番外編① 第2話 == 両親の記憶

 第一外周区にある『タイタン・ヘッド・ビルディング』はその名前の通り、最大級の高さを誇る建築物だ。周囲の高層ビルと比較して五倍以上もの高さがあり、地上からは見上げることすら難しいほどである。まるで名のある建築家が冗談で建てたような超高層ビルを、挽歌は自らの活動拠点として利用していた。


 本来ならば、金銭に愛想を尽かされている挽歌が住めるような建築物ではない。もしも両親がこの一室を買い取って遺していなければ、今頃彼女は第三外周区の安宿暮らしだ。


 両親には恩を返したくても返せない。第一級解体師として名を馳せた父親は挽歌が十にも満たない年の頃に機神と相打ちになり、共に斃れた。労働に次ぐ労働によって荒んだ大衆の心に潤いをもたらし、稀代の歌姫と呼ばれた母親は同時期に失踪を遂げた。世間では機神を斃して名誉の死を遂げた夫の後を追ったのではないかと噂されている。


 両親の記憶は時の流れに晒されて、徐々に風化しつつあった。


 挽歌が思い出せるのは、死地に赴く父親が見せた悲しげな表情と幼い頃に母親がよく歌ってくれた子守歌の旋律くらいだ。両親の記憶が砂の城のように崩れ去っていくに連れて、挽歌の心の中にはぽっかりとした虚無が生まれた。ある日、母親の顔が思い出せなくなって得たのは悲しみではない。ただの空白、ゼロであった。


 しかし、その空白はすぐに満たされることになる。どろりと感情の底から湧き上がった怨嗟が虚無に流れ込み、満たすばかりでは飽き足らずに溢れ出した。


 それから、挽歌は家族を奪った機神という存在全てに復讐するために生きてきた。

 解体師の養成施設で少女には苦しい訓練を血を吐きながら耐えたし、仮想現実を用いた訓練では何度も機神に殺されたし、殺したものだ。


 教官から気を違えたかと懸念されるほどの執念の結果、挽歌は父親と同じ第一級解体師という地位にまで上り詰めた。それも機神に唯一対抗できる番号付きカーネルを手に入れるためである。全て、機神を殺すための準備に過ぎなかった。

 その準備がどれだけ苦しくとも耐えることができた。それが彼女の生き甲斐だったからだ。


 だが、『レプリカント=セヴン』に生き甲斐を奪われてしまった今現在。

 《懺悔の唄》の矛先をどの方向に向ければ良いか、彼女の答えは出ていない。

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