第28話 マラソン③ 山あり谷あり近道あり
第二の難関――砂利道を突破してそろそろ折り返し地点まで来ていた。霧は相変わらず濃くて視界は悪いが、外気は涼しいので体は熱くはない。むしろ少し冷えてるくらいだ。トップ集団にはだいぶ差をつけられているからメダルどころか10位以内も無理そうだ。いくらなんでも運動部でもない俺が上位を狙うのは難しいようだ。そんなことを考えながら走っていたらそろそろアレが見えてきそうだ。
この
ただし、これはあくまでも走り切るのが困難な生徒への救済処置。トップ集団にいるような連中はもちろんこんな小細工はしない。だから本来ならこのタイミングで近道を使う奴がいる訳ない。ないはずだが……。
霧のせいで遠くからじゃよく見えなかったが、近道に接近してみると見えてしまった。今まさに近道を走ろうとしている奴が2人いる。
「ちょっと…それまずいんじゃない?」
俺は2人に問いかける。2人とも狼狽えた様子で俺を見る。……えっ…こいつらは……。
1人は俺と同じクラスの安田君。もう1人は3年の武田先輩。2人とも陸上部の部員だ。
「陸上部がなんでこんなことを……」
「……頼む、見逃してくれ」
安田君は俺に頭を下げて懇願。
「おかしいだろ……2人ともこんなことしなくてもいいじゃないか。こんな不正がバレたら面子に関わるでしょ……最悪大会に出られなくなるかもしれないのに……」
「お願いだよ、石川君……」
武田先輩も必死に不正を見逃してもらおうとしている。武田先輩は陸上部の部長。こんなことがバレたら一番責任を負うことになる立場のはずなのに……。
2人のことは正直あまり知らない。でも、こんな不正をしてまで結果を求めるような卑怯者にはとても見えない。今だって彼らは罪悪感でいっぱいな顔をしている。待て……俺はこの顔を知っている……
「誰に言われた?」
2人ともはっとした顔になる。やはりそうか…
間違いない。安田君も武田先輩も誰かに脅されてこんな悪事に手を染めているんだ。
「……顧問の遠藤先生だ」
武田先輩が俺の質問に答えた。あの野郎……
2人とも普通に走っても何の問題もなく完走できて順位だってトップではないにせよ決して恥ずべき結果じゃない。だがそれに満足できずに不正に手を染めてまで順位を上げろだと……
「許せねぇ……クソッ!!!」
「石川君……これは僕たちのせいでもあるんだよ……陸上部の長距離走の走者が部活に所属していない東条君に負けたら面目が立たない……。遠藤先生も顧問としてこんなことを言うしかなかったんだ」
「……目を覚ませ!悔しくないのか!?遠藤のクソ野郎のくだらない見栄のせいで悪事に手を染めなきゃいけないなんて!武田先輩と安田君の努力を認めないクソ監督の体たらくを、俺は絶対に許さねぇ」
「落ち着いてくれよ……暴力とかはダメだよ」
「………ああ、わかってる」
そうだ、一旦落ち着け……深呼吸だ……。
もし遠藤のクソ野郎を殴ってもなんの解決にもならない。そんなことをすればこのマラソン大会もぶち壊しだ。このマラソン自体が生徒にとってはうんざりするような苦行でも、生徒会の人たちが運営に関わって少しでもやりがいを持てるようにしてくれている。近隣の人達だって応援してくれているんだ。俺の暴力事件なんかで台無しにするわけにはいかない……。
だが、やはり遠藤を許すことはできない。あいつが生徒に不正を強要したことは事実。ランナーとしての安田君と武田先輩のプライドを粉々にしようとした罪は償ってもらう。そして自分の見栄のためじゃなく生徒の成長を本気で望める指導者になってもらう。
「……そういえば、この近道を通った先に生徒会の見張りがいたはずだよな?」
「……沢口が立ってるんだけど、陸上部員で…」
「生徒会にも内通者がいるってことか……遠藤の野郎…」
どんだけ勝ちにこだわるんだよ……部員にこんなことさせやがって……
怒りで地面を蹴ろうとしたが、その瞬間俺の頭の中に閃きが走った。
だが、これを実現するには……
「2人とも、俺についてきて」
しばらく走るのをやめて立ち止まっていたが、俺たちは再び走り出す。
「えっ?……この道を通るのか」
俺たちが走っているのは近道だ。全力で駆け出す。今までの遅れを取り戻すように。
俺がやろうとしているのは自分でもバカだと思えることだった。とても理性的な考えとは言えない。やっぱり俺は感情やプライドに流されて冷静な判断なんてできないのかもしれない。
それでも、自分が正しいと信じる道を走り続ける。
近道と通り抜けた先に見張りの沢口君が立っていた。彼は俺の顔を見た後にきょとんとした表情で安田君と武田先輩の顔を交互に見る。
そうだよなぁ……2人は通すのに俺だけ通さない訳にもいかないよな。
あまり時間はかけられない。俺がこれから取る策はスピード勝負だ。
「陸上部員だけショートカットするなんてずるいよな?」
それだけ言って(脅しみたいになったけど)この場を走り抜ける。
安心してくれ。沢口君も遠藤の野郎に言われてこんなことをしてるだけ。必ず救って見せる。
ゴールが近づいてきてコースはまた住宅域。もう霧も晴れてきて走者もはっきり見える。全力で走ってショートカットをしただけあって、先を走っているのは、東条だけだ。おそらく今回もあいつが独走トップのはずだ。
しかし途中で立ち止まっていたとはいえ、近道を使っても東条に勝てないなんて……いや!勝つ!東条には悪いけど、勝つ!
ペースを上げて東条との差を縮める。呼吸が粗い……肺が潰れそうだ……それでも意地になってる俺に2人とも付いてきてくれている。そうだ……俺は自分だけじゃなくこの2人の為にも走り続けなきゃ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます