バラが嫉妬に化けるまで
今日はひさびさの、リサとのデートだ。
週末なのに夕方になっちまったのは、リカルドの急な呼び出しに応じたから。
仕事だし仕方ないよな。
前に「どうしてそんな急に呼び出されるの?」って聞かれたことがあってちょっとヒヤッとしたけど、「社長はワーカホリックなんだよ」「海外の取引先の仕事時間の都合だろう」とかごまかした。
本当は急な呼び出しのほとんどがマフィア関連だけどそんなこと言えないし。
なんて事を考えながら、オレンジ色に染まった街中を歩いてると、路上で花を売ってる女がいる。背の低い、ちょっと可愛い
「バラはいかがですか?」
にっこりとほほ笑まれて、透明のフィルムに包んだバラを一輪、差し出してきた。
あぁ、そうだ。改まってプレゼントとかすると仰々しい感じでリサもびっくりするかもしれないけど、これなら持ってったら喜んでくれるかな。
決してバラ売ってる娘が可愛いからじゃないぞ、なんて心の中でつぶやきつつ、差し出されたバラを受け取って、金を払った。
我ながら、ちょっといいひらめきだったな、と自分でほめつつ、また歩き出した。
途端に。
「きゃー! 泥棒ー!」
気分ブチ壊しの女の金切り声が前の方から聞こえてきた。その声の方から女物のハンドバッグを小脇に抱えて走ってくる男。
おれよりちょっと若いくらいの、まぁ、一言で片付けるならチンピラだな。チンピラのくせにおれの気分を害するなんていい度胸じゃねぇか。
「どけ、おらぁ!」
って、言うことまで「いかにも」だな。
おれは言われるままに、そいつの進路から身を引いて、油断して横を通り過ぎようとするそいつの顔面に拳をぶち込んでやった。
情けない悲鳴を短くあげて、男は無様に後ろへひっくり返った。
「ばーか」
気を失った男にひとこと言ってやって、ハンドバッグを拾い上げて持ち主のところに行く。
「ほら、……気をつけろよ」
持ち主の、グラマーな女に渡してやった。渡してから改めてバッグをみると、なるほど高そうなやつだ。中身も期待できそうだし、なにより彼女は半透明の袋にケーキか何かの小箱を入れて持っている。ひったくりにあって身軽に動ける感じじゃねぇな。
「ありがとうございました。……あの、お花が……。弁償します」
言われて、おれは手に持ってたバラの花を見た。
……しまった。こっちの手で殴っちまった。見事にへし折れちまってる。
「あー、まぁいいよ。そんなに高いもんでもないし。悪いと思うならこれもひきとっといて」
折れたバラなんてリサにやれないしな。ていよく押し付けておけとばかりに女の手に握らせておいた。
手を振って、そのまま離れようとしたが、グラマーさんはそれでは納得できなかったようだ。
「じゃあ、このケーキを代わりにどうぞ。これもそんなに高いものじゃないけど、美味しいって評判なんですよ」
うまいのか。リサと食後に食べるのに、いいかもしれない。
「それじゃ、もらっとくよ」
おれがケーキを受け取ると、女はもう一度礼を言って去って行った。
さて、とんだハプニングだったが早く――。
「うわーん! ケーキ、ケーキー!」
「泣かないの。売り切れなんだからしょうがないでしょう」
今度はなんだ?
けたたましいガキの泣き声の方を見ると、ちびっこい男の子がジタバタと暴れているそばで母親が困り顔だ。その近くには「本日分、売り切れ」の張り紙がされたケーキ屋の窓。
あ、もしかして、と手の袋を見ると、やっぱり、店のロゴと箱のそれがおんなじだ。
泣きわめいているガキがふとこっちを見る。ぴたりと泣くのをやめたと思ったら、ターゲットロックオンって目でおれの手元を見ているじゃないか。このちび、すげぇ観察力だ。
ちびが泣きやんだから母親も当然、こっちを見る。目があった。
「どうせもらいもんだ。やるよ」
もう面倒だ。これでいいんだろう、これで。
「わーい! ケーキ!」
こいつはもうもらったつもりでいるし。
「あ、あの……」
「いいから」
母親の手にケーキを持たせてやった。
「それじゃ、お金を――」
と言って母親が財布をごそごそやって、困った顔でこっちを見た。
「すみません、今小銭がなくて……」
「だからいいって、それもらいものだし」
「あ、それじゃ、もしよかったらこっちをどうぞ」
母親が差し出してきたのは、ジャンボサイズのペットボトル。オレンジジュースらしい。
「えー、ジュースあげちゃうの?」
「何もお礼しないわけにいかないでしょ?」
ガキがガキらしい抗議をするのを、母親がぴしゃりと言ってのけた。「うん」と引き下がる子供。母強しってとこだな。
重くなるけど、まぁいいか。もうすぐリサんちだし。ジュースを受け取って親子と別れる。
