第108話お母さん! 星の聲!

「ぶほおおおお~!!!」


 森の支配者のようないびきを掻く髭婆さん。


「だ・ダメだ... ...。眠れん」


 男どもはリビングで眠り、女性陣は隣の部屋で寝ている。

 他の男連中はこのいびきが気にならないのか、長旅の疲れからか、いびきに負けずにぐっすりと眠っていたが神経質な俺には厳しい環境だった。


「あれ? ヴァ二アルは?」


 一応、男に戻ったヴァ二アルはこちらの部屋で寝ることになり、就寝前まで近くにいたのだが今は姿がない。

 窓の外に人影が見えたので俺は他を起こさないようにして悪魔の根城から脱出を試みた。


 ◇ ◇ ◇


「あ。ごめん、起こしちゃった?」


 影の正体はやはりヴァ二アル。

 悪魔という種族だからか赤い満月に照らされた金色の髪が美しく、妖艶で、とても画になる光景だった。

 その画を見た人物は描かれている人物が男性だとは思わないだろう。


「あのイビキが凄まじくて寝れない」


「あはは。確かに凄いよね」


 口から洩れた吐息は月に引かれるようにして上空に昇り、一筋の線を空に描く。

 砂漠が近い為か昼間は半袖一枚で過ごせる程の暖かさだったのに、夜は一気に冷え、ヴァ二アルは手が冷たいのか「ふー」と息を吹きかけ、暖を取っている。

 夜空には満点の星空が広がり、俺とヴァ二アルはそれを黙って見上げていると。


「あ! 流れ星!」


「あ? どこだ?」


 流れ星というものは聞いた時にはもうそこにはない。

 本能的には分かっているのに「どこ?」と場所を聞いてしまう。

 人間という生き物は過ぎ去った事を気に掛ける唯一の生き物だと俺は思う。


「あー。あー。行っちゃった... ...」


「そういや、俺の居た世界では流れ星が流れる前に三回お願い事をすれば願いが叶うって言われてるぞ」


「本当に!?」


 ヴァ二アルは目をまん丸にして顔をこちらに近付ける。


「ああ。ただ、三回言うなんて無理ゲーだから一回で良いとも言われている」


 確か、小学校低学年の時は三回って言われてて、ゆとり教育が始まった時くらいから一回でも良いと言われ出したと記憶しているが真相は定かではない。

 もしかしたら、地域ごとに違うかもしれません。


 叶えたい願いがあるのかヴァ二アルの表情は真剣そのもの。

 そんなに気合を入れても流れ星が見つかる訳がないのに必死で空を見上げている。


「王様になれば流れ星にお願いしなくても大抵のものは叶うだろ?」


 金があれば大抵の物は手に入る。

 心は金では買えないと言う人もいるが大抵の心も金で買える。

 買えない物は諦め、早々に代用出来る物を探せばいい。


 王様はそれが出来る立場だ。

 ヴァ二アルは王様にはなりたくない。

 でも、叶えたい願いはある。

 それは王様になっても手に入らない物なのか?


 ヴァ二アルは上を見ながら答えてくれて、それは意外なものだった。


「僕は”僕として生きたいんだ”」


「... ...ごめん。おじさんよく分かんない。十分、生きていると俺は思うんだけど?」


「そうだね! 僕は恵まれている。欲しい物は何でも手に入るし、女の子にもモテる。でも、僕はヴァ二アル・パスであってそうじゃないんだ」


「... ...」


 やべー... ...。

 この子スイッチ入りやがった... ...。

 この手の意味わからん事を言う奴とは経験上、関わらない方がいい。

 俺は黙って後退りして悪魔の根城に戻ろうとするとヴァ二アルに声を掛けられてしまった。


「花島は僕が男の子の時と女の子の時どっちが好きだった?」


「あ? いや、女だけど」


 まあ、俺も変態だから今の胸があって、股の間に男の象徴が付いている姿も何か妙にそそられるけどさ。

 それを言ったら本能的にヤバイ人になってしまうと悟ったので可愛い噓をついた。


「ふふ。変態だね」


 ヴァ二アルは手を後ろに回して、右斜め45度の角度からこちらを見つめる。


 ダメだ... ...。

 本格的にゾーンに入ってしまったようだ... ...。

 これ以上、関わったらそっちの世界に引きずりこまれてしまうかもしれない。


「俺はもう寒いから家に入るぞ。お前も風邪ひく前に戻れよ」


 頭がおかしい奴でも明日の王戦で必要な存在なのだ。

 体調を崩されても困る。

 優しさの欠片もない俺の発言を勘違いしたのか、ヴァ二アルは改まり。


「花島... ...。ありがとう」


 とボソッと呟いた。



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