臆病な告白を。

卯月ふたみ

第1話 俺side

いつもと変わらず、今日も彼女と下校する。


付き合いは随分と長い。

小学三年の時、初めて同じクラスになった。

それから高校二年の現在までずっとおなじクラス。


まあ、俺は小学一年の頃から彼女を見かけるたびに目で追いかけていたわけで……。


要は彼女が好きだった。

ずっと。


彼女からすれば、この下校は惰性でしかないのかもしれない。

そもそもの始まりは中学二年の文化祭で、俺たちのクラスが演劇をすることになった事だった。


昔からこまごまとしたものを作るのが得意だった俺は、クラスの中心的なヤツから小道具を推薦された。

本当は彼女が選んだ係りになろうとか考えていたのだけど、結果オーライ。


彼女も小道具係になったのだ。


俺はこの時神の存在を初めて意識した。


同じ係で、遅くまで一緒に準備して、同じタイミングで学校を出る。

必然的に係りの皆で校門をくぐる事が増えた。

たまに彼女の班が遅く残りそうな時は、偶然を装い俺も残ったりもした。


結果、二人で下校することが増えた。

お互いの家がわりと近いことを知り、文化祭が終わってからも時間が合えば一緒に帰ることも増えてきた。


いやあ、文化祭って、ほんとリア充のイベントだよね。

ありがとう!文化祭!


一緒の下校は二人が同じ高校に入ってからも変わらず、いや、逆に彼女の吹部と俺のバスケ部は息を合わせたかのように帰宅時間がかぶった。


ここぞとばかりに、俺は一緒に帰ろうと誘った。


彼女は、え、あ、うん。まあ別にいいけど。的なクールさで返答してくれた。


一年の頃は「あいつとつきあってんの?」と聞かれることもあったが、一切進展のない関係に周りの反応は「あーはいはいお疲れ様でーす」的な対応になった。


どうやら俺からの一方的な想いだと気付き、あまり触れないように気遣っているみたいだ。

つまるところ、どうも彼女は俺に気がないと言うことになるちくしょう!


しかしめげない。だって直接フられたわけではないから。


と言うわけで、俺は彼女に好きと伝える事にした。


そうだ。


告白をする。



……が。


いい返事をもらえなさそうな雰囲気プンプンなので、どうも気が重たい。

という事で、三日悩みぬいた末にたどり着いた答えは、こっそりと告白をする、という方法。


え?どういう事かって?


それは、会話にこっそり告白を混ぜるのさ。


例えば、先日の場合は、こんな感じだった。


「”す”ごいいい天気だね」

「〇〇〇〇(彼女の返答)」

「”き”もちいいわー」

「〇〇〇〇(彼女の返答)」

「”で”も、曇りもすてがたいかな」

「〇〇〇〇(彼女の返答)」

「”す”ずしいから」

「〇〇〇〇(彼女の返答)」


会話の中で、こっちから投げる言葉の頭文字を順番に抽出すると、告白が完成するという仕組みだ。

実に気付かれにくい。

文字に起こせばばれてしまう可能性があるが、会話の中でそれに気づくのは難しいだろう。

でも、それでいいのだ。

それがいいのだ。


今のこの関係を、俺には捨てることができない。


もちろん、お互いに同じ思いで、より親密になれることにこしたことはない。


でも、もしそれが叶わず、この一緒に下校するという幸せな時間を失ってしまうと考えると、最後の一歩は鉛のように重い。


もし、この想いを伝えられず、卒業して離ればなれになって……。

その時、この気持ちはどうなるのだろうか。


雨風にさらされた倒木のように、ぼろぼろと腐食され風化してしまうのだろうか。

それとも、静かにどっしりと根をはったまま、俺の中にあり続けるのだろうか。


はあ。


そんな先のことなんてわからない。

いくら考えたところで未来のことなんて、未来になってみなければ。


だから、今の俺にできることは、こっそりと気付かれないように告白するということだけ。


それでもやっぱり、彼女と結ばれたいと、好きだと真っ直ぐに伝えたいと、思う。


いつかは。



帰路。


それまで話していた好きなアーティストの新譜の会話が一段落し、沈黙が訪れ、そこに俺の腹の虫が鳴いた。

いつも、こういう区切りの時に唐突に始める。


臆病な告白を。


『すし食べたいね』


俺が言うと、彼女はちらりとこっちを見た。

唐突の始まりは、もう何十回もしているのだ。

最初の頃は、あまりに脈絡のない切り出し方に「は?」みたいな反応をされたが、今はすっかりそれに慣れたようで普通に返してくれる。


「わたし、わさび苦手なんだよね」


『きみはさび抜きで頼んでるの?』



彼女は首肯する。


「たのむ時、いつも少し恥ずかしいんだよね」


そして、小さく微笑む。

彼女の笑顔は何百回と、もしかしたら千回以上見ているのかもしれないが、そのたびに幸せな気持ちにさせてくれる。


『でも、それは好みだから恥ずかしがる必要はないよ』


「しかし、お子様舌はやっぱり恥ずかしいよ」


『すぉれなら、少しずつわさび増やしていくのはどう?』


咄嗟でものすごく違和感のある感じになったが、どうにか告白を完遂する。


うん。

完遂だ。


「モーマンタイ。それで行こう」


俺が始めた突飛な会話に合わせてくれているのだろう。

最近、彼女は少し変わった言葉選びをする。

そんなところに、彼女の優しさを感じる。


そう。

彼女は容姿だけではない。


中身も美しい。


高嶺の花。

引く手数多。

選び放題。


そんな彼女が、いつか、俺と付き合うなんて事、あり得るのだろうか。


はあ。


全く想像がつかない。



そして結局、この日もいつもの十字路でさようならをする。



一人になると溜息が勝手に出た。

この腰抜けは、今日も変わらなかった。

つまり、今夜もいつものように、彼女のラインメッセージに一喜一憂してしまうのだろう。


これは、明日も変わらない。


きっと、明後日も。


そして、その先も。


俺はこれからも、ただ、臆病に告白する事しかできないのだ。


ああ。


いっそのこと、この臆病な告白に気付いてほしい!

なんて、そんなダサい事を思って、男気のなさにまた溜息をつくのだった。





俺side END


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