百合の花咲くドローもある
ゆりかぜ
第1話
「よし、これで俺の勝ちだ!」
「ま、まだだ、まだ次のドローであのカードを引ければ…」
「ははっ、引けるわけないから。諦めろって」
「うるせぇ、俺のターン、ドロー!」
「………」
「…よっしゃ、引いた!これで、勝ちだ!」
なんて、熱い会話をしている人たちを見ながらカードの束を前に作業をしている女子高生の私。何も知らない人から見ればちょっと異様な光景かも知れないけど、カードショップ店員の私からすれば普段と変わらない日常風景だ。
「てんちょー、これいくらですか?」
「えーっと、1200円…にしとこうか」
「はーい」
キラキラ光ってるだけのカード1枚が1200円もするなんて…って去年の私なら驚愕してたことだろう。でももう慣れたもの。何の感想も抱かずにパソコンに値段を入力していくのだ。ぽちぽちぽち。
「あ、遊里ゆうりちゃん、今日初心者講習会あったよね?何時からだっけ」
「3時からですよ。あと30分ですしそろそろ準備しましょっか」
「そうだね。そこのダンボールに講習会のキット入ってたと思うから、よろしく」
「はーい。準備はしますけど、講習会始まったらちゃんと仕事してくださいよ、てんちょー」
「大丈夫、任せといて!…あ、それカウンターします」
うら若き乙女を働かせながら自分はカードゲームを楽しんでいるこのダメな大人がこのお店の店長。で、私の叔父さん。叔父さんと言ってもまだ28歳で、私とひと回りしか違わないのであんまり叔父さんって感じはしない。ずっと遊んでくれてたからお兄さん感覚が強いのだ。一応お店にいる間は店長とバイトの関係なので敬語を使ってるけど…正直最初は違和感バリバリでした。
「遊里ちゃんはしっかりしてるねー、店長は遊んでばっかなのに」
「いやいや、僕も仕事してるからね?お客さんと遊ぶのも営業の一貫だし!」
「えー、店長は完全に遊んでるだけでしょ」
「えぇ!?そ、そんなことないって!」
わははと笑い声が起こる。店長は仕事はよくサボってるけど、人当たりが良くて人気者。小さいお店だけど、店長の人柄もあって結構繁盛しているのだ。
「そろそろ時間かな、今日の初心者講習会の参加者は…2人かな?」
時計を見るとちょうど3時。初心者講習会用の長机には2人の中学生ぐらいの男の子が座っていた。どうやら友達同士みたい。
「そうですね、ちょうど3時ですしそろそろ始め…」
カランカラン
ドアについている鈴が鳴り、入り口の方を振り向くと、そこには1人の女の子が立っていた。黒髪ロングの美少女が。
「いらっしゃいませ」
「あ、いらっしゃいませー」
ちょっと驚いて挨拶を忘れてしまった。他のゲームはもう少し女性プレイヤーもいるみたいだけど、うちの店で扱ってるゲームは女性プレイヤーが極端に少ないのだ。多分絵柄が一般的には可愛くないからじゃないかな、と思う。そんな事情もあって、うちのお店に入ってくる女の子は大変珍しい。
「あ、えっと…」
キョロキョロと店内を見渡してる女の子。あ、ひょっとして…
「初心者講習会ですか?今からですけど参加します?」
「あ、そうです!ありがとうございます!」
ペコリとお辞儀をする女の子。なんだこの子、可愛い。ふと後ろを向くと店内の男性客も同じことを思ったようだ。ちょっとニヤついてたりわざとらしく目をそむけたりしている。
…あれ、私こういう反応されたことないような気がするんだけど。
ちょっと不満を感じる私に気づかない店長がニコニコしながら女の子に声をかける。
「こちらへどうぞ、このゲームは完全に初めてですか?」
「あ、はい。ちょっとネットで見て興味を持って」
「そうなんですね、最近は大会がネット配信されてたりもしますからね。面白いゲームなのでぜひ楽しんでいって下さい!えっと、初心者講習会は2人1組で進めるから誰か他のお客さんに…」
「あ、はい!わたし!わたしやります!」
思わず反応して手を上げてしまった。
「え、遊里ちゃん?仕事は…」
「えっと…ほら、最初は女の子同士のほうが、気を使わなくていいかなって。それに、どうせあんまりお客さんこないですって」
「えぇ…まあそうかぁ…じゃあ遊里ちゃんに頼もうか。お客さん来たら何とかしようか」
「はーい」
ちょっと残念そうにしてる他のお客さんを横目に、私は女の子の反対の席に座った。
「私、遊里っていいます。よろしくお願いします」
「私は四宮風音しのみや かざねといいます。よろしくお願いしますね」
そんな周りの目も気付かずにニッコリと笑う女の子、四宮さんを見て、可愛いなぁ、とか守ってあげたいなぁ、とか思ってしまった私だった。
こうして3人+私で始まった初心者講習会は、予定通り進んでいった。カードの簡単な説明や、講習用デッキを実際に使って対戦形式で教えていくしっかりしたもので、横の中学生達も四宮さんも楽しんでくれてた…ような気がする。
「…と、こんな感じのゲームなんですけど、どうでした?」
1時間ほどの初心者講習会が終わって、店長が四宮さんに話しかけた。
