第101話お母さん! 花島パスの誕生です!

 □ □ □

 ◆ ◆ ◆


 三人衆からヴァニアルの兄であるヴァニアル・ハンヌの情報や彼が王になった際に懸念される状況を聞いた花島は足早にシルフとヴァニアルの元に向かい、ダイニングの扉を開けた。


「... ...お前らの仲間はまだ生きてるぞ」


 縛られていた人狼はまるで独り言のような声でトムの安否を伝える。


 それを聞いた三人衆から喜びと共に「何故、その情報を俺たちに?」と疑問を抱く。


「はぁ... ...。もう、この家業も終わりか。もう少し稼げたんだけどなぁ」


 三人衆は人狼の気持ちが分からなくもなかった。

 武士である自分達も彼と似たような立場だからだ。


「本当に食べてないのか?」


「あぁ。食べてない。王宮のどこかで幽閉されている」


「... ...そうか。それは安心した。しかし、どうしてそれを俺たちに?」


 才蔵は人狼の顔を覗き込む。


「ふん。俺は人狼だ。”人”という文字が付いている事に誇りを持っている。人を喰うのは獣だけだ」


 人狼は恥ずかし気もなく思いを口にする。

 待っていた言葉と少し違っていたのか才蔵の口から笑いが溢れる。


「ハハハ!」


「な、何がおかしい!?」


 と人狼は顔を赤くして反抗。


「あい、すまん。会った事がないタイプの人外だったものでな」


「そりゃあ、あんたの見識が狭いだけだ」


 人狼はバカにしたように言葉を吐く。

 才蔵はそれに対して怒ることもなく、人狼の言葉を受け入れた。


「あぁ、それを今日、痛感したよ。それと俺は才蔵という名だ。人狼。お前の名を教えてくれまいか?」


 才蔵はまるで新しい仲間に会えたかのように口元と緩ませ、目元にシワを寄せて尋ねる。


「人外に名を尋ねるなんて変わった野郎だ」


「あぁ、修行ばかりして国ではすっかり変人扱いだ」


「ふん。変人でも人は人だぜ。... ...エイデンだ」


「エイデン。良い名前だ」


 ダイニングの窓が割れ、冷たい風が部屋を包む。

 暖をとるためか心なしか三人と一匹の距離が近くなったように見える。



【宮殿内・廊下】



 ◆ ◆ ◆


 月明かりが窓を反射し、廊下の壁や床に光の波が波打ち、見慣れた廊下はまるで子供の頃に行った水族館のようだ。


「__いやだ! 絶対に嫌!!」


 穏やかだった海中を一気に凍結させるようにヴァニアルの声が廊下に響き渡る。

 どうやら、シルフの部屋から声が溢れている。


 微かに開いた扉から見えるのはシルフのベッドで駄々をこねる子供のようなヴァニアルとその横に腕を組んで立つシルフ。


 ハッキリ言って、シルフは気が短い。

 自分と同じような境遇のヴァニアルに苛立ち、もしかしたら、ブチキレることこの上なしだ。


 そうなる前にと俺は扉のドアノブに手をかけ、中に突入しようとしたのだがシルフの声で踏みとどまる。


「やりたくないならやらなければいいでしょ? 逃げ回ってたってダメ」


 思いのほか、シルフは子供を諭すような母親のように穏やかな声だった。


「僕は嫌だって言った! それでいいじゃないか!」


「嫌なら嫌で相手を諦めさせるような言葉や態度で明確に明示しろと私は言っているのよ」


 長年の経験から人に一言で意思を伝える術を知っているのか、王としての先輩でもあるシルフはどうやら何かを伝えたいようで、あまり多くを語らない彼女が珍しく自発的に語り出す。


「私は父や母が同時に死んだから心の準備出来なかったし、『王になりたくない』って言う事すら出来なかったわ。あなたはまだ良い方よ。あなたは何にでもなれる。好きな人生を選択すればいいわ。誰もそれを責めたりする権利もないのよ」


 若干、冷たく突き放すように聞こえなくもないが、シルフにしては言葉を選んだ方だと思う。


「シルフは今の人生はどう? 楽しい?」


 シルフはヴァ二アルの純粋な問いをどう答えるのか。

 問いに対してシルフは間髪入れずに眉間をシワを寄せながら答える。


「楽しくはないわ。辛い事の方が多い。精神的に疲れるから私は病弱にもなったわ」


「え... ...。じゃあ、やっぱり、僕もなりたくないんだけど」


 この下手くそ!!!

 何、辞めさせる方向に持って行ってる!

 嘘でもいいから少しくらい良いことを言え!


