第12話  邂逅

 ダミューに揺られて、アネットとオウエンは草原を走っていた。早朝にコールリッジを出て、川沿いを軽快に進む。

 リケユ川の支流とはいえ、これも大きな川だ。通常なら商船などが行き交って賑やかなはずであった。だが、アーツがこの先の町オーツを占領したために、交通が途絶えている。オウエンとアネットが目指すマルコワは、さらにその先にあった。

 運河を諦めて迂回することはできるが、迂回路であるオーツは既にアーツ軍に占領されている。そこを横切らないと、マルコワへはたどり着けない。


「もうすぐオーツ地域に入る。しっかりフードを被っていろ」

「ええ、わかったわ」 


 アネットは前日に購入したローブのフードを深く被り直した。アーツ軍から顔を隠し、少しでも無駄な衝突を避けるためだ。なるべく目立たないように、素早く突っ切る他ない。


 やがて草原を抜けて林に入った。時折木の向こうでアーツ軍の兵士を見かけたが、こちらには気付かない。進むうちに、林の外はアーツ軍の野営地になっている事がわかった。

 幾つもの軍用の立派なテントが立てられ、数人の兵隊が常にうろうろしている。それに、金属製の大きな筒のような物や、何かが入った大きな袋など、戦で使うような物資が至るところに積み上げられている。


 一人の兵士がテントから出て来た。それは兵の中でも人のような形なりをして、テントの外をうろつく者よりも格段に立派な鎧を着けている。見た目が人と少し違うのは、彼の耳から頬にかけて青い模様が入っていた。それは爪で引っ掻いたような形をした太い線で、縦に3本並んでいる。美しい金髪をさらさらと靡かせて、髪と同じような色の瞳に、縦に細長い黒い瞳孔を煌めかせた。

 容姿は大変美しく、美丈夫と呼んで差支えない。だがその特徴は、やはり彼が人間ではないことを物語っている。


 人型の兵士はゆっくりと、近くを流れる川の方へ歩き始める。オウエンは気配を殺しつつ、その兵を観察し始めた。


「ロニー将軍」


 続いてテントから出てきた兵士が呼びかけた。川へ向かっていた人型の兵が、それに振り向く。


「兵を召集してよろしいでしょうか」


 大トカゲに鎧を着せたような兵士がそう言った。ロニー将軍と呼ばれた兵士は腕を組み、思案を巡らせるような顔付きになった。


「そうだな……船の用意はどうだ」


「はっ! 物資、兵員共に整っております! あとはロニー将軍のご命令を待つのみです」


 トカゲは敬礼し、背筋を尻尾までピンと伸ばした。ロニー将軍はトカゲの方へ歩み寄る。


「そうか、ならば明朝発つ。そうすれば、マルコワへは明日の夜には着くだろう」


 オウエンとアネットは顔を見合わせた。オウエンは顔を強ばらせる。


「マルコワにも反乱軍が潜んでいるとの情報が入った。アジトは壊滅したようだが……芽は摘んでおけとの陛下のご判断だ」

「はっ! 」


 トカゲが再び敬礼すると、ロニー将軍は彼の肩にポンと手を置いた。その表情は柔らかいが、窘める色が強い。


「だが、無益な殺生はするな。卑しい人間相手とはいえ、オーツでの蛮行は目に余る。繰り返すようなら、大事な部下といえど処分せざるを得ん」

「も、申し訳ありません。しかし……」


 トカゲはあたふたしながら言葉に詰まっている。ロニー将軍はトカゲの目をじっと見た。


「人間など殺すのは容易い。たが、それでもそれぞれに人生がある。我々と同じだ。それをゆめゆめ忘れるな。二度目はない」


  オウエンは唖然とした顔でそのやり取りを見ていた。こんな人物がアーツ側にいたことが意外だった。


「貴重な人材だ。ロニー将軍……と言ったか、覚えておう」


 そうね、とアネットも頷き、その場をそっと離れた。


 二人と一頭は木陰に隠れながら、兵士たちに見つからないように進んだ。やがて荒れた土地に出る。林はまだ続き、その外側一帯はアーツ軍の陣地だ。

 広いとは言え、この辺りまで来ると野営の中心部からは離れてきた。離れるにつれて、兵の数はだんだん減っている。ただ、兵士の代わりに、戦車のような、ロボットのような、とにかく見るからに物騒な乗り物を見かけるようになった。

