第151話お母さん! ゴーレム幼女の過去⑩完

 ______クックの家______


 レインの亡骸を机の上に乗せ、クックはゆっくりと椅子に座り、孫娘の四肢が浮かぶ緋色の魔石に話しかける。


「シルヴィア... ...。私はどうしたらいい? お前を殺した魔女をどうしたらいい?」


 緋色の魔石は何も答えない。

 森に点けられた火は勢いを増し、クックの家を飲み込むのも時間の問題だった。


「実は少し前からレインが”最悪の魔女”だという事に気付いていた。最初はお前を殺した魔女を殺そうとしたんだ... ...。だが... ...。出来なかった」


 シルヴィアは天真爛漫に笑い、レインは何をしても仏頂面。

 似ても似つかない二人だが、クックは何故かレインに孫娘を重ねてしまった。

 クックはシルヴィアの為に使おうと思っていた”マンティコアの瞳”をきつく握る。


「シルヴィア... ...。私は... ...」


 ”マンティコアの瞳”は微弱な光を放ちながら、クックに語りかけるように点滅をし始め、緋色の魔石も”マンティコアの瞳”に呼応するように赤い光を放つ。


「シルヴィア... ...」


 棚に積まれた魔石や机の上や足元に散らばる色とりどりの魔石も二つの魔石に反応するように光を発し、魔石から発せられた光の粒はホタルのように部屋を舞う。


 暗闇に包まれていた部屋は発光する魔石によって幻想的な色を醸し出す。

 緋色の魔石から飛び出した一際輝きを放つ光の球は”マンティコアの瞳”に巻き付くように辺りを飛び周り、机の上に置かれるレインの周囲をグルグルと回る。


 その光景がクックには、シルヴィアが同い年の友達を見つけて遊んでいるように見えたのか、光の玉に孫娘の面影を思い出し、顔をぐしゃぐしゃにして大きな声で笑った。


「シルヴィア。すまんな」


 垂れた鼻水を袖で拭い、クックは机に横たわるレインの側に立つ。


「俺は大馬鹿者だ......。レイン、絶対に幸せになるんだ。お前が目覚めた時、戦争も魔法もない世界になっている事を願っている」


 マンティコアの瞳はレインの胸部に吸い込まれ、身体の中でも発光し続ける。



 千切れた腕の出血は徐々に止まり始め、膨れた顔にも血の気が戻る。


 クックは思い付いたように、棚に閉まっていたレースが付いた純白無垢なドレスをレインに着せる。

 以前、プレゼントしようとした鎧を服の上からレインに着せる。


 鎧の中には魔石が敷き詰められ、微弱ながら魔力を供給し続ける。

 レインは棺桶と鎧を例えたが、仕組みをみれば棺桶というよりも、赤子を入れる揺かごのようだ。


「......」


 クックは名残惜しそうに眠るレインの頬に触れ、鎧を閉じた。

 レインをここに放置すれば、侵略者の手に渡ってしまうと考えたクックは鎧に入ったレインを持ち上げ、隠し場所を求めて家を飛び出す。


 既にこの時、森に放たれた火はクックの家を飲み込もうとしていた。

 火の粉が舞う中、咳き込みながらもクックは老体に鞭を打つ。


「......ここなら」


 目の前にある洞窟は奥行きもなく、人が一人隠れられる程度の大きさしかないが、レインを隠すにはちょうど良い場所だった。


 鎧に入ったレインを洞窟の奥に押し込めると、クックは魔法を使い、岩を持ち上げ、洞窟の入り口に栓をした。


「......さよなら。我が孫よ」


 別れの言葉をレインに告げ、クックは帰路に着く。

 家にはシルヴィアがいる。

 彼女一人にしておく訳にはいかなかった。


 家に戻ると火は家に燃え移り、鬼の鳴き声のような音を立てている。


「......シルヴィア」


 クックは孫娘との思い出を噛み締め、笑いながら火の中に入っていった。

 家にあった魔石は融解し、色とりどりの光の粉を撒き散らしながら黒い煙と共に天に昇った。



 ◇ ◇ ◇