 王様としての先輩であるシルフが多くを語り過ぎるとヴァ二アルが尚更尻込みしてしまう恐れもある。

 これは乱暴かもしれないが引っ張ってでもあいつを国に連れて行き、王にさせるしかないかも。


 そう思い、俺は再び、ドアを開けようとドアノブに手を掛けるとシルフが話を付け加え、話を始め。


「まあ、辛い事の方が多いのだけれど最近は大分賑やかになって来て、自分で言うのも何なのだけれど笑う事が多くなった気がする。前は私を笑わせてくれる人なんて一人しかいなかったのにね」


 その一人というのは恐らくセバスの事だ。

 皆には見せないがセバスが死んでからシルフは布団の中で毎晩泣いているのを俺は知っている。

 ここで多くを語らせることはセバスの記憶を思い出させ、また、シルフを不安定な状態にさせてしまうのではないか... ...。

 しかし、俺の予想は杞憂に終わる。


「辛い事の方が多い。なりたくてなるものではないのは私が一番分かる。ただ、あなたのなりたいものがそれになってみて良かったと言い切れるかは分からない。嫌なものでも案外、なってみると今まで見れなかった景色を見れて楽しいこともあるわ。私に言えるのはそれくらいね」


 シルフの助言を聞いてヴァニアルが一体何を思うのかは分からない。ただ、ヴァニアル家の後継として人生を選ぶのも良し、ヴァニアル、パスとして選択するのも俺にはもう止める事が出来ないかもしれない。


「ありがとう。シルフ姉さん。僕は__」



【宮殿内・王の間】


 ◇ ◇ ◇



 前日の騒動から一夜明け、神妙な面持ちでみんなの前に立つシルフとヴァニアル。

 ヴァニアルから今後の展開について語られるという事で三人衆も含めて勢揃い。

 ゴーレム幼女やホワイトも話を聞いておいて欲しいという事で集められた。


「おい。あいつ本当に大丈夫なのか?」


 俺は才蔵に耳元で部屋の隅で腕を組んでいる元他の星のプリンスのような奴の事を指摘。


「あぁ。大丈夫だ。俺を信用してくれ」


 俺は心の中で本当かよ。

 と思ったが。ヴァニアルの国までに行くには仲間が多い方が助かるのも事実。

 まぁ、仲間食われた奴が言うんだからお前らがそれで良ければいいんだけどさ。


「____ごほん」

 

 何やらヴァニアルが一つ咳払いをし、襟を正し、普段出さないような大きな声で。


「皆さん。今日は集まってくれてありがとう。そして、こんな部外者を迎え入れてくれたシルフ王を始め、ホワイトシーフ王国の皆様にこの場を借りてお礼申し上げます」


 緊張してか、多少、声が上ずっているが堂々としている。

 小さい頃からヴァニアルの世話をしていた三人衆も誇らし気な様子。


「今、僕の国では僕の父であり、ヴァニアル国当主が病に倒れ、その王位を継承するものを探しています。そして、僕にはその資格がある」


 そうだな。

 ヴァニアル。

 お前の選択は間違ってない。最初は上手くいかなくて辛く、泣いてしまう事があるだろう。

 だが、その溢れた涙は地面に落ち、お前の足元をしっかりと固めてくれるさ。


 王位継承戦とやらに部外者である俺たちは参加出来ないが、こいつらであれば必ず王になってくれるに違いない。

 これだけ、心と心が繋がっているんだ。

 心の強さが本当の強さだ。


 自分の中で良い感じに物語を締めようと感傷に浸っていた矢先、ヴァニアルから天地をひっくり返すような言葉を耳にする。


「それで、僕、ヴァニアル・パスは退します!」


「......えー!?!?!?」


 開いた口が塞がらなかった。

 三人衆を見ても同様で、天音に至っては気絶してしまう始末。

 それもそうだ。

 ヴァニアルが王位継承戦に参加しなければ自動的にヴァニアルの兄が王となるのだ。

 偶然かもしれないが、ヴァニアルの兄は”ハンヌ”という名前。

 ハンヌの恐ろしさを知っている者からしてみればヴァニアルの兄を王にするべきではないのは当然。


 しかし、シルフは一体全体、昨日、何をやっていたのだ!

 あの雰囲気なら必ずやヴァニアルの口から「僕は王様になる!」という声が聞こえると思ったから俺は席を外したというのに... ...。


「ただ、します」


 あん? 

 一体どういう事だ?

 王位継承権は放棄するのに、王位継承戦には参加??

