第56話お母さん! ハンヌという敵!
弓を放った魔法少女はバツが悪そうな顔をして。
「ちっ! 黙ってあたしの弓の餌食になりなさいよ! その顔見てるだけでもイライラするわ!」
これは、本当に魔法少女本人なのか?
彼女の吐く言葉には完全なる敵意が感じられる。
「おい! 魔法少女! お前を管理人にしたってのになんてザマだ! 見損なったぞ!」
「ああああ!? 私の心配よりもダメ出しが先かよ! やっぱり、ハンヌ様が言ってた通りだったようね! お前は救世主でも何でもない! 諸悪の根源!」
「元々、救世主なんて言った覚えないわ! それに、含みを持った発言やめろよ! その、ハンヌ様って奴が気になってしょうがないだろ!」
「そんなに気になっているなら、教えてあげるわ! ハンヌ様は... ...」
魔法少女の発言の途中に魔法婆が突如として魔法少女の横に現れ。
「ミーレ。ハンヌ様についてあんまり情報を与え過ぎてはダメ。彼等は敵なのだから... ...」
「あ・ああ。そうだったわね。ありがとう。レミー。少し、頭に血が上り過ぎたわ」
魔法少女は魔法婆になだめられ、落ち着きを取り戻した様子。
魔法婆は黒いマントを被り、姿が全て見えないようにしている。
俺が今まで見た事がない衣装だ。
敵? 今、俺はそう言われた?
「婆! お前も一体、どうしたんだよ! そんな黒いマントなんか被っちゃってさ! まるで、魔女みたいじゃないか!」
「あたしらは元々、魔女だよ。それも、わる~い魔女」
魔法婆が深く覆っていたフードを取ると、金色の目をした白い肌の美しい白髪の女性の姿。
魔法婆とは似ても似つかない美しく妖艶な美女の姿がそこにはある。
「いや! お前、誰だよ! 婆を出せ! 婆を!」
「あらら。花島君。あんた、熟女好きだったのかい。そりゃ、若返っちゃって悪い事したねえ」
若返り?
この美女が?
じゃあ、あれか? こいつがあの魔法婆なのか?
いやいや、そんな訳が... ...。
いや、しかし、ゴーレムも幼女になったり、美女に変身したりしていた。
それと似たようなものなのか?
この世界では姿形を自由に変える事が出来るのだろうか?
「花島聞いて。あいつら、魔法で操られているかも... ...」
ホワイトが俺に耳打ちをする。
「魔法で操られている!? あいつらが!? だって、あいつらが魔法使いなんだぞ。それも、上級魔法ってやつが使える部類のやつらだ」
「うん。だからこそ操られるんだよ」
「だからこそ?」
「魔法ってのは才能や努力で身につけるってイメージが強いんだけど、魔法を使う事において一番重要なものは魔法を使う人の考え方なんだよ」
「... ...?」
「例えば、『目の前にある固い石を壊す』って目的があるとするよね? その目的に対して花島だったら、どういう方法で壊す?」
「そうだな。俺だったら、それよりも固い石を打ち付けて叩き割る」
「そうだね。それも正解。その場合、対象物よりも固い石を想像して叩きつけるイメージで魔法を放つ。でも、石を壊す方法としては他にも何通りもあるでしょう? この石を溶かしたり、姿を変えて石ではないものにしたり、この石自体を消してしまったり... ...」
「なんか、消すってのは違う気がする。壊すって目的なんだから」
「こじつけ的な言い方かもしれないんだけどね、その目的物を消すっていうのはこの世界での存在を消した。無い物とした=壊したって解釈も出来ない?」
「まあ、何となく分かる気がするが腑に落ちないな。それじゃあ、言ったもん勝ちみたいじゃないか」
「花島は頭が固いね。そういう考えの人は固い石を叩きつけて石を壊すってやり方で目的を達成する事が出来るけど、石を消して目的を達成する事は出来ない。でも、石を壊すっていう目的は一緒」
理解は出来るが、納得は出来ない。
魔法ってそんな曖昧なものなのか?
「それで、なんで、上級魔法使いである魔法少女や婆が操られるんだ!?」
ごたくばかり並べるホワイトに若干イライラしてしまった。
「上級魔法を使える人ってのは目的物に対する選択肢が人よりも多い。それだけ、頭が柔らかいというか寛容というか何でも考えを受け入れちゃうの」
なんか、俺が偏屈な頭の固い親父だとバカにされたような言い方だ。
こいつ、絶対俺の事、影で悪く言ってるよ。
ただ、魔法少女や婆が操られやすいというのは分かった気がする。
見ず知らずの俺を一週間自宅に泊まらせた上、食事まで出してくれたのだ。
よくよく、考えてみれば良い人過ぎる。
「悪い物も吸収してしまう特質が上級魔法使いにはあるから、いつもは結界を周囲に張っていたりするんだけど... ...」
結界?
