21.本領発揮、氷雪王子
背中にまわるしっかりとした二本の腕が、真愛を強く抱きしめる。頭にしっかりと胸板を押し付けられて、身動きが取れないでいた。
「ね、根岸くん……?」
突然抱き寄せられたことに驚き、涙も引っ込んでしまった。
「根岸くん、どうしたの?」
優からの返事はない。けれど抱きしめる力が強くなった。優の指が肩に食い込む。
優の腕から逃れられずにいる真愛は、そのまま質問をくり返した。
「根岸くん、なに? ねぇ、肩少し痛いし、離してくれない?」
トクトクと優の心臓の音が耳に届く。臓器の音が聞こえることに、改めて今の距離が尋常じゃないのだと突き付けられた。
「この状況に言葉での説明を求めるなんて、真愛は野暮だね。僕じゃときめかない? 玲音の代わりにはならない?」
おそらく恋愛的なことを優は言っているのだろう。真愛はなんとなくそう感じた。耳元でそう囁かれてなお、なんとなくにしか感じ取れないのは普段の優の態度が原因だ。
「からかってるの?」
「まさか、本気さ。僕は真愛のことが好きだからね」
「信じられない」
戸惑う真愛の口から本心が零れ出た。
真愛の肩に手を置いたまま、お互いの顔を確認できる距離まで優が離れる。優の笑顔は危険信号だと自分に言い聞かせて、真愛は優の表情をまじまじと眺めた。形の良い口元はそのままでグレーの瞳も整った形を保ったままだ。
彼は、笑っていなかった。
「本気……?」
冗談ではなく、優は本気で真愛のことを好きなのだ。その気持ちを感じ取り、真愛は困惑してしまう。
「本気だよ。僕は真愛が好きなんだ。君が泣いているのを見て、放っておけなかった」
真摯に言われてしまえば、これ以上否定することも出来ない。
今まで積み重ねてきた友人という関係が崩壊してしまうのが怖くて、真愛は玲音が好きだと打ち明けることはできなかった。たとえ他人から透けて見える気持ちであったとしても、否定の言葉を吐き続けていれば関係は続く。幼馴染という関係を身を守る盾にしていたのだ。
けれどその盾は張りぼてだった。正面切って矛を突き立てられれば、あっけなく壊れてしまう。
優に恋愛感情をむき出しにされてしまった今、真愛に逃げることは許されない。向き合うほかに道はないのだ。
「……ごめん。私、玲音くんが好きだから」
初めてはっきりと口に出した。聞いていた優に動揺は見られない。
「それは、幼馴染として? それとも、男として?」
「私は玲音くんを……男の子として、好き。だから、根岸くんの気持ちは受け取れない」
「そっか。じゃあ、質問を変えるよ。僕のことは嫌い?」
優は真愛が思っていたよりもしつこく聞いた。
嫌いという強い負の言葉で問われ、真愛は即座に首を横に振る。
「嫌いなわけじゃないよ。ただ、私は玲音くんが好きだから」
「今は玲音のことはいいよ。僕より玲音の方が好きだろうというのは予想していたからね。大切なのは、真愛が僕をどう思っているかってことだ」
優の真意が分からない。好きだと言われて、他に好きな人がいると答えたというのに、それ以上質問を重ねる意味があるのだろうか。
首をかしげながらも、真愛は誠実に答えた。
「根岸くんは友達だよ」
「友達? それだけ? ……まいったな、真愛のためになりたくて一緒に魔力を探したり、できる限り協力してきたつもりなんだけど……特別な友達にすらなれてないなんて」
(あれ嫌がらせじゃなかったんだ!)
真剣に話す本人には言えないが、嫌がらせや気まぐれ、よくて興味本位だと思っていた。
視線を下げて悲しげにする優を見て、フォローの言葉が
「友達は、友達だけど……大切な友達だよ」
「それは好きってこと? それとも嫌いってこと?」
「す、好きか嫌いかでいえば……好き、になるかな」
真愛自身よくわからない。嫌いでないことは確かだが、玲音への想いとはまったく別の感情で、それを同じ言葉で表現するのには抵抗がある。
真愛が抱く違和感を知ってか知らずか、優は穏やかに微笑んだ。今だけはサディスティックの予兆には思えなかった。
「それなら問題ないよね。僕は真愛に好かれているのなら、一番じゃなくてもいい」
「根岸くん……?」
「幸運なことに、真愛が好きな相手は、僕も好きな玲音だ。……三人で幸せになろう」
優が言い終わるかどうかというタイミングで真愛は立ち上がった。真愛の中にある危険を察知する器官が警告を発している。
(今、とんでもないこと言われた気がする)
「どこに行くの?」
「きゃ……」
強い力で腕を引かれ、そのまま優の腕の中へと閉じ込められた。胸板に当たっている頬が優の体温を直接感じ、頭が沸騰しそうだ。
「僕はね、真愛が傍にいてくれるなら、一妻多夫も許容範囲だ」
「私は許容できないから、ごめん無理!」
腕の
「平気だよ。よく聞いて、一夫多妻じゃなくて、一妻多夫だ。僕は君の他に妻を持たないから、君が嫉妬することはないよ」
「なんでそういう解釈したのっ? 焼きもち焼いてるわけじゃない!」
素晴らしく斜め上の思考回路を披露した優に、本気で恐怖を抱いた。
「もおおおぉぉぉ! 助けてえぇぇ! 怖い!」
叫び声を上げた真愛は腕を大きく振って、優から逃れようと試みた。その甲斐あって少しだけ距離できる。あとは、掴まれている腕を外すだけなのだが。
