第59話お母さん! ごめんなさい。

「______花島! 危ない!」


 ホワイトが再び、俺を守ろうとする為に自身の体で俺を包み込む。

 それは、まるで、シェルターのようにすっぽりと。

 体を丸めた際に、ホワイトの唇が触れそうになるほどに近づく。


「大丈夫。あたしが守るから」


「あ... ...。ダメだ! 逃げろ!」


 ホワイトは黙ってニコリと笑う。

 その笑顔はどこか引きつっていた。

 こんなに悲しい笑顔があるのだろうか。

 ホワイトはいつもこうやって自分の事よりも人の事を優先する。

 自己犠牲という言葉を美化しているに違いない。


 この思想は立派なものか?

 平和ボケした第三者はそれを「立派だ」と言い、その行為を流布して、自己犠牲をした者に賛辞を送る。

 それを周りの者に話す事により「自分も同じような状況に直面した場合、同じような行動を取る」そのようなものを匂わす。


 他人のふんどしで相撲を取るようなもの。

 他人の素晴らしい行動を話す自身に酔っている。


 ____狙われているのは俺だ。

 

 ホワイトは逃げれば助かるかもしれない。

 彼女はそれに気付いていない。


 それを伝えたところで無意味な事だろう。

 ホワイトはどうせ俺を助ける為に身を徹す。

 ホワイトは出来た奴だ。

 俺のつまらない話もいつも笑顔で聞いてくれるし、街の瓦礫の山を片付けるのにも文句を言わずに黙々と手伝い、ニートの兄貴の事だって軽蔑せずに尊敬している。


 俺なんかよりもずっと生きる価値のある奴だ。

 それは100人中100人が認める事。

 

 そんな奴が、今まさに、俺を守る為に一人の体の大きな少女が自らの魂の灯を消そうとしている。


 轟音がしたかと思うと、ホワイトの体が激しく揺れ、ホワイトは苦痛に顔を歪める。

 ホワイトの体がクッションになっているにも関わらず、火の玉の熱気とぶつかる際の衝撃は凄まじいものだった。

 ホワイトの名前を叫ぶが豪雨のような激しい音でかき消される。


「ホワイト!!!!」


 自分の声が聞こえた時には既に音は鳴り止み、耳鳴りだけが残る。

 掌が燃えた時は肉が焼けたような匂いがしたが、今はそれに焦げ臭い匂いが重なる。

 どちらにしても人間にはキツイ匂い。

 吐きそうだ。


 呼びかけに対して、返答はなく、ホワイトの目は閉じたまま。

 体に空いた狭い隙間をくぐり、外に出ると衝撃の光景が飛び込んで来た。


 ホワイトの上には大きな黒い物体が彼女を守るかのような形で覆いかぶさっている。

 立ち上がる煙で目に霞みがかっていたが、吹き抜けが煙突のような役割をして、煙を上空に運ぶと、その黒い物体がホワイトの兄だと分かった。


「______!?」


 上部に残る髪の毛の一部や体の大きさなどから、それをホワイトの兄貴と判別する事が出来たが、背中は真っ黒焦げ、辛うじて肌と認識出来る部分は真っ赤に爛れている。

 まるで、ナパーム弾を放たれたジャングルの跡地のように焦げ臭い匂いが辺りを包む。

 

「ぐ... ...。ほ・ホワイト... ...」


 微かにホワイトの兄貴の声が聞こえた。

 どうやら、息はあるようだ。

 

 これだけの火傷を負って正気を保っていられるなんて... ...。

 それは、巨人族のタフさがあったからなのか、妹を守ろうとする思いが何かを超越したのか定かではない。


 ホワイトを見ると、衝撃で意識を失ってはいるが目立った外傷はない。

 口元に顔を近づけるとシッカリと息がある。


「大丈夫だ! 今、意識を失っているけど、生きてる! 生きてるぞ!」


 ホワイトの兄の声がした方向に大きな声を出してその事を告げる。

 すると、妹が無事な事で気が抜けたのか、覆いかぶさっていたホワイトの兄の体はホワイトからゆっくりと崩れ落ちた。


「うーん。とんだ邪魔が入っちゃったわね。花島君の事、殺し損ねちゃったわ... ...」


「レミー。今度は私にやらして!」


 魔法少女と元魔法婆は、まるでゲームのように人を殺めようとしている。

 いくら、操られているからと言ってこんな事が許されるのだろうか? 

