵庫まで行き、缶ビールを開け、

一息で飲み干そうとしたが、3分の2くらい飲んだところでのどにつまり咽る。

ビールが気管支から鼻に入ったらしく、ヒリヒリと痛かった。

「 ピルなんか飲んだらえらい目に遭うねんで?

そんなこともしらずに、よう、しゃあしゃあと言えたもんや。

もうあんたとは別れる。さようなら。」

女が言い残した最後のセリフだった。

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