 ロボットのようなものは、戦車よりはコンパクトで、大人の男性よりは少し背の高いくらいの大きさだった。一人乗りの、戦車というよりはコクピット付のロボットのような形状だ。さらに、胴部分にはアームが付いていて、物を掴めそうな構造をしている。そして、腹にはガトリングガンのような大型の銃器が搭載されていた。

 林の中から兵器を観察しながら走っていると、すぐ目の前の木がメリメリと音を立てて倒れた。


「きゃあ! 」


 アネットは思わずオウエンの背にしがみつく。ダミューも驚いたらしく、大きくびくりと身を震わせた。オウエンは慌ててダミュー宥め、辺りの様子を窺う。


「大丈夫か? 見つかったわけではなさそうだが……」


 オウエンが言い終わらないうちに、今度は少し離れた所で爆発音もし始めた。ぎょっとしてその方向を見ると、先程観察していたロボットと同じ物が、狂ったように走っている。

 あろうことか、ロボットはオウエン達の方向へまっすぐ突進してくる。人が乗っているようだが、全く制御できていない。オウエンはコッカドールを操り、ひらりとロボットをかわした。


「た、助けてくれー……!」


 ロボットに乗った男が涙目で叫んでいる。彼はまだ若く、青年と少年の間くらいの年に見えた。

 かわした先にも無人の同じロボットが1台、地面に鎮座している。主のいないそれは、大きな足を投げ出してペタりと尻をつけて可愛らしく座っていた。

 暴走するロボットは、アネットの少し前方に立っている木にぶつかった。ようやく止まったロボットから、誰かが脱出しようともがいている。けれど、内部が破損しているようで、なかなか出てくることが出来ない。

 木にぶつかったせいで、随分派手な物音がした。すぐにアネットたちの背後から、たくさんの足音が聞こえ始める。

 アネットが恐る恐る後ろを振り返ると、アーツの兵士たちにずらりと囲まれていた。彼らは先程の衝突音を聞き付けてやって来たのだ。


「何者だ! 」


 先頭にいた兵士の一人が声を張り上げた。その声を聞いた魔物の兵達が、さらにわらわらと集まってくる。


「見つかったか……」


 オウエンが呟くように言い、舌打ちをした。退路はあっという間に断たれてしまった。

 アネットはごくりと唾を飲み込んだ。槍や剣を突きつけられて、冷や汗が背中を流れる。

 その時、木にぶつかった男がようやくロボットから這い出てきた。彼は背負った矢を取り出し弓につがえようとしているが、手が震えて上手くいかない。だが、目を引くには充分だった。アーツ軍の目が、一瞬そちらへ向く。オウエンはその隙を突いた。

 オウエンはダミューから颯爽と飛び上がり、頭上に伸びる木の太い枝に飛び移った。その枝を伝って隣の木へ移動すると、さっと飛び降りる。そして木の根元に置いてあった無人のロボットに着地して、乗り込んだ。まさに一瞬の出来事だった。彼の軽い身のこなしに、アネットも軍隊もロボットから出てきた男も驚いた。

 オウエンすぐさまロボットを起動する。ゆらりと立ち上がったロボットは、腹部に搭載された銃器を更に前方へと伸ばした。そして、その大きなものものしい銃口をアーツ軍に向けた。


「お、おのれ……かかれー! アーマメントを取り返せ! 」


 その軍の大将と見られる者が、怒りで顔をオレンジ色に染めた。この大将はロニー将軍のように人型だが、皮膚は黄色い。

 大将は白かった白目まで真っ赤にして、いかにも恐ろしい顔で突撃の号令をかけた。アネットは恐怖で身体が動かなかった。

 次の瞬間、青白い光の束がアネットの真横を通りすぎた。その光が通った場所からは、木も兵士たちも跡形もなく消え去った。オウエンがアーマメントの大砲から、レーザーを放ったのだ。