 ______200年後。


 灰となった森には再び草木が生え、この森が一夜にして消失した過去など知らぬ鳥たちは木々に止まり、羽を伸ばしている。

 聖リトラレル国があった場所は呪われた地として恐れられるようになり、この200年の間、人が寄り付かぬ地となっていた。

 崩れた家々の一部やその場に取り残れた骨や武器の数々が当時の凄惨な出来事を物語っている。


「くそ! 結局、何も残ってないじゃねえかよお!」


「流石に200年も前の事ですからね... ...」


「ちくしょう! 美味しい話だと思ったのに! あの双子の魔女、今度会った時に耳元でデッケエ声出してやるからな!」


「流石マスター。地味に嫌な事をしてきますね」


 桐島怜人とエルフのエゼキエルは200年前に存在した魔術師ヴァ二アル・クックが遺したとされる”マンティコアの瞳”を探しに呪われた地まで足を運んだ。

 酒場で会った双子の魔女にクックの自宅があったとされる場所が書いた地図を高額な金をはたいて購入した事もあり、怜人は苛立ちを隠せない。

 エゼキエルは、雇用主である怜人を腕を組みながら一歩引いた場所で静観していた。


「お前も探せよ! 今晩の飯代くらい稼げ!」


「ええ~。この服、気に入っているから汚したくないなぁ」


 緑と白を基調としたドレスをひらひらさせるエゼキエル。

 胸元は大きく開き、豊満なバストを強調させている。

 所々、生地が透け、長く透き通った手足をこれでもかと見せつけ、手足が短い怜人はエゼキエルの美貌を羨ましがった。


「けっ! 褒めてくれる奴がいなけりゃ、良い服着てても意味ないだろ!」


「あらあら。怜人さんが褒めてくれてもいいんですよー?」


「だ、誰が褒めてやるかよ!」


 怜人は背後からでも分かるほどに耳を真っ赤にし、恥ずかしさを滲ませる。

 エゼキエルはそんな不器用で恥ずかしがり屋な怜人が可愛く見え、クスクスと笑った。


「お! あった!」


 灰が混じった土をほじくり返していた怜人は声を上げ、赤い魔石を頭上に掲げ、太陽に当てる。


「人工物の魔石かよ。いらね」


 怜人は魔石をポイと放り投げ、後ろに居たエゼキエルの足元まで転がる。

 太陽の陽を浴びた魔石は真紅のような濃い赤をしていた。


「... ...人工物? 確か、魔石が人の手によって製造出来るようになったのは80年程前からだったはずじゃあ... ...」


 違和感を感じたエゼキエルは腰を落とし、足元に転がる魔石を手に取ると。


「______きゃあ!」


 聞きなれないトーンのエゼキエルの悲鳴を耳にし、怜人は手を止め、振り返る。

 すると、そこには驚いて尻餅をつき、白いフリルやレースの付いたセクシーなパンツをまる見えにしているエゼキエルの姿があった。


「ぶっは! おまっ! 急にパンツ見せるなよ! ドキドキしちゃうだろが!」


「な、何を考えているのですか!? そ、それよりも上!」


「上?」


 スカートを押さえながら、エゼキエルは怜人の頭上を指差す。

 エゼキエルの指した指の延長線上を怜人が見るとそこには太陽が何故か二つ存在していた。


「あれ? この世界の太陽って二つあったんだっけか?」


 疑問を呈した直後、一つの太陽は小刻みに揺れ、怜人の視界から飛び去る。


「うおっ! 太陽が動いた!」


「太陽ではございません! 光源体です! 先程の魔石から飛び出ました!」


「なんやと!? 光源体!? 人工物から!?」


「ええ! 人工物から光源体が出た事なんて今まで聞いた事がありません! あれを国に持ち帰れれば金貨1000枚以上の価値があり______」


「金貨1000!?」


 金貨1000枚という途方もない金額を耳にし、怜人は雄叫びを上げながらフラフラと浮遊する光源体を追う。

 光源体は赤い光を点滅させながら、森の奥に消え、怜人もそれに続いた。


