ちょ、待て。誤解だ

 修羅場一歩手前のこの状況は、上司の体調不良から始まった……。


 本当なら今夜、情報屋“C”に会うのはリカルドだった。どうしても直接仕入れたい情報があるからとアポを取っていたんだけど、昼から頭痛がひどいということでおれが代わりに行くことになった。情報を買い付けるのは本人がやるとして、どたキャンの埋め合わせをすることになったんだ。


 “C”はちょっと押しの強い、ってかぶっちゃけ生理的に受け付けない男以外なら誰でも強引に口説くところが玉にきずだけど、美人だしグラマーだし、情報屋だけあって会話は楽しいし、一緒にいるのは別に苦じゃない。


 彼女はおれよりもリカルドの方がお気に入りで、今日あの人が来れないって知った時は不満顔を見せたけど、代わりにおれが接待するって言ったらわりとすぐに機嫌をなおしてくれた。何せいろんな所と繋がっていて、情報をいいように操作できる腕もある女だから、ぶんむくれたままじゃなくてよかったよ。


 で、カノジョのリサには仕事だからと今夜のディナーを明日にしてもらって、“C”とレストランに向かったんだけど、店の前で彼女とばったり出会ってしまった!


 なんてサイアクな偶然なんだ……。


 リサは驚いた顔でおれと“C”を見比べて、何かを納得した顔になって、黙ってくるっときびすを返した。


「ちょ、待て。誤解だ」


 浮気男の言い訳の典型しか出てこないが、事実誤解だから仕方ない。

 リサは立ち止まったけど、まだ向こうを向いたままだ。どうしようか迷ってるのか。


「お知り合い?」


 “C”がお気楽に尋ねてくる。


「あぁ、はい。カノジョです」


 この人とは仕事の時でさえもっとくだけた口調で会話してるんだけど、ここはビジネスらしくいっとかないとリサの誤解を解けないからな。


「あららぁ。タイミング最悪って感じ? えーっと、レッシュのカノジョさん。彼が言うように、わたし達別にデートとかじゃないのよ」


 “C”のありがたい援護射撃にリサはこっちを見た。

 で、赤のスーツにパンプス、ガーネットの指輪の無駄にゴージャスでグラマーでセクシーな情報屋をさっと見て「本当に?」って顔をした。


 あぁ、うん、その疑問には至極納得だ。おれだってリサがすっげぇイケメンで水商売っぽい男連れてて、ビジネスの相談だから、って言われたらちょっと疑っちまう。


「本当はうちの社長が接待するはずだったんだけど、体調不良でおれがピンチヒッターになったんだ」


 なんとか事情を説明して、なんとか納得してもらえたみたいだ。

 けどまだ完全に安心したってわけじゃないみたいだ。

 まぁ、しゃーない。詫びは明日たっぷりと――。


「それじゃ、カノジョさんも一緒に来たらいいわ」


 へっ?


「そうしたら、わたし達がビジネスな関係だって納得してくれるわよ」


 いやいや、それじゃ接待にならないんじゃないか?


「……いいんですか?」


 って、なんでリサまで乗り気なんだよっ?


「いいじゃない。ねぇレッシュ? ゴットフリート氏の仕事も果たせてカノジョさんにも誤解を解いてもらえる。一石二鳥ってこのことよ」


 なんか勝手に女どもで盛り上がっちゃってるし。あぁもう、好きにしてくれ……。




 そしてディナーの間、“C”とリサの「男とは」って愚痴と文句とまた愚痴と、と延々と聞かされることになった。

 リカルドとおれがやり玉に挙げられているわけで……。こんなうまくないメシはひさびさだ。

 しかも三人分、おれが払うんだろ? やってらんねー。


「ねえ、レッシュもそう思うよね?」


 ワインですっかり気が大きくなった二人が同意を求めてくるから厄介だ。ここでうなずけば「レッシュが言ってた」扱いされて、否定したら「これだから女心のわかってない男は」ってさらに愚痴られる。


 ああぁ、もう誤解されたままでいいから早く解放してくれー!




 二時間近く耐え忍んだおかげでリサの誤解は解けたし、“C”もご満悦で次の取引には色をつけてくれると約束されたから、まぁそれはそれでよかったのか、と思ってたら。


「昨夜は御苦労だったな。だが聞けば、私への愚痴で話が盛り上がったとか?」


 ひいぃ、新たな誤解が! こっちの方が厄介だ!


 誰か助けてくれっ。



(了)

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