6話 階級金は激アツです。
「必要書類と登録料、確かに頂戴致しました。カムイ様、最後にこちらに触れ、魔力を流して下さい」
職員はハルから書類と登録料を受け取ると、カムイに握り拳ほどの水晶玉を手渡す。
「これは?」
「真実の水晶と呼ばれるアイテムです。魔力を通した対象の年齢と性別種族、レベルが分かるようになっています」
(魔力、だと……!?)
魔力という事は魔法が使えるのだろう。
当然異世界なのだから魔法の一個や二個くらいあるはずだと予想はしていたが、それでも実際にある分かると嬉しいものがある。
しかし一つだけ問題があり、それは魔力の流し方が分からないという単純な事であった。
(まあいいや。取り敢えずやってみて駄目だったら聞こう)
「……ふんっ」
手の平に何となく力を集めるような感じで力むと、文字が浮かんだ。
「……18?」
水晶玉で分かるのは対象の年齢、性別、種族、レベルである。
実はカムイは孤児であり、知っていた誕生日は嘘。そのため本当の年齢は十八である、何て事は当たり前だが有り得ない。となるとそこから導かれる答えは、カムイのレベルが18という事である。
(あ、あれ? ハルのレベルって確か93だったようなーーーー)
「それではレベルを転写致しますので、失礼します」
職員の女性は呆然としているカムイの手元から水晶を取ると、着物をずらして胸元を開(はだ)けさせる。
そして水晶玉を胸に押し当てデコピンの要領でぴんっ、と弾くと、水晶玉に映っていたレベルがカムイの肌に転写された。そこにある文字は18では無く81だ。
「あー、なるほど! 鏡文字だったのかー。それなら納得……いかねえよ!」
バンッ、と音を立てて受付を叩くカムイだが、そんなものは慣れているのかちらりと一瞥するだけで、職員はそのまま奥に消えた。
「な、なあハル。この世界の人間の平均レベルって何だ?」
「人間? 冒険者じゃない人たちだと50くらいが平均かな」
「ほう、一般人の一・六倍のレベルというわけか」
なら上出来か、とはならなかった。
齢十四の段階で如月家の剣術を習得し、準師範代の称号を得た平成の神童。現代最強と謳われる祖父に「五百年早く生まれていれば歴史が変わっていた」と言わせた男が如月 朔である。
祖父にはまだ負けるが、剣を使った一対一の対人戦であれば国内で五本指に入る自信はあった。
そんなカムイのレベルが、高々一般人の一・六倍程度なはずが無い。しかも隣にいる十二歳の少女のレベル以下とは考えられなかった。
「……なあ、実際のところレベルって何だ? 偉そうに聞こえるかも知れないけど、強さという指標は有り得ない。もしそうなら、俺がこの程度のはずが無い」
これを言ったのがたまたま異世界に転移してしまった高校生であればただの戯言であるが、カムイであればそれは事実となる。そしてその事はハル自身も理解していた。
「うん。レベルは強さって言うよりも、経験の蓄積だね。ーーーーそれもただの経験じゃなくて、殺しの……ね」
遥か昔、イアンパヌにとって何かを殺すと上がるレベルは忌むべきものであった。
穢れの蓄積を示す値がレベルであり、高いレベルほど殺傷の証であるから、無駄を悪と知っているイアンパヌにとって良いものでは無かった。
そのため|神送り(イヨマンテ)を行うのは決められた一人で、その役職は特別なものーー向こうの世界で言うところの巫女ーーであった。
余談であるがその巫女は皆、尾が九本あったという。
「でも最近は穢神がいるからね。レベルの上昇は忌むべきものから誇るべきものに変わったんだ」
「……そんな歴史があったわけか」
それならばカムイは自身のレベルに納得出来た。あらゆる技術も経験もあるが、それはあくまでも模擬である。祖父との試合が決して経験値の無いものだとは思わないが、木刀と真剣に天と地ほどの差があるのは理解している。もしもカムイが行ってきた試合が命をかけた文字通り真剣試合であった場合、既に数千回殺されているからだ。
「それでも五つ下の女の子に負けているって事実は悔しい。頭で理解しても心が全力で拒否する」
冒険者で当分の路銀を稼いだらあとは屋台で貯金を蓄えつつ、ゆくゆくは飲食店を開業……と少しは考えていた。やはりお金を稼ぐには自分の得意分野で、しかも異世界であれば珍しい料理を出す店として繁盛間違い無し! と勝算もあった。
あったが、やはりカムイも|男の子(おのこ)である。このままでは引き下がれなかった。
