2話 物事はスムーズに進む。

「何から話そうか……取り敢えず名前からかな。俺はカムイ、冒険者です」


 日本のサラリーマンよろしく名刺、もといステータスプレートでも差し出そうかと思ったのだが、生憎今は両手が塞がっている。


「こここれはご丁寧に。わ、私はクーヒェンと申します」


 ハルやクロと違いその名前は少し発音が難しく、カムイは間違っていたら失礼なので聞き直した。


「クーヘン?」


「く、クーヒェンです」


「クーフェン?」


「……クーとお呼び下さい」


 カムイより先にクーが諦め、少女の呼称はクーで落ち着く事になった。


「クーは魔導士なんだよね?」


「は、はいぃ。僭越ながらも魔導士という席の一端に座らせて、いいいただいておりますぅ」


 やはり魔導士であったらしい。これはもしかして目的達成か!? と上昇するテンションを抑え、意識して他愛の無い会話を楽しむ。


「へー。その若さで凄いな。あ、もしかしてエルフだったり?」


「いえいえいえいえいえ! 私のような者が、え、エルフなんてそんな恐れ多い事ですしエルフに流れているものが高貴な血であれば私に流れているのは泥! そう! 泥水のようなものなんですぅ!」


 そんな事はないよ、と言ったところで反応は変わらないだろう。かと言って「そうだね、泥水だね」なんて言うわけにもいかない。であるならなるべく聞かなかった事にして、話を進める事が正しい気がした。


「……って事は人間なんだね。何歳?」


「い、卑しくも今年で九つになりました」


 一体何が卑しいのか、という質問は飲み込む。ある意味分かりやすい性格をしているため、早くも対応の仕方が分かって来た。


「うわ、俺より八つも下で魔導士なのか」


「え」


「え」


 聞き間違いだろうか? という顔をするクーの姿を見て、日本人が若く見られがちな事を思い出した。実際十二歳であるハルには同い年と思われていた事もあったのだ。


「……俺、十七歳」


 自分を指差してにっこりと笑うと、失言に気付いたクーが青褪めた。原因が自分にある事は棚に上げて、真っ赤になったり真っ青になったり大変だなぁ、と呑気に思うカムイだった。


「す、すすす」


 謝ろうと努力しているのは痛いほど伝わって来るが、残念ながら言葉になっていない。


 あまり九歳の子供をいじめるのも良くないので、カムイは助け舟を出しておく。


「ああ、慣れてるから気にしなくていいよ」


「……かたじけぬ」


 余程焦っていたのか口調が変な事になっていたが、そこは指摘しないでおいた。


「その代わりって言うのも酷い話なんだけど、ちょっと送還魔法について教えて欲しいんだ」


 送還魔法、という言葉が出た瞬間クーの顔つきが変化した。


「……送還魔法、ですか?」


「うん。何か知っている事があれば教えて欲しいと思って」


 カムイからすれば世間話みたいなノリで話が聞ければいいな、くらいの気軽さだったのだが魔導士であるクーヒェンからすればそんな簡単な話では無かった。


「失礼ですが送還魔法は秘匿されている技術でありその極意は他言無用。私ならば御し易しと判断された事は誠に遺憾でございますが自分の容姿を客観的に判断すればそれも致し方無い事。この度の事は大変有り難く思いますがーーーー」


「ストーップ! ストップ、はいストップ」


 あまりに流暢過ぎる、言葉の暴力とも言える奔流に攫われてしまったが、何とか意識を取り戻したカムイは全力でクーを止めに入った。


 これがクーの魔導士としての姿なのだろう。


 わずか九歳の少女が魔導士になっているのだから、きっとただのコミュ障ではないと思っていた。だがその二重人格とも思える豹変は、カムイとしても予想外としか言えなかった。


