8話 未開の森とこの世界の謎。

「……お?」


 二人に豚丼を披露した翌日、カムイとハルは再び白のダンジョンに来ていた。


「何あれ。イノシシ?」


 昨日の殆ど一本道だったダンジョンとは違い、今日のダンジョンは無数の部屋があるダンジョンだった。部屋と言っても扉があったりするわけでは無く、個室ほどの大きさの空間があるだけだが、そこには珍しくゴブリン以外の魔物がいた。


「ああ! ラッキー・ボアですよぅ!!」


 突然叫びだしたハルに驚き、ラッキー・ボアが突撃して来る。


「うぉ!?」


 驚きながらもすれ違い様に刀を振るうと、ラッキー・ボアは呆気なく消滅した。ゴブリンよりは力も体力もあるはずだが、どちらにせよオーバーキルである事に変わりは無いため、結果はゴブリンと変わらない瞬殺であった。


「いきなりどうした、ハル」


「ラッキー・ボアはね、必ずアイテムをドロップするんだ!」


 嬉しそうにハルが言う。それだけレアな素材をドロップするのだろうかと死体があった場所に目を向けてみれば、そこには『豚バラブロック(大)』が落ちていた。もちろんトレイにラップ付きだ。


「あー……道理であんな風に売っていたわけだ」


 思い返せば、肉屋のおっちゃんは「ドロップしたばかりの新鮮な肉」と言っていたような気がする。


「ねえねえ、お兄ちゃん! また昨日の豚丼が食べたいなー……なんて」


(だからそんなにテンション高いのか)


 ハルの突然テンションの上がった理由を察し、カムイは思わず苦笑する。


「いや……今日は豚丼は止めておこう」


「えー……」


 いつもは素直なハルだが、余程豚丼が衝撃的だったのか不平を漏らす。その様子は年相応のもので可愛らしく思えた。


「そろそろ寒くなってきたしな。身体が温まる鍋料理を作ろうかと思ったんだが……止めとくか?」


「……鍋?」


「ああ。豚バラと白菜を使った、定番料理だ」


 昨日の豚丼でカムイが作る料理に絶大な信頼を置いているのか、ハルの白い喉が唾液を飲み込んで動く様が見て取れた。


 最早豚丼が食べられなくて残念という思いは消えて、また何か新しい料理が食べられるんだという期待に満ち溢れている。


「それが良い!」


「じゃあ今日はこのくらいにしておくか」


 昼前からダンジョンに来て、時刻は恐らく夕方頃。カムイに付き合っているだけとは言えかなりの時間を拘束されているのだ。これ以上待たせるのも酷というものだろう。


「楽しみ!」


 笑顔を浮かべるハルの頭を撫でると、カムイたちはポータルに向かった。






「鉄のインゴットが十四個で1680sですね。お納め下さい」


「あれ? 鉄のインゴットって一個120sでしたっけ?」


 ギルドに戻って来たカムイは早速ドロップアイテムであるインゴットを換金しようと思って六回に足を運んだのだが、前回は一個100sだったはずだが120sに変わっており、首を傾げた。


「お兄ちゃん計算早いね」


「ん? まあこのくらいはな」


 てっきり異世界では娯楽が少ないため、江戸時代の日本のように算術が娯楽にでもなっていると思ったが、どうやら違うらしい。またまたハルの年相応なところを見付けてカムイは微笑んだ。


「この時期は冬に備えて蓄えを増やすべく、狩りやダンジョンに赴く人が増えています。その影響で武器が売れ、鉄のインゴットの需要が高まっているので買い取り価格も見直しさせていただきました」


「あー、変動するタイプか」


 どうやら素材というのはゲームのように一定ではなく、時期などの背景に合わせて変動するようだ。


 昨日のインゴットも今日売れば良かったかなとは思うが、幸い数が少ないので60sの差分でしか無い。昨日と今日の個数が逆じゃなくて良かったと喜んでおく。


「素材の即売りも考えた方が良いってわけか」


 保管する場所と、盗まれるリスクを考えなくてはならなくなるが、変動値の大きい物を入手した際はもう少し考えてから売る事に決めた。


「本日はステータスプレートの更新はなさいますか?」


 換金も終わったし帰ろうとするカムイに、職員がそう聞いてくる。


 ステータスプレートの更新とは文字通りの意味で、更新をする事によって階級が上がる事がある。それを知らないとずっと白のままだが、カムイの場合はハルに聞いていたし、こうやって職員が気を利かせてくれる場合もある。


「そうですね、お願いします」


「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 ステータスプレートは特殊な材質で出来ており、『経験値を蓄積する』という効果がある。経験値の一部を分捕られているため、理論的にはステータスプレートを持っていない方が早くレベルが上がるのだが、誤差のような微々たるものであるため大抵の人間は肌身離さず持っている。


