214話お母さん! 母と魔女⑰

「いや! 俺の事忘れちまったのかよ!」


「知らん。お前みたいに汚くて臭い。それに鼻のデカい生き物に会った記憶なんてないみそ」


「数百年も生きて来たんだからそれくらいの生物会った事あるだろうが!」


「数百年? 私は数百年も生きていたのかみそ?」


「は? お前、何言って______」


 俺とゴーレム幼女の嚙み合わないやり取りにシビレを切らしたブラックが、俺の発言を遮ってきた。


「花島~。この子は数百年も生きていないわ。産まれたてほやほやよ~」


「あ? ブラックまで何言っているんだよ! 変な事言って複雑な状況をより複雑にするな!」


「親切心で教えてあげたんだけど~。ちょっとお嬢ちゃん。あなた、お名前は?」


 ブラックは「さぁ、どうぞ」とレインに話をするように振った。


「わ、私の名前?」


 ブラックに話を振られるとゴーレム幼女はあからさまに同様した様子で辺りをキョロキョロしだしたり、手で太ももを擦り始めた。


「......もしかして、名前を忘れちまったのか?」


 突然消え、突然この場に現れたのだ。

 記憶の一部が混濁していてもおかしくはない。

 なに、時間が経てば大丈夫。

 全てを思い出す。


 そんな楽観的な俺に聞こえるようにブラックがボソッと言葉を吐く。


「名前を忘れた訳じゃないのよね~」


 なんだよ。

 だったら、なんでゴーレム幼女は自分の名前や俺のことを思い出せないんだよ。

 何かを隠し、何も分からない俺を小ばかにする意地悪な魔女に「何か知っているなら教えろよ!」と罵声を飛ばそうと考えていると、周りの木々が風も吹いていないのに微かに揺れ始めた。


「何だみそ......?」


 野生の勘のようなものが働くのか、ゴーレム幼女は獣のように身をかがめ、警戒姿勢を取る。


「多分、俺の母ちゃんだ」


「母ちゃん?」


 揺れた木々は更に激しく揺れ、ヘッドバンキングを繰り返すバンドマンのようだった。

 木々が揺れるだけの攻撃?

 生易しい事を考えていたが、それは一瞬で打ち砕かれる。


「うわ! マジかよ!」


 揺れる木々はこちらに倒れて来たり、スポンと飛び抜けて弓矢のように天から降り注ぐ事はなかった。

 だが、今思えばそちらの方が対処が楽だったかもしれない。

 だって、この木。

 足のようなものが生えて、こちらに向かってくるのだから。


「ちょ! ヤバイって! ブラックさん!」


 他力本願の俺は、何とかしてもらおうとブラックの生足にすがりつくが。


「魔力がないから何も出来ないわよ~」


 とこの状況で聞きたくなかったNO.1の答えが返ってきた。


「じゃあ、どうすんの逃げる!?」


「逃げてもこの量相手ではすぐに掴まりそうね~」


「マジかよ!」


 ブラックは何百年も生きているからこの世に未練がないと思うが、俺はまだまだ生きていたい。

 生きて、死ぬほど上手いもん食ったり、パチンコしたり、多種多様な人種の女とSEXをしたいのだ。

 解決策をひねり出して貰わない困る!


 ドスンドスン!


 巨体と多くの枝葉を揺らしながら根っこの部分を足のように使う杉やヒノキの木々がこちらに向かってくる。

 くそ! 何だよ!

 母ちゃん、俺と一緒に暮らすとかなんとか家族愛感じさせるような発言をしていたくせに!

 これじゃあ、俺も死んじまうぞ!


