第154話お母さん! 褐色の少女と

 振り上げられた巨人の大腕は蠅や蚊を打ち落とすようにレミーを地面に叩きつける。


「レミー!!!」


 土煙が上がる地上をヴァ二アルは見下ろす。

 服に多少泥が付着してはいるが、吹き飛ばされたレミーには目立った外傷はなく、何事もなかったかのようにスッと立ち上がった。


「あんなものまで生み出せるのかい」


 魔力壁を周囲に張っていたレミーは岩石の巨人の攻撃を受けてもなお、余裕の表情を浮かべる。


「イキャアア!!!」


 落下地点を予測していたゴーレム幼女は瓦礫の間からレミーに飛びかかり、魔力壁を面ではなく、点で突き、魔力壁は10発ほどの連打で無残に破られた。


「野生の勘ってやつかい。素晴らしい戦闘センスだよ」


 魔力壁が簡単に破られても尚、涼しげな顔をするレミー。

 彼女には戦わずに勝てるある秘策があった。



 ◇ ◇ ◇


 数分前。


「ゴーレムちゃんを別の世界に飛ばす!?」


「ええ。そうよ。それが一番てっとり早い」


 レミーの突拍子もない提案にヴァ二アルは目を丸くした。


「でも、そんな事したらゴーレムちゃんが... ...」


「ああなってしまったら、元に戻す事は出来ない。あんな怪物が生きていたら数万______それ以上の生物が死ぬわ」


「薬か何かあれば... ...」


 レミーはヴァ二アルの提案を遮るように首を横に振る。


「いい? あれは病気ではない。洗脳よ。治す事は出来ない」


「洗脳なら術者のような人物がいるんじゃない? そいつを倒せば元に戻るんじゃ... ...」


 実際、ミーレやレミーもゴーレムマンションでハンヌの洗脳を受けたが、花島の頑張りにより正気を取り戻す事が出来た。

 今回も術者であるハンヌを打ち倒せば洗脳は解かれる。

 ただ、今回は洗脳の性質が大きく違っていた。


「無駄よ。術者なんてものはいない。洗脳と言ってもあれは病気のようなもの。精神の病というやつかしらね」


「精神の病? 病気ならやっぱり治せるんじゃあ... ...」


「治せたとしても、彼女が彼女でいられる保証はないわ。それだけ、精神の根深いところまでウイルスが入り込んでいる」


 辛辣な表情を浮かべるヴァ二アル・パス。

 数ヶ月ではあるが、ゴーレム幼女も花島と共に旅をしてきた旧知の仲。

 同じ釜の飯を食べた仲の者が不治の病にかかっている事実は受け入れがたいものであった。

 そんなヴァ二アルを見て、いたたまれなくなったのか、レミーは言葉を付け足す。


「そうね、ただ、彼女の心に直接訴えかけられれば希望はなくもない」


「ゴーレムちゃんの心に?」


 レミーは黙って重力に従うようにゆっくりと頷く。



 ◇ ◇ ◇

 ■ ■ ■


 ______マンティコアの瞳内部______


「はい~! UNO!」


 何をやっているんだ俺は... ...。

 手元には赤、青、緑、黄色の色とりどりのカードがあり、目の前には嬉々とした表情のシルヴィアの姿。


 ゴーレム幼女の深層、そして、マンティコアの瞳内部に来てからどれくらいの時間が経ったのだろうか。

 シルヴィアに会ってからゲームをずっとしている。

 体感では12時間以上経っているとは思うのだが、ここは真っ白い空間で音も風もない。

 方向感覚も時間の感覚も役に立たない。


 楽しそうにゲームをしている所、申し訳ないが、そろそろ、シルヴィアに俺がここから出たい事を伝えなければ... ...。


「なあ、シルヴィア? 俺、そろそろ、ここから出たいんだけど」


「... ...?」


 言いたい事を伝えると、シルヴィアは笑顔の中に影を落とす。

 ゲームに夢中で聞こえていなかったのだろうか?

 俺は大きな声でもう一度、意思を伝えようと口を開くと。


「無理だよ。お兄さんはここで一生シルヴィアと暮らすんだから」


 食い気味に笑顔で褐色の幼女はそう言った。


「いやいやいや。確かにシルヴィアと遊んでいるのは楽しいよ? でもさ、俺にも予定ってやつが______」


「予定? それはシルヴィアと遊ぶことよりも大事な事なの?」


 こわっ!

 シルヴィアは目を血走らせ、俺から視線を外さない。

 でも、ここで、怯んではダメだ。

 冷静に_______そして、丁寧に伝えよう。


「ああ。ゴーレム幼女は今、病気にかかっているんだ。だから、救ってやらなければいけない」


「... ...そっか」


 お?

 中々、聞きわけがいいじゃないか。

 座っていたシルヴィアはスッと立ち上がる。


「ん? どうした? トイレか?」


 立ち上がっても、なお、背丈は座っている俺の頭を少し超えるくらい。

 小さい事には変わりがなかった。

 トイレを我慢しているのか、シルヴィアの小さな手は小刻みに震え、静電気に引っ張られるように髪の毛が逆立つ。


「おいおい! 遠慮してないで早くトイレ行ってこい! 髪の毛逆立っちゃってるよ!」


「... ...」


 シルヴィアは白いワンピースを着ている。

 このまま、粗相をしてしまったらシルヴィアの真下はビショビショになってしまう。


「嫌だ... ...」


「そんな事言うなよ!!! お前一人じゃないんだぞ!!! シルヴィア!!!」


「嫌だ!!! 嫌だ!!! 嫌だー!!!」


「うおっ!!!」


 シルヴィアが叫ぶと風が起こり、体重70kgはある中年の体がいとも簡単に転がされた。

 こいつ!!!

 我儘っ子かよ!

 どんだけ、トイレに行きたくないんだよ!


「... ...花島。さよなら」


「は?」


 シルヴィアは瞬時に間合いを詰めて来て、後退する隙もないまま、腹に激痛が走った。

 目の前にある小さな褐色の顔はどこか悲し気で、どこかで見た表情を浮かべていた。

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