「何か?」


「うん、言い方が悪かった。ごめん。回りくどいのは止めて直接的に聞くべきだった」


 日本人的に直接的な物言いは少し抵抗感があるのだが、それで話が拗れるのはよろしくない。カムイは単刀直入に、何よりも聞きたかった事を尋ねた。


「俺が聞きたかったのはそんな秘密めいた事じゃなくて、『俺という個人を送還する場合一体いくらかかるのか』っていう事なんだ」


「……? あなたを、ですか?」


「そう。俺の故郷は物理的にも精神的にも遠い場所にあって、戻ろうと思っても戻れないんだ。でも送還魔法ならそれが可能なんじゃないかと思って、単にそれが聞きたかっただけなんだよ」


 異世界なのだから物理的にも遠くあり、誰も知らないのだから精神的にも遠い。そんな場所にどうやって送るというのか。しかし仮にも『魔法』なのだ。カムイにとって魔法は奇跡の代名詞で、偶然とはいえこの世界に来た以上その程度の奇跡は見せて欲しかった。


「なるほど。精神的にという物言いに多少引っかかるところはありますが基本的なあなたの言い分は理解しました。またいわゆる早とちりで侮蔑する発言をしてしまった事を深くお詫び申し上げます」


「いや、こっちも言い方が悪かったからな。気にしていない」


「そう言っていただけますとこちらとしても助かります。……して、先ほどの送還魔法なら可能かどうかという質問ですが結論から申しますと可能です。具体的な説明は申し訳ありませんが出来ないのですがあなたが戻りたい場所が生まれ故郷である場合どれだけ遠い場所であろうが送還する事は可能となっております」


「マジで!?」


「ええ。値段は一律50000000sですね」


「ごっ」


 五千万。カムイの手持ちが一千万と少しであるから、その五倍の額が必要となる。


 その額は決して一生かかっても払えないようなものでは無かったが、たった一人の人間を送還するだけと考えると随分と法外なものであった。


「ちなみに身内割りはありません」


「……ですよねー」


 もしかしたらトントン拍子で進むかも、なんて楽観的に考えていた自分が馬鹿らしい。


 しかし逆に考えれば、たったの五千万で元の世界に戻れるのだ。クーが可能と言ったのだから、実は庶民には無理でしたなんて事は無いだろう。


 五千万さえ貯めれば、カムイは確実に元の世界へと帰る事が出来る。


(……だけど、今のままじゃ時間がかかり過ぎる)


 無事元の世界に帰れたとしても数十年後じゃ話にならない。既にカムイがこちらの世界に来て一ヶ月以上が経過しているため、あちらの世界では行方不明として大騒ぎだろう。


 今の新月食堂がカムイに無しで回るとは思えない。だからいち早く戻る必要があるのだ。


 特に愛梨には、「お父さんと違って、俺はいなくなったりしないよ」なんて臭い台詞を言った事もあるのだから、裏切る事は出来ない。


(開業するしかないな、飲食店を)


 戦闘は得意だ。だがしかし料理も得意なのだ。


 ダンジョンで稼げないのなら、料理しか無い。ダンジョンは魔物の数の問題で一日に稼げる額が決まっているのだが、そこはハルとクロの二人に任せてカムイは店を出す。そうすれば今まで通りの収入に丸々プラスして店の売り上げが入って来る事になる。


 カムイは魔導書を運びながら、初めて持つ自分の店に思いを馳せるのだった。










「というわけで、二人には黄のダンジョンの一つである『迷いの洞窟』を攻略してもらいます。エンドレスで」


「任せてっ!」


「……腐れふぁっくです」


 カムイは店を出すための準備として、ハルとクロの二人に指令を与えた。


 黄のダンジョンの一つである『迷いの洞窟』はかなり高いマッピング能力が求められる代わりに敵はそれほど強くなく、危険なトラップも存在しない。しかも出て来る魔物は|豚肉(ラッキー・ボア)、牛肉(ミノタウロス)、鶏肉(コカトリス)と肉のオンパレードだ。


 ちなみにコカトリスは視線で敵を殺す、もしくは石化させる事が出来るかなりの強敵なのだが、洞窟にいる所為か目が退化していて、多少麻痺効果のある鳴き声しか出せない雑魚だ。