 アネットは驚いてオウエンを振り替えると、彼は既に別の方向にもレーザーを照射している。一瞬でアーツ軍を一網打尽にしてしまった。


「行こう」


 オウエンはそう言うと、腰を抜かしている男をアーマメントの腕でひょいとつまみ上げた。そして、元の進行方向へ移動を始める。


「そのまま行くの? 」


 アネットは手綱を引きながら、ダミューの脇腹をブーツの側面で軽く蹴った。ダミューが返事するようにコケッと鳴いて走り始め、オウエンに追随する。

 アネットは一人で手綱を握るのは初めてだったが、オウエンの手綱裁きはずっと見ていた。ダミューを難なく走らせることができて、アネットは内心ほっとする。


「少なくとも、野営地を抜けるまではこれに乗っていた方がいいだろう。追ってくるかもしれん」


 オウエンはそう言うと、今度はつまみ上げた男に声をかけた。


「ここで何をしていた。死ぬ気か」


 男は項垂れて首を横に振った。疲れきっているのか、気力がないのか、その様子に力はない。彼は振った首を止めると、そのままじっとしている。


「おい、起きろ。取り敢えずここを抜けるまでは付き合ってやる」


 オウエンはアームを動かした。動きを止めた男を揺すっている。男は「ぐえ」と変な声を出しながら、オウエンを振り返った。


「や、止めてくれ」


 オウエンがアームを止めると、男はホッとした顔で息を吐いた。


「俺は、イーノック。オーツの領主の息子だった」


「……だった? 」


 アネットが聞き返すと、イーノックは続ける。


「オーツはアーツに占領された。その時、領主だった親も、親族も全員殺された。今、オーツの覇権を握るのはアーツの魔物だ」


 イーノックは悔しそうに歯噛みする。


「街の者は虐殺されて、生き残りがどのくらいいるかわからない。俺は命からがら逃げて来たけど、見つかれば殺される。だったら――」

「一矢報いてから死のうと思った、か? 」


 オウエンが口を挟むと、イーノックは忌々しそうにオウエンを睨んだ。


「そうだ。生き残りも隠れるのに必死だ。奪還どころじゃない」


 イーノックは投げ槍にそう言うと、ブスッとした顔をした。


「なるほどな。それでこの……アーマメントとか言ったか、これで暴れようとした。けれど、全く操縦できなかったんだな」


「……そうだ」


 イーノックは面白くなさそうな顔でうなずいた。置き去りになっていたアーマメントをぶんどったものの、使いこなせなくて振り回されていた結果、あの騒ぎになったのだ。アネットたちは、すっかり巻き添えを食らってしまった。


「これからどうする。街には帰れるのか」

「いや……無理だ。殺されると言っただろう」


 イーノックは青い顔をしてぶるりと震える。オウエンは前をむいたまま話した。


「私たちはマルコワへ向かう。恐らく、そこで敵を迎え撃つ事になる」


 イーノックはぎょっとした顔をした。そしてはっとした顔つきになり、オウエンとアネットの顔を見比べる。


「あんた達、まさか……」

「トリスタンだ。お前も一緒に来るか? 」


 オウエンが答えると、イーノックは決意に満ちた表情に変わった。


「俺も行く。それで、オーツを取り戻す」


 オウエンはイーノックの声に固い決意を感じて、イーノックへ視線を向けた。


「私はオウエン。弓は扱えるな? イーノック」

「ああ」


 イーノックは強く頷いた。その様子を確認したオウエンは、イーノックをアネットと相乗りさせた。アネットの後ろに座ったイーノックは、慌ててダミューの鞍を掴む。

 ダミューはいきなり重くなった事におどろいて小さく鳴いた。けれど、すぐに調子を取り戻して軽快に走り出す。

 一行はマルコワへと先を急いだ。

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