もらった! はず

「久しぶりだし、ちょっとやってみようぜ」


 レッシュが誘いかけると信司も喜んでうなずいた。何を、という目的語がなくてもレッシュの言いたいことは信司に伝わっているようだ。レッシュもまた嬉しそうに笑ってうなずいた。


 時折、涼やかな風が吹く夜の原っぱで、レッシュと信司は向かい合って拳を構えた。何もこんな時こんなところでやりあわなくてもいいのに、信司の知り合いの道場主の家に行けばいいことなのに、思いついたら即行動のレッシュも「類友」の信司もそこまで待つつもりはなかった。


 好戦的な笑みを口元に浮かべる二人だが、もう何度も拳を交えている相手に中途半端な手出しは命取りということは心得ている。じりじりと間合いを詰めるものの牽制し合って初めの一手はなかなか飛び出さない。


 不意に強い風が吹き、レッシュの背を押した。それを合図とばかりにレッシュは信司の懐に飛び込む。

 信司もまるでそれを待っていたかのように応じ、二人の蹴りが交錯した。


 そこからは早かった。次々に攻撃を繰り出す二人。

 自らの体に内包する「気」を自在に操り、超人的な肉体能力を得た極めし者の闘いは、常人が見てもすべての行動を追いきれない。だがレッシュも信司も相手の動きは手に取るように判っていた。

 なので、なかなか有効打には至らない。


 再び距離をとって見つめ合う二人は、相変わらず笑っているが息遣いは完全に荒くなっていた。

 決定的に有利になるためにと信司が仕掛ける。彼の得意技、「分身」が発動。自分そっくりの闘気の幻を何体か出現させる超技だ。

 信司と、信司の形をした闘気の影が一斉にレッシュに跳びかかってくる。


 レッシュは目の前の「信司」に狙いを定めて拳を突き出した。

 途端に、背中に衝撃が走り、レッシュは前のめりになる。相手の力が強すぎて声すら漏れない。

 本体は後ろだったようだ。無防備な背中に蹴りがクリーンヒットしてしまった。


 たたらを踏みつつ振り返るレッシュに、信司が追撃を放ってくる。

 このまま一撃をくらえばレッシュは間違いなく戦闘不能だ。それほどに先程の信司の蹴りは強烈だった。

 だがそこはさすが歴戦の極めし者。瞬間的に相手の次の行動を察したレッシュはひるむことなく闘気の炎をまとわせた拳を突き出した。手から放たれた闘気が信司の蹴り出した足から体へと這ってゆく。


「うぁっちち」


 短く悲鳴をもらして信司は後退した。

 また訪れるしばしの静寂。


 二人は呼吸を整え、消耗した闘気を練り直し、相手の動きを見逃すまいと目を凝らす。

 次の一手が決まり手となる。レッシュは確信していたし、信司もそうなのだろう。だからこそなおさら慎重になる。


 さぁ、勝敗を決そう。

 二人はほぼ同時に動いた。


 ――上。


 レッシュには次の信司の行動が瞬間的に読みとれた。まさに天性の勘と言ってもいい。あるいは相手を知り尽くしたが故の、一瞬の重心移動を読みとってのことか。


 レッシュは、してやったりと拳に闘気を集める。

 その頃には信司は力強く地を蹴って、頭上高く舞い上がっていた。

 相手にぐんと近づいてから空中に舞う。信司の得意技の一つだ。素早さを身上とした彼のその動きに対応できるのは、極めし者の中でも相当の実力者だ。初見の者はたいてい信司の行方を一瞬見失い、その隙をついた攻撃を食らう。


 だがレッシュはひらめいたのだ。信司はこの手で来る、と。

 そして彼の読み通り、信司は地上三メートルの高さから蹴りを繰り出しながら下りてくる。


 ――もらった!


 にやり、とレッシュが笑う。

 信司も、行動を読まれたことに悔しさをあらわにした顔でレッシュを見下ろした。


 だが。


 手にためた闘気を打ち出すはずが、レッシュの手から放たれたのは振り上げた勢いから生まれるささやかな風だけ。


 地上と空中の両者の表情が入れ換わった瞬間、レッシュの胸元に信司の蹴りがめり込んだ。


「なんで、不発かな……」


 最後は格好よく超技でキメようとしたレッシュの口から洩れたのは、情けない敗因だった。



(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る