 そしてギルドはそのステータスプレートに貯まった経験値の量により、階級を上げるというわけだ。


「お待たせ致しました。どうぞこちらを」


 戻ってきたステータスプレートは、白色から青色に変化していた。


============

 名前:カムイ

 性別:男性

 種族:人間

 特権:冒険者

============


============

 レベル:81

 攻撃:243 魔攻:162

 防御:108 魔防:81

 敏捷:270 精神:324

============


 以前言っていた通り、青になったためかプレートの裏にステータスが追加されている。


(……比較対象がいないから、自分の能力値を見せられても分からん)


 ハルに詳しく聞こうと思ったが止めておく。所詮数字は数字。ゲームでは無いのだから、この数値が勝っているからと言って勝敗が決まるわけでも無いし、あくまでも参考程度にしておく。


「おめでとうございます。ステータスプレートが白から青に変化致しましたので、それに伴い一部の権利が付属致します。詳細は受付にある冊子にございますので、お手隙の際にお目通し下さい」


「分かりました」


 受付の奥へと消えて行った職員を尻目に、冊子を手に取る。


 青のプレートに関する記述は一ページにも満たなかった。


 ・ステータスプレートに一部能力の可視化。


 ・国が経営する一部の施設に入場可能。


 ・一部対応店舗で商品の予約が可能。


 というか、三行しかなかった。


「すくなっ」


「黄色になるとエルサレムの住民票が発行出来るようになるよ」


 住民票があれば都市の入場料が無料になり、自分の家を持つ事が出来るようだ。


「他の都市でも有効だったりするのか?」


「ううん。このステータスプレート、右上にエルサレムのシンボルマークが付いてるでしょ? これはエルサレムのプレートだから、エルサレムの中でしか使えないの」


「げ、じゃあ違う都市だと最初からやり直しか」


 一応レベルが下がるわけでも無いし、その都市にあるギルドの判断で「エルサレムで階級赤だから信用が出来る。最初から金でもいい」となる場合もある。無論逆も然りであるため、一番最初に来た街が王都だったのは僥倖だろう。


(お金を貯めるなら一つの都市に留まるのが一番か)


 いつものメインストリートで食材を物色しながら、今後の活動について考える。


 現在の所持金は1680s。昨日のマイナスを考えると-5090s。宿泊費が二人で一日1600sで、エルサレムの入場料が2000s。合計で-8690s。


 それとは別に、食費と宿泊費を合わせて一ヶ月でかかる費用は二人で98000s。一日あたり3500sほどの収入が無いとエルサレムで暮らして行く事すら困難だという計算になる。しかもそこに娯楽費などは一切含まれていない。


(……やばくね、これ)


 ハルの手持ちを聞いてどのくらい保ちそうか計算するべきかと思ったが、それは少し抵抗感があった。一応は3500sの収入があれば生きて行ける事が分かったので、明日からそれを目処にダンジョンを攻略する事にする。


「あ、お兄ちゃん、白菜あったよ」


 二つ購入する。-8850s。


「お、鶏ガラもちゃんと売ってるんだ」


 -8970s。


 ついでにポン酢を作るために酢を購入する。-9100s。


「やばい、頭の中がマイナスだらけに……」


「どうしたの?」


「いや、何でもないんだ……」


 異世界に転生した主人公たちは、どうやって生き延びていたっけ? と真剣に考える。「冒険者ってもう少し稼げてもいいだろ」なんて呟きは、誰にも聞かれる事なく消えて行った。







 その翌日。


 カムイとハルは青のダンジョンに足を運んでいた。


「うお、広いな」


 白のダンジョンは二つとも薄暗い洞窟の中であったが、今回のダンジョンは遺跡だった。


 壁には等間隔で煌々と燃える松明のようなものが設置してあり、地面も天井も土ではなくレンガのようなもので出来ている。まるで城の内部だ。


「あれ、出口か?」


 白のダンジョンはいきなり洞窟の内部から始まったが、どうやらここは入り口か出口の隣にポータルが設置してあるらしい。


「おー! 森だな」


「ここは『森に喰われたお城』みたいだね」


 外に出るとハルたちが暮らしていた森に負けないほど自然! といった感じの森だった。どの木も樹齢何百年レベルの巨大さを誇っている。


「『森に喰われた城』?」


「うん。上を見てみて」


 言われて遺跡を見上げると、確かにそれはお城だった。


「昔ここには大きな国があったんだけどね、凄い勢いで森が侵略してきて、あっという間に呑まれちゃったんだって」


 森の侵略がどのようなものかは不明だが、周囲は確かに国の名残が見て取れた。


 ここはきちんとした街道であったのだろう。敷き詰められたレンガの下から木の根が這い出て来ており、その姿は遠い過去の記憶でしか無いが。


「って事は今回のダンジョンはこの城か!」


 宝などはすっかり盗られてしまっているだろうが、本物の城を探検出来る良い機会である。


 だがハルが口にした言葉は、その期待を裏切るものであった。


「違うよ、お兄ちゃん。ダンジョンは外。この森だよ」


 ポータルとは高価なものである。素材には旧時代のものが使われており、おいそれと量産出来る物では無い。だから設置してある場所は必ず魔物の侵入の無い安全な場所で、かつダンジョンになるべく近いところが選ばれている。