それに剣術というのも当たり前だが得意分野だ。それで稼ぐ自信は十二分にあった。
「つーわけで、お金稼ぎはもちろん大事だが、今後の最優先目標はレベル上げとしたいと思います」
どんどんぱふぱふー、とセルフSEを付けながら宣言する。
「うん、いいと思うよ! お兄ちゃんならあっという間にお金も稼げるようになると思う!」
そんなやり取りをしていると奥から職員が戻って来る。その手には白色で名刺サイズの紙らしきものを持っていた。
「こちらをどうぞ。ステータスプレートと呼ばれるもので、身分証明書になりますので失くさないで下さい。失くした場合は規約に書いてあった金額を徴収させていただきます」
「あ、どうも」
カムイはステータスプレートを受け取った。それはひんやりと冷たく、何かの金属で出来ているようだ。
============
名前:カムイ
性別:男性
種族:人間
特権:冒険者
============
日本語で書いてあるのは真実を映しているからだろうか。職員の対応を見る限り何か変わりがあるわけでも無いため、恐らく見る者によって言語が変わるのだろう。
「随分と寂しい内容だな」
ステータス、なんて名前が付いているからてっきり攻撃力とかも書かれていると思ったカムイだが、そんな事は無かった。
「青になると一部能力の可視化が出来るようになりますが、あくまでも身分証代わりですのでホワイトはこんなものです」
カムイの呟きを耳にした職員がそんな事を口にする。
「ホワイト?」
「階級の事です。ギルドでの実績やレベルに応じてプレートの色が変化していきます」
白から始まり、青・黄・緑・赤・金と続く。
自分の家を持ったり店を出したりするには、当然ながらある程度の階級が必要となる。
身近な事で言えば図書館に入館するためにもこのステータスプレートが必要で、その際は青以上のプレートが必要となる。
「全然使えねえじゃねーか」
「ステータスプレートが赤になりますと、制限はありますが王城に入れたりもしますので精進下さい」
一通り説明が終わったのか、「では」とだけ告げて職員は自分の席へと戻って行った。
「確か送還魔法が使える人たちは城仕えだから、接触するなら赤色にしないとね!」
「……先が通そうだな」
一体いつになったら帰れるんだろうな、とカムイは溜め息を吐いた。
「取り敢えず受けられそうなクエストでも受けてみるか」
カムイがそう言うと、ハルは不思議そうに首を傾げた。
「クエスト?」
「え、クエストって無いの? 何か依頼とか。で、それを受けて報酬を得ると」
「クエストはあるよ? でも、冒険者は関係無いけど」
「…………へ?」
「冒険者が出来る事って、ダンジョンに入る事くらいだよー。何々をして欲しい、なんて依頼は一階で適当な人たちに斡旋されるわけだし」
「……うそん」
冒険者ってなんだっけ、とゲシュタルト崩壊が起きそうになるカムイであった。
(……冒険者って本当に底辺の人種なんだな)
「もちろん冒険者もクエストは受けられるけど、別に冒険者の特権ってわけじゃないから一階の受付で手続きするんだ。でも白のお兄ちゃんじゃ受けられるものって無いかも」
「そうか……じゃあクエストは諦めて、ダンジョンにでも行くか……ちなみにダンジョンって、ここから行ける距離なの?」
冒険者と言えばクエストだが、受けられないものは仕方が無い。それにまだダンジョンという希望もあるし、カムイはそれに賭ける事にする。
「当然! ダンジョンはポータルが許可されているからね!」
「ポータル?」
また新しい単語が出て来る。異世界ってこんなにややこしい物だっけ? と思いながらもハルの説明に耳を傾ける。
ポータルというのは人を他の場所に転送する設置型のアイテム。それはギルドの一階に設置してあり、冒険者の特権を持っているステータスプレートを使う事で、ポータルの使用が可能になる。
「前言ってた経済がどうのこうのってのは良いのか?」
「うん。だってダンジョンはものっっすごく遠い場所にあるから、他の街で得た物資をダンジョンに持って行って……なんて言うのは、逆にお金と時間の無駄になっちゃう」
「だから許可されているわけか」
「そうそう」
話しながらのんびりと階段を降りる。
考えてみれば違和感なく会話しているが、ハルは十二歳の少女である。しかし問えば明瞭な答えが帰ってくる。その知識と頭の回転の早さは十二歳とは思えない。
(そりゃあ俺を十七とは思えないよなー)