そういえば、あいつらが元々住んでいた場所には固有結界というものが張り巡らされていた。
猛獣どもの侵入を防ぐというよりも他の魔法使いからの魔術を防ぐ為だったのか... ...。
「ホワイト。それで、あいつらの洗脳を解く方法はないのか?」
「魔術をかけた魔術師を殺せば魔術は弱まると思うんだけど、その者の考えというのは彼女達の中に残ってしまうから完全にその考えをなくそうとするには更に別の考えを吸収させるしかないね。それには、まず、相手の考えをこちらが理解しないと... ...」
「仲間に矢を放って殺そうとする考えなんか理解したくもない!」
なんだか、熱くなってしまった。
どんな考えを持とうが当然にそれは個人の自由だ。
それを侵害する権利は誰も持っていない。
だが、人を殺そうとする考えなんか理解しちゃいけないんだ。
... ...あの魔法少女や婆がそんな考えを受け入れてしまうような強大な力の存在。
魔術師の力量に恐ろしさを感じた以上に、その者の”目的の為なら人を殺しても良い”という考え自体に身震いした。
『ミーレ。レミー。そろそろ、時間だ。戻っておいで』
俺達がいる空間に響く男の声は魔法少女や婆に優しく語りかける。
周囲を見渡しても男の姿はない。
声だけが鮮明に聞こえている。
「はい。かしこまりました」
「はい。かしこまりました」
魔法少女や元婆はしもべのように声を揃える。
「ははは! お前らなんだよ! その猫なで声! まるで、ハンヌ様のメイドみたいだな!」
俺にも出した事のない二人の従順な返答に少し嫉妬し、彼女達をバカにするように笑った。
いつもなら「はあ!? あんたに言われたくないわ!」などと魔法少女が言ってくるのだが、魔法少女は黙って俺を見るだけ。
こいつら、本当に操られているんだ... ...。
今までの何気ない会話が続かないと分かった時、侘しさが込み上げてきた。
同時に、二人をこんな風にしたハンヌ様という輩に対して苛立つ。
俺は天井を見上げながら。
「おい! ハンヌ! 聞いてんだろ! お前は、何者なんだ!」
『そんな乱暴な言葉遣い止めてくれよ。もう少し、節度を持った会話をしようよ。人にものを尋ねる時にはそれなりの礼儀ってものが必要だよ』
ぐっ... ...。正論。
圧倒的にあいつの方が悪者くさいのに、文面だけで見ると俺が悪者みたいだ。
しかも、凄い小粒感がする所謂、雑魚キャラっぽい発言をしてしまっている。
「申し訳ございません。少々、私も熱くなってしまいました。だが、私の仲間がこんな風にされて冷静ではいられない。私はあなたを『悪』だと思っています。『悪』に対する礼儀なんてクソくらえですよ」
『ミーレやレミーが愛想をつかすのも納得。何者に対しても礼儀を持つのは大切です。やはり、あのエルフの王女に仕えるだけはある。とても、傲慢な思想をお持ちだ』
エルフの王女? シルフの事か?
何故、シルフの事が話に出てくる?
それに、こいつ、悪者のくせに知性を感じる。
まあ、考え方が大事という魔法世界において上級魔法使いになればなるほど、知的というのは当然の流れか。
新興宗教の教祖なんかに近い存在なのかも。
それなら、二人が洗脳されたという事実も合点がつく。
_____その時、仄暗い部屋の隅から俺に向かって石が飛んできて、俺の足に当たる。
服の上から当たったので、痛みはなかったが、反射的に石が飛んできた方向に首を振ると。
「あの王女を擁護するお前はハンヌ様の敵だ!」
ボロボロの服を着たゴーレムマンションの住人だった男が暗がりから現れる。
男がそう言って姿を見せると、部屋の四方から他の住人達も姿を見せ、一様に俺に敵意を向けた。
「なんだよ。こいつらも洗脳されてんのかよ!」
そう言いながら後ずさりをすると、ホワイトの体にぶつかり。
「花島。こいつらから魔力は感じない。こいつらは洗脳されてないよ」
「なに!? じゃあ、こいつらは自らの意思であいつの味方をしているっていうのか!?」
「恐らく... ...。人質を取られている可能性も... ...」
ホワイトが喋っている途中に階段の上にいる魔法少女が言葉を荒げながら。
「はあ!? 人質!? 違う違う! 見当違い! 大間違い! この人たちは自らの意思でハンヌ様を支持しているのよ!」
自らの意思?
住人達は魔法少女の発言に続くように口々に、言葉を発する。
「ハンヌ様は俺達の意見を聞いてくれる!」
「あの王女の独裁的な支配にはもうウンザリだ!」
「ハンヌ様は本当の自由を私たちに与えてくれた!」
住人達のシュプレヒコールで空間が揺れる。
内容の殆どが王女の独裁的な政治による不満。
この空間にいる50人超の住民は早々にゴーレムマンションに来た連中で、シルフが住人達に対して行った演説を聞いていなかった。
ここの住人達は意識が変わった王女の姿を見ていない。
いくら俺やホワイトやホワイトの兄が「もう、独裁的な政治は終わった」と言っていても信じてくれない。
それだけ、シルフはこいつらから恨まれていたという事。
抑圧された不満がここに来て一気に爆発した。
あの時と同じ光景がそこには広がる。
くそっ! こんな時に当事者であるシルフがいない!
寝ている所を引っ叩いてでも連れてくるべきだった!
再び、ハンヌの声がスピーカーのように聞こえ、住人達の罵声はピタッと止まる。
『という事だよ。えーと。鼻でか君?』
「花島だ! お前、絶対に鼻むしり取ってやるから覚悟しとけ!」
『ははは! こわいこわい』
「ハンヌ様。そろそろ、お時間では?」
『そうだね。教えてくれてありがとう。レミー』
魔法婆もとい金色の目をした白髪の美女はそう言われると頬を赤くした。
こいつ、元婆のくせに照れてんじゃねえよ。
『じゃあ、皆さん。少しの間、その鼻でか君達と遊んであげてね』
「花島だ!」
『ははは!』
こいつ、絶対に性格悪い!
鼻むしった後にその鼻を野犬のケツの穴に突っ込んでやる!
魔法少女と元魔法婆はハンヌの笑い声と共に姿を消し。
残された住人達は、俺達に再び敵意を向ける。
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