「うわあああ! やだ! 死にたくない! 助けて!」


 柔らかな太ももに抱きつきながら必死に泣く俺。

 杉やヒノキに押しつぶされるくらいなら、美女の太ももに押しつぶされた方がいい。


「なら、助けてやるみそ」


「へ?」


 ゴーレム幼女が足で地面を勢いよく踏むと地面からモノリスのように完璧な長方形の土の壁が生成され、押し寄せる木々から俺とブラックを守った。

 モノリスの脇をすり抜けて来た枝葉は、ゴーレム幼女の掌から現れた土で出来た蛇の生き物が枝葉に噛み付く。


「おぉ! そうか! ゴーレム幼女がいた! 姉さん! ジャンジャン暴れちゃってください!」


「言われなくても分かってるみそ」


 ゴーレム幼女の持つ能力。

 土や岩石を自在に操る事が出来る力だ。

 これは、ゴーレム族の特性だと以前、ゴーレム幼女から教えてもらった。


 この他にゴーレム幼女は魔法も使う事が出来る。

 ゴーレム幼女は特殊で、ゴーレム族の肉体を持ちながらも魔法を使うことが出来る。

 ユスフィアでは能力を使う者は魔法を使えず、魔法を使う者は能力を使えず。

 というのが世界の理であった。


 しかし、ゴーレム幼女はその理から外れ、能力と魔法の二つを使うことが出来る。

 ブラックが魔法を使うことが出来ない今、ゴーレム幼女の再臨は正に僥倖。


「こいつら、一直線に向かってくるだけで倒すのは簡単だみそ!」


 喋りながらも戦闘を続けるゴーレム幼女。

 どうやら、記憶は混濁していても戦闘能力にブランクはなさそうだ。


「おお! 流石、ゴーレム幼女!」


 幾重にもうごめく生きた木々はものの数分の間で倒れ、辺りは大嵐が来た後のように目の前には拓けた空間が広がっていた。


「まぁ、こんなの余裕だみそ!」


 腰に手を当て、「ふふん」と鼻を高くする金髪の幼子は肩で息をする様子もなく、森中の木々を倒す事が出来るのではないかと思うほどの余裕がありそうだった。


「これは魔法の刻印ね~」


 ブラックが倒れた木を足で転がすとギザギザの稲妻を丸で囲んだようなマークが刻印されている事に気が付く。

 その刻印は全ての木に印字されている。


「これもウチの母ちゃんが?」


「どうかしらね~。京子も二つの力を使えるとは思えないわ」


「でも、この木には魔法が使われていたんだよな?」


「えぇ。恐らく、魔女か魔術師が関わっているんじゃないかしら~? 『息子を助けてやる』ってそそのかされてね~」


 なるほど。

 ウチの母ちゃんは良い人過ぎて、悪も善も呼び寄せてしまう性格だ。

 しかも、息子の事となれば我を失って操り人形になる姿も容易に想像が出来る。

 しかし、一体誰が母ちゃんをそそのかした?


「そそのかした? あまりにも無礼じゃあないか。言い方が」

「ぶほほほほ! 似たようなものだけどね!」


 奇妙な笑い声と少年の声が聞こえ、月明かりの差す木々の合間から紫色のデザインパーマの爺さんみたいな婆さんと10歳くらいの容姿の赤毛の少年が姿を現す。

 ここは母ちゃんが創り出した世界で、俺とブラックとゴーレム幼女の他には他人はいないはずなのに、目の前の二人はここに居て当然というような態度でこちらに近づいてきた。


 警戒を強めるゴーレム幼女を俺は、右手で制す。


「髭爺さん、どうしてあんたがここにいるんだ?」


 険しい顔で俺は尋ねる。


「道に迷っちゃってね~! ぶほほほほ!」


「噓はよせ。ここは、ユスフィアでもなければ地球でもないんだ。それに、今、この状況で現れるのは怪し過ぎるぞ」


 的確な物言いをし、久しぶりの友人に会ったようなフレンドリーな空気を出さずにいると赤毛の少年が口を開いた。


「何を警戒しているの? 花島?」


 この少年、俺を知っているのか?

 紫色の二つの瞳が俺を捕らえ、離そうとしない。

 俺の肩よりも低い背丈の童顔の少年。

 ゴーレム幼女が警戒しているところを見ると、実力は相当なものであることが窺えた。


「そりゃ、警戒するだろ。魔法だ云々かんぬん話している時にお前らが目の前に現れたんだからよ」


「アハハ! それもそうだね」


 屈託のない表情で笑う赤毛の少年。

 肌は白く、まつ毛は女の子のように長く、四肢は枝のように細かった。


「花島。ちょっとマズイわよ~」


 ブラックが俺に耳打ち。


「あぁ。俺もそれは何となく分かる」


 ただ、こちらにはゴーレム幼女がいる。

 こいつは魔女の中でも最強を誇るブラックと同レベルの魔女。

 目の前の赤毛の少年が魔女や魔術師だとしても問題がない。


「あの子、私やゴーレムよりも全然強いわよ~」


「そうか......。え!? 今、何て言った!?」


 ブラックやゴーレム幼女よりも強い!?

 今、そう言ったのか!?


「ほら~。あなたも怜人の記憶の中で見たでしょ? 邪神よ。邪神」


「邪神?」


 10歳くらいの容姿、赤毛、麻布で出来たボロボロの服......。


「あ! ロイス! 邪神ロイスか!」


 そうだ!

 確か、曾爺さんの記憶の中で見た邪神と言われていた奴。

 目の前の少年の容姿は瓜二つだった。


「僕の事を知ってくれて嬉しいよ。花島」


 邪神ロイス。

 ロイス教の信仰対象であり、ユスフィアという世界を創った創造主。

 そんな神様がどうしてこんなところに......。


「理由なんてない。僕の野望のために君をユスフィアに帰す訳にはいかなくてね」


「野望?」


「あぁ。それは、魔王の復活だよ」

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