 そしてこの森のダンジョンに於いて、魔物の侵入が無い安全な場所とはこの城になるのだ。


「あー、ダンジョンってそういえば『生きている』んだっけか」


 生き物であるが故に、先ほどハルは『森が侵略して来て』という言葉を使ったのだ。


 その時ここにあった国はなす術もなく食い尽くされてしまったのだが、生き残った人間はこの城に集い、最後まで足掻いた。


 その時、今は失われた何らかの魔法を使ったため、未だここは魔物が侵入出来ない城になっているのだろう、というのがこのダンジョンや歴史を研究している人間の考えである。


「ダンジョン一つとっても、そういった歴史があるわけか……」


 カムイにとってダンジョンとは、鉱脈のようなイメージであった。そこには大量の資源があり、もちろん危険もあるが人間はそれを得るためにそこに向かう。


 だが話に聞く限りこの世界のダンジョンは『生物』である。それは周知の事実だ。


 そしてその生物は人間に何らかの恩恵を与えるためだけの存在では無く、生きているのだから何か目的があるのでは無いか。ただ生物の本能として生きる事そのものが理由であるならまだ良い。殺さないように気をつければ、人間たちはその恩恵に与れる。


 だがこの森(ダンジョン)が国を滅ぼした事に何か理由があるとしたら?


 人間にもただ平凡に生きて行く事が出来ればそれで良いと言う者がいれば、富や名声を求める者もいる。


 それと同じように、人間を滅ぼしたいなんて考えるダンジョンがいないとは断言出来ない。


(……一体何なんだこの世界は? 俺がここに来た事に何か理由があるのか?)


「どうかした? お兄ちゃん」


 難しそうな考えで思考を巡らせているカムイにハルが問う。


「いや、何でもない」


「そう? ならいいけど」


 そう返すハルは一体何者なのだろうか。イアンパヌはカムイに何を期待しているというのか。


(偶然俺はこの世界に迷い込み、偶然それをイアンパヌが見付けた? そんな馬鹿な。偶然が二度重なれば、それは必然じゃないのか?)


 これがイアンパヌではなく人間であれば、絶対数の多さから偶然と言えただろう。だが、実際にカムイを助けたのはイアンパヌなのだ。カムイはイアンパヌについて詳しい事を全く知らないが、少なくともその数が多くない事は分かる。


 リウを疑っているわけでは無い。あの森で、あそこの川で流されていたなら、それを見付けるのは当然イアンパヌだ。でもそれこそが何者かに仕組まれた事なのでは無いかと邪推してしまう。


(それともこれは、運命だとかそんな中二病みたいなやつなのか?)


 答えは出ない。解を求めるには、足りないものが多過ぎた。


(取り敢えず俺は、俺が出来る事をやろう)


 そして今のカムイが出来る事はダンジョンの攻略であり、金策だ。


「ハル。ここにボスはいたりするのか?」


「いないよ。少なくとも見付かってないの。この森がダンジョンって呼ばれているのはね、もちろん生きているから何だけど、それ以前に出口が無いからなんだ」


 この森は深く入り組み、その全貌は未だ何も分かっていない。しかし青のダンジョンに指定されているのは、出てくる魔物が弱いからだ。


 無論、例えば赤のダンジョンでも入り口付近は弱いが、奥に行けば行くほど魔物も強くなってくるため、結果的に赤のダンジョンとして選ばれているものもある。何故なら、ダンジョンの難易度は全てを攻略する事を前提で決められているからだ。


 しかしこの森のダンジョンは全貌が把握されていないのに、青のダンジョンとして登録されている。


 そのカラクリは簡単だ。誰もこの森は攻略出来ないようになっている。


 真っ直ぐ行ったつもりでも、気が付けば元の場所に戻っている。線を真っ直ぐ引きながら進んでいたはずなのに、その前方に自分が引いた線があるのだ。もうお手上げとしか言い様が無い。


 そうしてギルドはこの森を青のダンジョンに指定した。仮に奥へ行くと赤のダンジョンレベルの敵がいるとしても、そもそもそこに行く事が出来ないと判断されたからだ。


「つまり、ここは未開のダンジョンというわけか……」


 ようやく冒険者らしい事が出来そうで、カムイは心が躍った。

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