「離して!」
真愛の必死の願いが天に通じたのか、不意に優は掴んでいた手を引っ込め後ろに飛び
「フィ、フィード!」
机の上の紙袋の中で眠っていたはずのフィードだった。
「寝てたんじゃないの?」
「こんなに大声で騒がれて寝ていられるわけないだろ」
フィードは両手で目を擦って、優にそう返した。きりっとした目つきになって、フィードは優の様子をうかがう。
見つめあうこと数秒。優の瞳を見つめたフィードはより険しい顔になって真愛に言った。
「ネギシは正気じゃない。なんらかの魔法に掛かっている」
「えぇ?」
「今解くから、マナはそこで大人しくオレの活躍を見ていろ」
フィードは床を蹴った。どこにそんな力があるのかと思うほど高く飛び、優の顔の高さへ到達する。
「邪魔だよ」
コバエを払うように腕で払いのけようとする優の腕を逆に利用し、大車輪の要領で勢いをつけて頭部へと飛び付いた。
「摂理をねじ曲げ害なす意志よ、消え去れ!」
真愛の魔法を解いた時と同じ言葉を、優の額に手を当てて紡ぐ。強い光が優の額で弾けた。
「ッツ!」
苦悶に顔を歪めた優はそのまま膝を折り床にへたり込む。同時にフィードも床に下りた。
「大丈夫?」
しゃがみ込んで優の顔を見つめると、最初は合っていなかった焦点が徐々に合いはじめ、一分と経たずに真愛を真愛と認識した。
「真愛? え……僕……」
「魔法に掛かってたんだよ。フィードが解いてくれたの」
「あー、うん。それは理解してる」
「……え」
バツが悪そうに頬を掻き視線を逸らす優。よみがえる先程のやりとり。
驚く真愛の視線を避けるように立ち上がった優。遅れて立ち上がった真愛は、優の袖を引っ張って聞いた。
「も、もしかして魔法に掛かってた時のことを覚えてるのっ?」
「……迷惑を掛けた。すまない」
素直な謝罪が肯定を意味していた。
「魔法が掛かっていた間の記憶が残るのはマナも知ってるだろう?」
ごく当然と言わんばかりのフィードに首を傾げられ、真愛は自分が魔法に掛けられていた時のことを思い出す。
(そういえば、全部覚えてる。ということは……)
つまりだ。この教室で真愛と優の間にあった言動の数々は、間違いなく優の記憶に残るということになる。
全身が茹でられたように熱を持ち、真愛の額から一筋の汗が流れた。恥ずかしくてたまらない。あのやりとりの中、自分は玲音を好きだと暴露してしまった。
考えていることが全て顔に出ている真愛とは逆に、魔法に掛けられていた優の方は冷静だった。
「照れてるみたいだけど、恥ずかしい思いをしたのは僕の方だよ」
「だ、だって根岸くんは魔法に掛かってただけで本人の意思とは関係ないんだし、どんな変な言動でも別に恥ずかしがることないでしょ。けど……」
私は、と続けようとした真愛に、フィードが咳払いをして補足をする。
「今回の魔法は一番好きな人と二番目に好きな人を入れ替える魔法だった。相手が変わるだけでとる行動は本人の性格によるものだぞ」
「え、じゃあ一妻多夫を許容できるとかは根岸くんの素ってことっ? 変態じゃん! ……痛いっ!」
容赦ない力でデコピンをされ、真愛は涙目で額をさすった。眼鏡の奥から不機嫌な瞳で真愛を睨んでくる。
(よく考えたら、変態なのは前から分かってことだった)
追撃を受けそうなことを頭に浮かべ、しかしそれは口には出さず、別の質問をした。
「私が二番目ってことは……根岸くんの一番好きな人って誰なの?」
優の瞳が揺れ動く。コクリと喉を鳴らして返答を待った。変態の優が好きになる人物とはどんな人なのか、純粋に興味があった。
「……教えなーい」
「はぁっ? ちょ、ちょっと……」
話は終わりだ、と踵を返して向けた背中が言っていた。こちらは好きな人を知られたのに、優の好きな人を教えてもらえないとは。魔法が原因の事故とはいえ、腑に落ちない。
追いすがろうとした時、視界の端にフィードが入った。その表情は固い。
「フィード、どうしたの?」
深刻な様子を見逃せなくて、真愛は彼を抱き上げた。
「いや、今回の魔法も前回と同じタイプだったことから、おそらく放送に魔法を乗せて掛けたと考えられるんだが……そう立て続けに同じ手法で魔法が掛けられたのが、偶然とは思えなくてな」
「気になるなら確かめに行ってみれば?」
机に寄りかかって言った優にフィードは眉根を寄せる。
「どういう意味か分かっているのか? もしオレの考えが正しいとすれば……」
「この学校の中に、悪魔に協力している者がいる。そう言いたいんだろ」
恋する魔法の調査をする時に、悪魔がこの学校の生徒や先生として潜んでいるかもしれないと言っていた。しかし全然関係のない悪魔を放送室で捕まえたことで、すっかり頭から抜けていた。
あの悪魔は捕まって、おそらくもう人間界にはいない。しかし、別の魔法がまたもこの学園を襲っている。今この魔法を掛けているのは違う悪魔なのだ。
「あのキザな悪魔とは別に魔法を掛けた悪魔がいるのは事実だ。ならその悪魔を捕まえて魔法を解くのも、真愛との約束に入るんじゃないかい?」
「あぁ。そうだな。じゃあ、もう一度行ってみるか!」
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