第189話お母さん! おかえり

「人の顔だと......」


 オッサンの胸元には言われてみれば人の顔______悲痛な叫びを上げているような傷痕が残っている。

 だが、それは見ようによっては人の顔に見えるという程度で人の顔が埋め込まれていると断定するのは尚早かと思われた。


「こいつはジム、こっちはパトリシア。二人とも良い奴だった」


 オッサンは自身の胸の傷を指差しながら人の名前を呼ぶ。


「そいつらと融合したのか?」


「あぁ。人間の俺たちには時空路を超えるには大分負荷がかかるようだ。肉体と精神が分離し、気付いたら俺だけが生き残っていた」


 あのピンク色の空間は人間の体に影響を及ぼすのか。

 あれ?

 でも、俺、生身であの空間通り抜けたんだけど......。


 ホワイトを見ると足に刺さったツララは最初よりも細く、小さくなっている。

 アイコンタクトを送るとホワイトは小さく頷いた。

 オッサンの意識は完全にこちらを向いている。

 一撃を喰らわすには今しかない。


「______青年。俺も質問しても良いか?」


「なんだ?」


 オッサンは改まったような口調でどこか寂しげに。


「今のお前には俺が何に見える?」


「髭の生えた40歳くらいのオッサンだ。決して、イケメンには見えない。むしろ、不細工だ」


「そうか......」


 あら?

 こいつ、不細工って言われて凹んだのか?

 何、下を向いてるんだよ。


「俺はまだ人間に見えるのか。俺は自分が何者なのか既に分からないんだ」


「あ? 何を言って______」


 発言の直後、オッサンの身体は内から出た木のツルに包まれ、まるで卵のような形を形成していく。


 野生的勘が働いたのか、ホワイトの兄はオッサンの近くで倒れているホワイトを抱き抱え、「花島!!! 伏せろ!!!」と声を張り上げた。


「もう、遅い。何もかも______」


 木のツルは周囲にいたシルフも包み込み、石のタイルの隙間に根を張り、ウネウネと動く木のツルによって城が小刻みに揺らされる。


「まずい! 城が崩れるぞ!」


「は、花島! どうする!?」


 屋上へ上がって来た階段は先程の揺れで崩落し、退路を断たれた俺とホワイト、ホワイトの兄は狼狽する。

 飛び降りようと、屋上の縁から眼下を覗くがあまりの高さに足がすくんだ。


「くそ! どうすればいい!?」


 脳裏に浮かんだのはゴーレム幼女の姿。

 俺がピンチの時、あいつはいつも駆けつけてくれた。

 しかし、もう、ゴーレム幼女はこの世界にはいない。

 自分の力でどうにかするしか......。


「おい! あ、あれ!」


「ん?」


 ホワイトの兄が指さす方向に首を回すと、木のツルに覆われたオッサンが持っていた白い魔石がホタルのように微かな光を点滅させていた。

 あの中にはパスとサンが取り込まれている。

 シルフはすでにオッサンに取り込まれ、救いだせる状態ではない。

 パスやサンだけでも救わなくては!


「うおおおお!!!」


 崩落しかけた足元を意識せず、俺は前を向いて走る。

 あたりを虫のように飛び交う木のツルの攻撃を受けながらも、俺は一直線にパスやサンの元まで向かった。


「パス!!! サン!!!」


 手を伸ばし、オッサンの手の中にあった白い魔石に触れた時、白い魔石は夜を白い布で覆うように強烈な光で辺りを包んだ。



 ______地球・研究所______



 強烈な光を浴びた事で視力を奪われていたが、徐々に視力が回復していく。


「あれ? 何だここ? せまっ!」


 出した声は反響し、まるでカプセルのような容器に入れられているようで状況が全く掴めなかった。

 腕や足は何かで拘束され、手首や足首が辛うじて動かせる程度。

 恐怖感から身体を揺らし、大声で叫んだ。


「おい! 開けろ! ここから出せ!」


 反射的に出て来た言葉で、何かしらのアクションがある事など全く期待していなかったが、「え!? え!? えええ!?!?」と外から何かがガシャガシャと落ちる音と女の驚く声が聞こえた。


「誰かいるのか!? ここから出してくれ!」


「あ、あの! あなたは宇宙人ですか!?」


「あ!? 俺は日本人だ!」


「日本人!? あの、あの、もしかして、は、花島さん!?」


 俺の名前を知っている?

 それに、光に包まれた事柄から、また誰かの精神世界の中に入り込んでしまったとかそういうオチかと予想していたが何か妙だ。


「そうだ。花島つとむだ。早く俺をここから出し______」


 黒い世界を光の剣で断つように、切れ目から大量の光が溢れてきた。

 眩しさから、俺は目を強く瞑る。

 ゆっくりと目を開いていくと、目の前には白衣を着た黒髪の日本人と金髪の小さな少女がいた。

 黒髪の日本人は目を見開き、口元を緩ませ。

 金髪の小さな少女は俺の事を怖がっているのか、黒髪の日本人の背中に隠れた。


「お帰り! 花島つとむ君」


「......お帰り?」


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