 俺は恐怖よりも怒りの感情の方が勝った。

 しかし、それを爆発させても意味がない。

 どんなに俺が足掻いたってあの二人に一撃を与えるどころか触れる事すらままならないのは如実だったからだ。


 力で太刀打ち出来ないと悟った俺は自然と二人の前に膝まづき、土下座をしていた。


「お願いだ。俺はどうなってもいい。ホワイトの兄やホワイトは無関係だ。どうか、見逃してやってくれ」


 ホワイトに自己犠牲がどうとか言っていたのに、俺も自分を犠牲にして二人を助けようとしている。

 もう、関係のない二人が傷つくところは見て居たくない。

 俺一人が殺されれば二人は助かるかもしれない。


 自己犠牲というよりも効率を考えたら、当然にそのような結果になる。

 どの道、こいつらに殺される運命なんだ。

 だったら、腕をもがれようが、目を潰されようが、二人が助かるならどんな拷問も受け入れよう... ...。


「あははは! ダメ! ダメ! あんたが、懇願した所で三人ともぶっ殺すんだから! 残念でした~」


「そこをなんとか頼む。操られているからといって昔の記憶がない訳ではないんだろう? 優しかったお前たちを思い出してくれよ... ...」


「... ...優しかった?」


 元魔法婆は俺の何気ない言葉に眉を細め、淡々と語る。


「言ったじゃない。私達は悪い魔女だって。それは、今も昔も変わらない。ハンヌ様に操られているという表現は合っているかもしれないし、間違っているかもしれない。ハンヌ様に出会って変わったんじゃない。あるべき姿に戻っただけ」


 あるべき姿?

 じゃあ、俺が出会った二人は偽りであって、本来の姿はこれだというのか?

 あの笑顔は偽物だったのか?


 ____いや、そうじゃない。

 

 二人は操られているんだ。

 そう言わされているに決まっている。

 絶対にそうだ!

 自分にそう言い聞かせる。

 でないと、元魔法婆の俺に向ける冷徹な視線に耐える事が出来なかった。


「女特有の過去を美化したり、引きずったりするのもあるかもしれないけどさ。出会った時の二人は良い魔女だったと思うぞ。それじゃあ、ダメなのか? 過去忘れちまえよ!」


「忘れられる訳ないじゃない... ...。あんたみたいな人間に私達の何が分かるってのよ!!!」


 元魔法婆は目を見開き、語気を荒げ、今までの語り口調とは真逆で感情的になる。

 

 ____恐い。

 

 俺は元魔法婆のその姿を見て全身から汗が吹き出た。

 身体が震え、口の中は乾ききっている。

 目の前の魔女が強いと本能レベルで分かっているのだ。


 だが、ここで怯んではダメだ。

 このまま殺されても悔いが残る。


「分かるよ! 俺だって、忘れられない過去なんていくらでもある! 親父が小学生の時に急に死んで大変だった時も、高校生の時にクラスでイジめられた時も、大学生の時に付き合ってた彼女がモンゴル人に寝取られた時だってあったけどさ! それを乗り越えて今があるんだよ! そりゃ、夢で昔の事を思い出す事もあるよ! 起きた瞬間は『仕事行きたくない』『学校行きたくない』って思うけどさ、それじゃあ、ダメだと思うから前に進むんだよ! お前らも早く目を覚ませよ! いつまで、夢の中にいる気だよ!」


 捲し立てるように早口で途中途中噛みながらだが思いは告げた。

 思い起こすと、文章がおかしな箇所が多々あったかもしれない。

 だが、それでも今思っている感情はぶつける事は出来た。

 これで、二人が変わってくれるなら御の字。


「あっ。ごめん。早口で何にも聞き取れなかった。もっかい言って」


 おふ~。

 そりゃないぜとっつあん。

 主人公っぽい啖呵を切ったのに聞こえてないとか... ...。


 いや~。あ~。いや~。

 うわ~。恥ずかしい... ...。


 顔が見る見る赤面していき、先程の火の玉くらいの赤さになった。

 そして、田舎のヤンキーのボケのような返しをしてきた元魔法婆に「もういいから、早く殺せ」と頼み込んだ。


「何言っていたのか気になる所だけど、少し遊び過ぎたわ。いいわ。せめてもの手向けで一瞬で殺してあげる」

 

 そう言うと、二人はトイレの詰まりを直す棒のようなものを天にかかげた。

 すると、直径2m程の大きな円が俺の目の前に現れ、穴の中から「ゴーッ!!!」という大きな音が聞こえる。


 穴から肌が痛くなるほどの熱風が来たかと思うと、穴の大きさと同じくらいの岩が炎を纏って、俺の目の前に出現。

 ああ。これで、死ぬのか... ...。


 火の玉はまるで太陽のようだった。

 足は震えているが、心は落ち着いていた。


 この世界で死んだら一体どうなるのか?

 元の世界に戻るのか?

 それとも、また、違う世界?


 まあ、死んでからまた考えれば良いか... ...。


 死を受け入れた者のように俺はゆっくりと目を閉じた。

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