「そうですね、ちょっと難しいですけど…面白いです」
「最初はちょっと難しいかもしれませんけど、慣れですよ。わからないことがあったら」
「すぐ私に聞いてくださいね、何でも教えますよ!」
店長のまとめを遮って、びしっと親指を立てる私。店長がちょっと寂しそうな顔をしてたけど気にしない。
「ふふ、ありがとうございます」
にっこり笑う四宮さん。あぁ、守りたいこの笑顔。
「四宮さん筋が良さそうだし、ちょっとやったらすぐ上手になりますよ。その体験用デッキは差し上げますので、ぜひ遊んでいってください」
「そうですよ、遊びましょう四宮さん」
「えっと…遊里ちゃん仕事…」
「お客さんと遊ぶのも営業の一貫、ですよね?」
「あ、はい。じゃあ在庫の登録してるね…」
多分自分も遊びたかったんだろう店長がトボトボとレジへ歩いて行く。さっきは店長が遊んでたから交代交代。そもそもバイト中に遊んで良いのかっていう疑問は置いといて。
「じゃあやりましょうか!四宮さんどのデッキ使ってみたいとかあります?体験用デッキ、5種類あるんですけど」
言ってケースに入ったデッキをずらっと並べる。それぞれ色がついていて、白、青、緑、赤、黒の5色。
「あ、じゃあ…黒のやつ使ってみたいです」
「はい、どうぞ。じゃあ私は…白を使おうかな」
四宮さんに黒いケースのデッキを渡して、私は白のケースのデッキを取る。いつもは私は大体青いデッキを使うんだけど…青いデッキのカードは相手の邪魔をするカードが多くて、初心者相手に使うのにはちょっと向いてないかなーと思ったのだ。
「なんか四宮さんのイメージだと勝手に白かなーとか思ってたんですけど、黒選んだんですね、何か気になるカードとかありました?」
私が選んだ白いデッキのカードは人間の兵士や騎士が多くて、猫なんかもいたりする明るいイメージのカードが多いけど、黒いデッキはゾンビやデーモンみたいなのが多いのだ。
「えっと…可愛いなって思って…」
…んん?
「可愛いって、このゾンビとかデーモンとか…ですか?」
「そうなんです、ちょっと変だなとはわかってるんですけど、ゾンビとか好きなんです」
このカードゲームは海外産なだけあって、まさに海外のファンタジー絵って感じの絵柄で、国内産のカードゲームみたいに萌え絵やマスコットみたいな可愛いキャラクターは一切出てこない。そんなゲームのゾンビやデーモンを可愛いと思うとは。
「四宮さんって、ちょっと変わってますね」
「あ、すいません。変ですよね…」
「いやいや、そんなことないですよ。好きな物があるのは素敵なことだと思います!」
「そ、そうですか…?」
「ええ、ゾンビのカードたくさんあるんで、ゾンビのデッキ作って遊びましょう!」
「ゾンビデッキ…!それは素敵ですね…!」
「でしょ?せっかくのゲームなんだし、好きなものどんどん出していきましょうよ」
「はい、色々教えて下さいね!」
こうして、私は美少女と一緒にカードゲームで遊ぶという、世の中の男子諸君が大層羨む日曜日を過ごしたのだった。羨ましいだろ、やーいやーい。と心の中でどこかの誰かへ煽りを入れておく。
「あ、そろそろ帰らないと…」
講習会が終わってからさらに1時間ほど遊んで、そろそろ5時になる頃、四宮さんが時計を見てそう言った。
「もう5時なんですね、夢中になっちゃいました」
てへっ、と音がどこからか聞こえてきそうな表情で頭を触る四宮さん。可愛すぎてヤバい。まじヤバい。私がやったらどうなるだろう。てへっ、と言いながら頭を小突く自分をイメージして…あぁ、これはないな。マジヤバいな。
「私、日曜日のお昼は大体バイトしてるんでまた来てくださいね」
「はい、また来ます。一ノ瀬さんありがとうございました。店長さんも、ありがとうございました」
「いえいえ。また来てください。遊里ちゃんはいませんけど平日もやってますから」
「平日は学校があるのでちょっと難しいですけど、また日曜日に来ますね。では失礼します」
ペコリとお辞儀をして帰って行く四宮さん。ゲームしてる時も思ってたけど、お嬢様って感じの丁寧な動作が多い。実は何を隠そう私もお嬢様学校と呼ばれる学校に通ってるんだけど…まあお嬢様学校に通ってる人全員がお嬢様なわけじゃないってこと。それでもうちの学校にいる、いわゆるお嬢様グループに入れても何の違和感も無いだろうなって思う。
そういえば歳とか聞いてなかったけどいくつぐらいなんだろう?見た感じ高校生かな…?
「あの子可愛かったねー、また来ると良いな」
「そうだね、可愛い子がいるとなんかテンション上がるもんな」
なんて言ってる常連さんたち。可愛い子がいると…って私は可愛くないとでも言いたいのだろうか。
「あっ、いや遊里ちゃんも可愛いから!けどこう可愛いのベクトルが違うと言うかなんというか…」
「…川崎さん、ちょっと1ゲームやりましょうか」
「あっ…はい」
この後川崎さんをボコボコにして、ちょっと気晴らしをした私だった。
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