 放棄する権利を捨てるのに参加する意味など......。あっ。


 そして、俺の疑念はヴァニアルの次の言葉で現実のものとなる。


「で、僕が勝ったら王位継承権はと思います!」


「な、何ですとー!? そんなバカな話があってたまるか!」


 冷静だった才蔵もあまりの奇策に取り乱し始めた。


「バカな話じゃないわよ」


 そこで、今まで人形のように眉一つ動かさずに座っていたシルフが立ち上がり、ヴァニアルの言葉を補足。


「ようは貴方達や国民はヴァニアルの兄が王位継承しなければいいのでしょう?」


「それはそうだが、ただ、他国の者が王位を継承するなんてそれでは侵略されたと同じではないか!」


 確かにそうだ。

 一般的に物の考え方をすればそう結論が出るのは必然。

 才蔵が言っていることが正論。


「そうね。ただ、今のこの子が王位を継承しても他の国から侵略されて太刀打ち出来る?」


「で、出来るとも! その為に我らがいる!」


 才蔵は胸を張る。

 それでこそ、忍者の鏡だ。


「いや、あんたら弱いじゃない。ホワイトに瞬殺だったんでしょ? ホワイトはウチの国でも下から数えた方が早いくらいの実力よ」


「え、そうなの?」


 才蔵が俺に確認。


「うん。因みにゴーレム幼女が魔女で一番強くて、シルフも魔法を使える。今は一緒に暮らしてないが森の中にも双子の魔女がいる。ホワイトは中くらいかな? ホワイトの村にはホワイトみたいなやつが大勢いるよ」


「... ...マジで?」


 才蔵は目をまん丸くして正に井の中の蛙といった様子。

 まぁ、魔法を使える者がこれだけ存在することがおかしいのだ。

 気を落とすな才蔵。

 少なくともお前らは俺よりは強い。


「まぁ、安心なさい。私達はこの国を拠点にするから一定量の食糧や物資を供給してくれれば問題ないわ」


 それはお前にとって問題がないだけで、ヴァニアル国にとっては大問題なんだけど、俺はビビって何も言えず。


 ハンヌよりもシルフの方が恐ろしいと思えてきた。


 そこで、天音が何かを思い出し、悪足掻きを始める。


「あ~! そういえば、王位継承権は無かったはず! 今のパス様では王位継承戦に出る事も難しいはず!」


 えー。

 何を今更。

 しかし、あながち嘘でもないのか?

 話の真理を問う為、シルフはヴァニアルに事実確認。


「... ...そういえば、そうだったかも」


 一気にヴァニアルの顔が青ざめ、発言をした天音の顔も青くなっていく。


 このバカチンが!

 もっと早く言え!

 今までのやり取り無駄じゃねぇか!

 とヴァニアル国に住民票を置く奴らの頭を全員引っ叩きたくなった。


 話が長くなったので居眠りをしていたゴーレム幼女が目を覚まし、ホワイトに状況を確認。


「で、どうなったみそ?」


「えっとね。どうやら、ヴァニアルちゃんは今、女の子だから王位継承権がないみたいなの」


 そして、話の流れを理解していないゴーレム幼女からまさかの解決策が出る。


「ふーん。じゃあ、適当な奴と結婚させて、その王位継承権を継がせれば問題なさそうみそ」


 えっ?

 そんなのありなの?

 ごめん。それって王族あるある?


 俺が本当かよ!

 と困惑しているとシルフが指をパチンと鳴らし。


「それね! よし!」


 と何やら俺と目が合い、シルフがニコッと笑う。

 おやおや、これは穏やかでないぞ。

 シルフが笑う時は基本的に狂気的な事を行なっているか、ないしは、考えた時だと相場が決まっているのだ。

 そして、案の定、シルフの口から告げられた言葉は狂気的な言動だった。


「よし! 花島! あなた、ヴァニアルと結婚しなさい!」


「えー!?」

「なにー!?」


 三人衆はなぜか俺のことを睨み付ける。

 天音に至っては後ろに般若が見えなくもない。


「ちょ! ちょっと待ってくれ! そんな、いきなり結婚って! ヴァニアルも嫌だろ!?」


 男と元男が結婚なんて俺の倫理観では考えられない。

 確かに今、ヴァニアルは女の子だがいつ元に戻るか分からないまま。

 もし、男に戻れば金髪で癖っ毛で白くてモチモチした肌で何よりも可愛らしい尻尾もある。

 男らしいというよりも女の子らしくて、どちらかといえば女の子よりも女の子っぽくて......。

 あれ!? あんまり嫌じゃない気がして来たぞ!?


「花島だったらいいよ! 優しいし! そうと決まれば子供が早く欲しいね!」


 豊満なバストを揺らしながら魅力的な笑顔と身体で俺を誘惑してくる悪魔。

 そういえば、こいつはサキュバスだったんだ。


「うん。まぁ、性別なんて関係ないよね」


 と花島つとむ(27)は元男でサキュバスの王子様との結婚を決めた。

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