「お兄ちゃんの新作料理が食べられるなら、私頑張れると思う!」


「そこはハル姉に同意します」


 基本カムイには口の悪いクロだが、戦闘技術と料理の腕前に関しては渋々ではあるものの認めていた。


 猫だから魚出しときゃいいだろ、みたいなノリで生魚のお茶漬けを出したのだが、生魚を食べる習慣が無いらしく感動していた。もちろん最初は嫌そうな顔をしていたので、無理やり食べさせた。


「まあぶっちゃけ串に刺して焼くだけなんだけど、楽しみにしてて良いよ」


 串に刺して焼くだけと言えば簡単そうに聞こえるが、それが一番難しいのだ。炭火はコンロと違って簡単に強弱の変更が出来ないし、タレもそう簡単に美味しいものが作れるのであればどこの店も『五十年継ぎ足した歴史の旨味』みたいな煽りはしない。


「じゃあ行こっか」


 頷き、皆で宿を後にする。


 カムイは調理担当、クロとハルは仕入れ担当なのだが、屋台を出すための申請を行う必要があるためカムイも一緒にギルドへ向かっていた。


「それにしても五千万sですか。ご主人はそのお金で何をするつもりなのですか? やっぱり反乱ですか?」


「あほか」


 カムイはクロに対して自分が異世界の人間であるという事は伝えていなかった。


 イアンパヌは例外で、たまたま|神の国(カムイモシリ)という概念があったため異世界という言葉をすんなりと受け入れる事が出来たのだが、他の種族に異世界と言っても理解出来ないだろうと思い教えなかった。


 それにうっかりクロが「カムイは異世界の住人だ」という事を告げてしまい、エルフィーの耳に入ったら大変な事になる。仮に口止めしたとしても、カムイを陥れるためエルフィーにわざと告げるという危険もある。


「なんつーか……そう、五千万貯めたら家を買おうと思ってな。二階が住居で、一階が食堂になってる立派なやつを」


「そうですか。寝室が別ならそれは素晴らしい事だと思います」


 取って付けたような答えだったが、クロは気にしなかった。それよりも未だに同じベッドで寝るという行為に慣れないらしく、寝室を別にしろとさり気なく訴えて来る。カムイは聞かなかった振りをした。この寒い時期、クロは優秀な湯たんぽとして活躍しているからだ。


 クロはそんなカムイの考えが分かっているらしく、特に文句を言う事は無かった。


「どうした? ハル」


 二人の会話に混ざる事なく、ハルは沈黙を貫いている。普段ならカムイの腕に絡みながら積極的に話に加わって来るため、その態度は少し不思議だった。


「……ううん。何でも無い。お兄ちゃんなら五千万くらい、すぐに稼げると思うよっ」


 そう言うハルは少し寂しげだったが、それはカムイとの別れを考えての事だろう。


「……っ」


 出て来た言葉を飲み込み、カムイは無言でハルの頭を撫でるのだった。








「じゃあ俺は出店の申請に行って来るから。何回か試してみて、『迷いの洞窟』に行けなかった時は応接室に来てくれ」


「分かった」


「そのまま帰りたいです」


 クロの言葉はスルーしておく。


「じゃあ頑張ってな」


「うん。お兄ちゃんもいろいろと頑張ってね!」


 いろいろとは申請の事だが、主に申請する時に応対するエルフィーの事だ。


 プレートは赤なので出店する資格はあるが、雑談の流れで何故出店するのかを聞かれたりした際、うっかり口を滑らせてしまったら大変な事になる。


 それらの対応も含めて気は抜けず、ハルは「いろいろ」という言葉を使った。


「……ああ、うん。俺も頑張るよ」


 ハルたちと別れ、カムイは応接室に向かった。


 既に今日来る事は伝えているため、物事はスムーズに進む。


「失礼します」


「入りたまえーーーー故郷が恋しい少年よ」


 スムーズ過ぎるくらい、進んでいく。

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