「ちょっと! 怜人さん!!!」


 取り残れたエゼキエルは立上り、尻に付着した泥をパンパンとはたき、小走りで怜人を追った。



 □ □ □



「ちゅがああ!!! 金貨1000枚がっっっつ!!!」


 森の奥は薄暗く、光源体を見失ってしまい、怜人は顔のパーツを真ん中に集中させるように力みながら悔しさを爆発させる。


「はあはあ... ...。あんなに発光していたのに見失ったんですか!?」


「くそ! 嵌められた! 途中から『あれ? 何か違うな』って思ってたのに! あの魔石、人を騙すぞ!」


 握りしめた右手を解くとその手の中には潰れた赤いトンボがおさまっていた。


「またですか!? 怜人さん! いい加減に眼鏡買いましょうよ!」


「そんなもん食費がもったいねえ!」


「いや、食費って! あれを捕まえてれば金貨1000枚ですよ! バーバリオンを5億頭くらい買ってもおつりが来ますって!」


「... ...早く言ってよおおお!!!」


 悔やんでも悔やみきれない。

 怜人は地面に両膝を付け、頭を抱えた。

 本気で悔しがる怜人を見て、エゼキエルは肩に手を置き。


「また、次がありますよ。今度は眼鏡買いましょう」


 と労いの言葉をかける。


「エゼキエル... ...。ん!?」


 エゼキエルの後ろを光源体が浮遊しているのに気付き、怜人は勢い良く、立ち上がる。


「______ッッアッタアア!!!」


 怜人の頭がエゼキエルの顎にクリーンヒットし、エゼキエルは苦痛に顔を歪ませる。

 怜人は自身も痛いはずなのに、そんな素振りを見せる事なく、光源体を再び追いかけた。



 □ □ □



「... ...」


「怜人さん! 酷いじゃないですか! 絶対、今のであたしの顎割れましたよ!」


 エゼキエルは顎に手を当てながら、茂みに身を隠す怜人に声を掛ける。


「静かにしろ! 俺なんて生まれた時から顎割れているぞ!」


「... ...何の自慢ですか」


「あっ!? 耳ぶっ壊れてんのか!? どうしたら自慢に聞こえる!?」


「はいはい。静かにしましょうねー」


「ぐっ... ...!」


 エゼキエルも腰を落とし、怜人が見ていた方向に目を向けると光源体が岩肌のあたりをグルグルと旋回していた。


「何か探しているのですかね?」


「知らん。あっ!」


 旋回していた光源体は岩と岩の間に小さな穴を見つけ、スルスルと中に入ってしまう。

 万事休すかと思われたが、怜人は茂みの中から勢い良く飛び出し。


「シャッ! エゼキエル! 今や!」


 とエゼキエルに魔法を出すようにボディーランゲージを交えて指示。


「え? ああ。はいはい」


 エゼキエルは怜人が要望している事が一瞬よく分からなかったが、持ち前の勘の良さで「ああ、岩を吹き飛ばせばいいんだな」と解釈し、詠唱を始める。


「mmmk uyber zef!」


 エゼキエルの首元に光る赤い魔石は呪文に応えるように光を放つ。

 光の渦はエゼキエルの右腕に集まり、集約された光は螺旋を描きながら一直線に岩へと向かった。


「うおおお!!! 1000枚!」


 怜人は目を金貨にし、土煙の中に飛び込んだ。


「怜人さん! どうです!? 捕まえました!?」


「捕まえた! これで億万長者だ!」


 そう言いながら満面の笑みで土煙の中から帰還した怜人が抱きかかえていたのは金色の髪の美しい幼子だった。


「え!? 誰ですかその子!?」


「誰? ... ...誰!?」



 □ □ □

 ■ ■ ■


「こうして、レインは長い眠りから覚め、この冒険者たちと冒険をし、何やかんやあって、幸せに暮らしましたとさ。おしまい」


「______いや! 最後すげえ雑!!!」


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