やれやれ、なんかこんなのばっかだな。またなんかあったりして、なんて思って歩いてると。
「えっ? ジュースもいるのか? いや、ワインだけって……。……わかったよ。買ってくるよ」
歩道の隅っこによって携帯電話で話している男がいる。内容が聞こえなきゃ素通りしたものを、つい「ジュース」という単語に反応してそっちを見てしまった。
ちょっと気の弱そうなおっちゃんが、背中を少し丸めて情けなさそうな顔をしている。ちょうど電話を切って、手を下したところで、目があった。なんてお約束。思わず笑っちまったよ。
「これ、もってく?」
「えっ? いいんですか?」
「ああ、もらいものだからな。……やっぱちょっと重いし」
おっちゃんが、助かった、という顔になって嬉しそうにジュースを受け取った。
「すぐに帰らないとパーティに間に合わないところでした。ありがとうございます。それじゃ、買いすぎたワインを一本どうぞ」
ジュースがワイン? こりゃまた豪華になったもんだ。
おれも、ほくほく顔で受け取って、リサの待つマンションへと急いだ。
パーティか。そういや週末の夜だからな。ホームパーティを開く家は多いな。
さて、もうさすがに何も起こらないだろう。リサのマンションも目の前――。
ガシャン。
「あーっ!」
何だ、今の、いかにも水気の入った瓶が割れましたよって音は。やっちまったよと言わんばかりの悲鳴は。
リサのマンションの入り口前で、カジュアルスーツに身を包んだ背の高い軟弱そうな男がおろおろしている。足元には、割れた瓶と、ぶちまけられた赤ワイン。辺り一帯、ワインのすっごくいい香り。
あぁ、もう、はいはい。
「ワイン、いるか?」
男の前にワインを差し出してやった。もうこの世の終わりかと言わんばかりだった男の顔が、ぱぁっと輝いてくる。ひ弱そうな男だけどこうして見ると結構顔はいい。こういうのが女受けするんだろうなぁ。
「た、助かりますっ。今から大事なパーティで……」
「あぁ、週末だもんな。ほら、もってけ」
男の手にワインの瓶を持たせてやると、今度は落とすまいとでも言うように大事に抱え込んだ。
「お礼に、これを差し上げます。ぼくが作ったアクセサリーです。まだ試作品ですが、使っている金属は本物ですので、大切な人にプレゼントするなり、売るなりしてください」
軟弱色男は鞄から小箱を出してきた。
どんなのか知らないけど、本当の金属ならリサにあげても大丈夫だよな。
おれが小箱を受け取ると、軟弱色男はぺこっと礼をして、行ってしまった。
……もう、何もないよな?
リサのマンションを見上げて溜息をつくと、彼女の部屋へと向かった。
「これ、やるよ」
リサに小箱を差し出して、バラの花がどうやってこいつに化けたのかを話して聞かせた。
「ふぅん。面白いね。そんな偶然がいくつも重なるなんて」
「まったくだ。まぁいいものに代わった、と思うからよかったよな」
……そういや、日本にはなんかこれに似た話があったような。わらしべ長者だとか、なんとか。
じゃあ、おれのはバラで相手をぶん殴ったのから始まったから、さしずめ「バラシメ長者」ってとこか。
なんてバカなことを考えつつ、リサが小箱を開けるさまを見る。これでデザインがとんでもないのだったらもう笑うしかない。
「わぁ、結構いいじゃない……、あれ? これ……」
中に入っていたのは金のネックレスだった。小ぶりのペンダントトップは月と星をかたどったものだ。その裏っ側を見てリサが驚いてる。
「なんだ? なんかまずかった?」
「違うよ、逆。これ、最近有名になってきたジュエリーデザイナーの作ったのじゃないかなって思って。ここにイニシャル彫ってるのよね。彼の作品、いつもこのイニシャルがどこかに小さく彫られてるの」
あいつ、そんな有名な奴だったのか。
「さっきの話じゃ、これ試作品でしょ? すごい! まだ世に出てないのをもらえるなんて。レッシュ、ありがとう」
いやいや、と応えながら、なんだかリサがすごく嬉しそうなのが、嬉しいんだけど、ちょっと気に入らない。
「ねえ、どこで会ったの?」
「へっ? あぁ、えっと、街ん中」
本当はここのマンションの前だけど。それに、ここから出てきたから、ここの住人かもしれないけど。なんか癪だから黙っててやれ。
「残念。この近くならよかったのに」
本当に残念そうだな。……面白くねぇから絶対内緒だ。
帰る時、割れたビンが残ってたら片付けとくか。
(了)
リクエスト内容:レッシュの、恋人へのプレゼントがわらしべ長者ふうにかわっていく
プロットを練っていた時点で、わらしべ長者ってすごく難しいと実感した。
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