他の人間もそうなのだろうか。それとも獣人だけが特別なのか。一番良いのはイアンパヌが特別であるという事だが、この世界で楽観的に考えるのは止めようと思うカムイであった。
「あの端にあるのがポータルだよ」
ハルが指し示した方を見れば、エレベーターくらいの大きさはある四角い箱が八つ設置してあった。
それらは遠目にも分かりやすいようにご丁寧に色付けしてある。
「あの手前の白いやつが、俺が行けるダンジョンに繋がっているわけか」
「うん、そうだよっ。ちなみにダンジョンにはすぐに行く? それともアイテムとか買って行く?」
「毒消しとか必須アイテムとかあったりするのか?」
「無いと思う。白のダンジョンはほとんどゴブリンしか出ないし」
カムイは先日の戦闘を思い出す。
緑色の小さな鬼。持っている武器はなまくらで、技も無くただ振り回すだけ。弓を扱っていたゴブリンは普通のゴブリンとは違ってかなりの技術であったが、的に当てるだけの二流だ。
そんな雑魚が何匹いようと危険な事にはならないだろう。
カムイはそう決断し、ハルにその考えを伝えた。
「分かった。じゃあこのまま行こっか」
真っ直ぐにポータルに向かう。エレベーターのような見た目だが自動ドアどころか扉もなかった。
「で、どうすんの?」
「そこに窪みがあるでしょ? ステータスプレートを置いてみて」
「ここか? ーーーーうぉ!?」
ハルに言われた通りステータスプレートを窪みに置いた途端、地面から青い粒子が湧き出て来た。そしてそれは上へ上へと昇って行く。見れば出入り口は真っ青で、外の様子は全く見えない。
それから十数秒ほどすると粒子の勢いは落ち着き、やがて完全に消えてなくなった。
入り口は真っ暗だ。青い粒子がかなり眩しかったためその所為なのか、本当に真っ暗なのか出てみないと分からない。
ハルは慣れているだろうから先に行かせるという選択肢もあるが、優れているとは言え十二歳の少女にそれをさせる事はカムイのプライドが許さなかった。
「よっと……お、明るいな」
ダンジョンの名が連想させる通り、人の手のかかっていなさそうな洞窟だった。
しかし光源があるように見えないのに何故かほんのりと明るかったり、天井まで二メートル、横幅も四メートル近い広さがある。天然の洞窟とは思えない大きさだった。
「そういえばダンジョンと聞いて何も考えずに来てみたものの、何をすればいいんだ? ボス撃破?」
「一応ボスと呼ばれる個体がいるダンジョンもあるけど、普通はお金稼ぎかなぁ。出て来る魔物を殺して、疲れたら帰る」
「冒険者っぽいな」
その自由奔放な感じは冒険者のイメージ通りだ。
カムイも取り敢えずは出て来た魔物を狩る事にする。
「お、早速ゴブリン発見」
数十メートル先にゴブリンの気配を感じ取り、そこまでのんびり向かう。
あんまり冒険っぽくは無いが、まあ最初のダンジョンはこんなものだろうと諦める。
「ほい」
刀を抜き、肉眼で確認出来る距離になってようやくこちらを警戒しだしたゴブリンに近付き横薙ぎに振るう。
その場にいたゴブリンは全部で四体。しかし相手になるわけもなく、呆気なくゴブリンは全滅した。
その流れは戦闘というよりも、ライン作業のような欠伸の出る単調作業であった。
「んな!?」
うん、つまらない、と早々に飽きたカムイの目の前で、死んだゴブリンが粒子となって地面に吸い込まれた。
「なんじゃこりゃ……」
突然の出来事に呆然としているカムイを尻目に、ハルはゴブリンの死体があった場所に行くと何かを拾って戻って来た。
「お兄ちゃん運がいいね! ドロップアイテムだよ」
はい、と手渡されたドロップアイテムを受け取る。それはステータスプレートの三倍ほどの大きさで、何らかの金属の塊だった。
「ここのダンジョンのゴブリンはね、五パーセントくらいの確率で鉄のインゴットを落とすんだー。ギルドで売ると大体100|s(サレム)になるよ」
「あー、そうか」
カムイは悩んだ。一体何から聞けばいいのか。
まず、何故ゴブリンの死体が消えたのか。しかもドロップアイテムを落としたのか。この二つは前回の戦闘では起こらなかった事だ。
そしてサレムとは何なのか。こちらはお金である事は分かるが、100sの価値を可能な限り正確に知りたいところだ。
だがその前に、前方から現れたゴブリン一団を倒す方が先だ。
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